埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第九十三回)

  第十九話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その2〉  仏像の素材と技法〜金属・土で造られた仏像編〜


 【19−5】

 もうひとつの金銅大仏、鎌倉大仏の鋳造技法はどうだろうか?


鎌倉高徳院 大仏(阿弥陀仏)
 奈良の大仏と同じような方法で造られたのかと思うと、どうもそうではないようだ。
 しかし、鋳造方法について記された古記録もないため、はっきりした鋳造方法はわかっていない。

 いくつかの説があるが、
 「大仏鋳造の原型がどのようなものであったと考えるか」
 「大仏の表面に今も残る鋳張りの跡」
 が、この鋳造方法を考えるキーとなるようだ。


鎌倉大仏の背面
(鋳張りの横線がはっきり残る)
 鎌倉大仏を見上げると、顔や身体に数段にわたって横に線が入っているのに気がつく。(躰部には7本)
これは像が大きいので、奈良大仏同様、一度に鋳込むことが出来ず、下のほうから順次鋳造して言った鋳型の合わせ目のあと、即ち鋳張りである。
 普通は鋳造し終わった後、鏨などで削り取るのであるが、巨像なのできれいに鋳浚(いざらい)していないのと後世の補修によって多少目立つようになってい る。
 また、縦に入った鋳張りの線も見え、鋳型一個の大きさが、2メートル平方程度の大きさであったことがわかる。

 大仏の胎内にも、この鋳張りの跡の線が残されている。

大仏の胎内部
(内壁に鋳張りの痕がくっきり残る)
 大仏の胎内には、現在、誰でも像底のほうから入ることが出来るので、内部を見られた方も多いことであろう。
 内壁の鋳張りは、鋳浚をしていないので、四角い区切りをつけるように内側に飛び出している。

 大仏の内壁側にも鋳張りの線が残されていることは、鋳造方法が、奈良の大仏のような「削り中型」の方式ではなかったことを示している。
 最初に、塑像で大仏を造り、これを中型とする削り中型の方式では、内壁に鋳張りが出来ないからである。

 鎌倉大仏は、「割型」という方式で鋳造されている。
 即ち、鋳造型を造る時に、まず大仏の原型となるものが別にあり、この原型から塑土で外型を取り、この外型から中型を造る。
 それから銅の厚みになる部分を削り取って鋳造するのだが、この中型・外型を適当な大きさに割った型(割型)にして、これを合わせて鋳造するので、内壁に も鋳張りが出来ることになるのである。
 
  鎌倉大仏鋳造模式図(割る型鋳造)      奈良大仏鋳造模式図(削り中潟地倚像)
「技術者の見た奈良と鎌倉の大仏」より転載

 それでは具体的に、どのようにして原型と鋳型を作ったのかとなると、いくつかの説がある。
 即ち、原型が木造木型だったのか、塑像土型だったのかということと、原型にあたる像と、銅像大仏の前身である木造大仏との関係はどうかという問題だ。

 ご存知のように、鎌倉大仏は、最初は木造で造られ、寛元3年(1243)大仏殿が完成した。
 この木造大仏と大仏殿が、現在の銅像大仏に変わるのだが、いつごろどのような理由と経過でそうなったのか、確かな記録はない。
 台風等で倒壊したのではないかといわれているが、銅像大仏が建長4年(1252)に鋳造し始められたという記事以外の史料はない。

 こうした事情を踏まえて、鋳造方法については、次のような諸説がある。

 ■最初の木造大仏は、金銅大仏の木型原型として造られた、という説(中川忠順)、
 ■最初の大仏は鋳造原型として造られたが、木造だったのは頭部だけで体部は塑像であった、という説(香取秀真)
 ■木造大仏は木型原型ではない。金銅大仏鋳造に際し塑土の大仏原型を別に造り、そこから割型を採った、という説(西川新次)
 ■割型鋳造ではなく、東大寺大仏と同様、塑土原型・削り中型方式で鋳造された。塑土原型をブロック状の土型を重ねて造ったので、そのブロックの跡が鋳張 りとして残っている、という説(香取忠彦)
 ■木造大仏は鋳造原型ではなく完成像として大仏殿に祀られたが、何らかの事情で倒壊などに遭ったため、この壊れた木造大仏を鋳造原型に転用して、銅像大 仏を造ったという説(清水真澄)

