2007年 仏教文化財十大ニュース

 今年の仏教文化財に関する主なニュースを纏めてみました。
 異論もあると思いますが・・・。

 

● 国立博物館と文化財研究所、4月に統合(2007年2月8日)

 4月1日付で、国立博物館と文化財研究所の2法人が統合され、新たに独立行政法人国立文化財機構が誕生することになった。
  現在、国立博物館は、東京、奈良、京都、九州(福岡県)の4ヶ所、文化財研究所は東京、奈良の2ヶ所からなるが、いずれも文化財の保存・活用を目的として いることから、経営効率などを高めるため、2005年、総務省の政策評価・独立行政法人評価委員会によって統合が勧告されていた。

● 金沢文庫で運慶作の仏像確認(2007年3月20日)

 神奈川県横浜市金沢区の神奈川県立金沢文庫で、保管する大威徳明王坐像が鎌倉時代の仏師、運慶の作と確認された。
  大威徳明王像は、1998年に横浜市・称名寺で発見されたもので、像高21.1cmのヒノキ材製の小像で、手足や膝先を失うなど破損個所が多いが、当初は 六手六足で水牛に乗る姿だったとみられる。昨年11月の解体修理の際、胎内から未開封の紙片が発見され、
紙片には、鎌倉幕府の源頼家、実朝両将軍の養育係を務めた源氏大弐殿が建保4年(1216)に運慶につくらせたことが記されていた。

● 奈良・興福寺の仏頭、運慶作だった(2007年3月22日)

 奈良・興福寺に伝わる鎌倉時代の仏頭(重文)が当時の住職の日記により仏師運慶の作だったことがわかった。
 古記録『類聚世要抄』を調べたところ、興福寺別当だった信円が書いた文治2年(1186)1月日記の写本がありその中に、「興福寺西金堂の本尊が運ばれてきた。大仏師運慶に賞として馬を与えた」とあったという。
 本像の作者についてはこれまで、作風から運慶の父・康慶や兄弟子・成朝が挙げられていた。

● 薬師寺の日光・月光菩薩立像出展(2007年5月19日)

 奈良市西ノ京の薬師寺金堂に安置される日光、月光両菩薩立像(国宝)が、来年3月から東京国立博物館で開かれる「国宝 薬師寺展」で特別展に出展されることが決まった。
 2010 年に開催予定の平城遷都1300年記念事業にあわせたもので、月光菩薩像だけは東京で展示されたことがあるが、両菩薩像がそろって寺外で披露されるのは初 めてという。

● 仏教彫刻史学者久野健氏死去(2007年7月27日)

 久野健氏(くの・たけし)が膵臓がんのため死去された。87歳。
 元東京国立文化財研究所情報資料部長で、日本の仏教彫刻史が専門とし、文化財保護審議会臨時専門委員なども務めた。著書に「平安初期彫刻史の研究」「運慶の彫刻」「古代朝鮮仏と飛鳥仏」などがある。

● 高松塚の石室解体終了(2007年8月21日)

  奈良県明日香村の高松塚古墳で行われている石室解体は、最後の床石2枚を修復施設へ運び、すべての作業を終えた。取り外された16枚の石材は、今後は修理施設でカビなどで劣化した壁画を修復される。
 今後10年間かかるとされる修復作業では、カビなどによる汚れを除去し、漆喰を強化するが、漆喰に根を張ったカビを完全に取るのは不可能なうえ、白虎などの消えた描線は元に戻らないとされており、困難が予想される。

● 平等院で「平成大修理」終わる(2007年9月29日)

 京都府宇治市の平等院鳳凰堂で、50年ぶりに行われていた修復を終えた本尊阿弥陀如来坐像と100年ぶりに修復された頭上の装飾天蓋(てんがい)が安置された。
 阿弥陀如来坐像は金箔の剥落止めなどのため、2004年2月から2005年8月、坐像の頭上につるされている天蓋は2005年9月から2007年6月まで汚れ落としや金箔の保護を施していた。
 修理に伴い、今年6月から中止していた鳳凰堂内部の拝観は10月1日から再開される。

● 尾道・常称寺の本堂など重文に(2007年10月19日)

 文化審議会は、尾道市西久保町常称寺の本堂、観音堂、鐘撞堂、大門の四棟など十件を重要文化財に指定するように答申した。
 常称寺は鎌倉後期、時宗二代・真教によって創建されたと伝えられる。室町中期の建築の本堂は、外観を和様、内部構成を禅宗様とし、内陣、外陣、脇陣を一体的な空間とするなど、中世時宗本堂の特徴を表している。

● 奈良・法隆寺金堂修理で釈迦三尊など全仏像引越し(2007年12月11日)

 奈良県斑鳩町の法隆寺で金堂の須弥壇修理に伴い、国宝・重文などの全仏像12体が、来年2月から12月の予定で、約100m北の上御堂(かみのみどう)などに移されることになった。
 金堂のすべての像が堂外に出るのは、火災で焼損した金堂の解体修理落慶(1954年)以来53年ぶりという。

● 大阪・百済寺跡で奈良時代の大型仏像破片出土(2007年12月22日)

 大阪府枚方市中宮西之町の百済寺跡で、大型多尊仏(せんぶつ)の破片9点が出土した。
  破片は講堂跡の西側から出土。印を結んだ阿弥陀如来坐像の胸と腕の一部(縦10cm、横6cm、厚さ2cm)、神将の足の部分(縦7cm、横9.5cm、 厚さ2cm)のほか、如来像の両脇に立つ脇侍の菩薩像の一部とみられる破片もあった。蓮華座の一部には漆を塗った上に金箔を張った痕跡が残っており、全体 が金色に輝いていたとみられる。

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