 いずれの説が真実なのか、「鎌倉大仏鋳造の謎と不思議」といったところだが、なかなか興味深く面白い。

 もうひとつ鎌倉大仏の内部に入ってみると興味深いのは、8段に重ねて鋳造した継ぎ目の「鋳からくり」の様子を見ることができることである。
 場所によって鋳からくりの方法を変え、強い震度にも耐えられるような複雑な方法を駆使しており、当時の技術の高さがうかがえるそうだ。
 
  大仏内部の鋳からくり           鎌倉大仏鋳からくり模式図
(「奈良の大仏」より転載)
 鎌倉高徳院大仏の像高は12.4m、重量は120トン。
 青銅の成分分析によると、宋代銅銭の成分と酷似しているそうで、大量の宋銭を集めて、鋳造用の銅の材料に供したものと考えられている。


【奈良・鎌倉大仏の技法についての本】

 ここで、奈良鎌倉大仏の技法について採り上げた本を紹介したい。
 まずは、東大寺大仏の技法についての本。

「奈良の大仏〜世界最大の鋳造仏〜」 香取忠彦著 (S56) 草思社刊 【95P】 1500円


 東大寺大仏の鋳造工程と技法について、ジュニア向けに、わかりやすく物語風に解説した本。
 ふんだんに、折々の製作工程を想像したイラストレーションが盛り込まれており、大仏鋳造の有様、工程が手に取るようにわかる。
 ジュニア向けとは言うものの、しっかりとした考証、研究成果に基づいて記されており、奈良大仏の技法を理解するには、格好の本。お薦め。
 著者・香取忠彦は、先に紹介した香取秀真の孫。東京国立博物館工藝課長を勤めるなど、日本金工史専門とする数少ない研究者。


「東大寺大仏の研究〜歴史と鋳造技術〜」 前田泰次他著 (H9) 岩波書店刊 【本文編218P・図版編123P】 32000円


 現在の東大寺大仏研究についての、最も詳しい集大成とも言うべき本。
 前田泰次・西大由・松山鐵夫・戸津圭之介・平川晋吾の共著。
 東京藝術大学美術学部関係の鋳金技術者・美術史研究者の有志による共同研究の調査報告を再構成して出版されたもの。
 研究グループは、昭和39年来、年一回の大仏お身拭いに参加、その間の許される時間に大仏の内外からの調査を行い、18年間にわたってこれを継続して調 査研究を行った。
 その成果をまとめたのが本書である。
 「東大寺大仏の歴史」と「東大寺大仏の鋳造技術」の二部構成で、極めて詳細にその調査結果と論考が記されている。
 また、収録写真も、内部の状況、構造なども含めた詳細なものが豊富に収録されており、東大寺大仏研究書の最高峰といえるもの。


「新修国分寺の研究 第一巻 東大寺と法華寺」 角田文衛編 (S61)吉川弘文館刊 【383P】 9800円

 本書は、学界研究者の国分寺研究成果の集大成として全7巻で刊行された第1巻。
 「東大寺大仏の研究」の研究代表者・前田泰次の「盧舎那仏鋳造」という解説論考が41頁にわたり収録されている。


「鋳金家の見た東大寺大仏」 戸津圭之介著 (H3) 富岡美術館刊 【38P】

 富岡美術館で開催された「鋳金の魅力〜戸津圭之介の世界」展の講演録を冊子にしたもの。
 戸津圭之介は、先に記した「東大寺大仏の研究」の共同研究者。
 大仏の鋳造工程の解説と共同研究の成果について、述べている。


「論争 奈良美術」 大橋一章編著 (H6) 平凡社刊 【284P】 2860円

 本書は、美術史研究上の10編の論争テーマを選び、論争史・研究史の過程をまとめた本。
 「東大寺大仏の鋳造時期〜仏身と台座の先鋳・後鋳問題〜」(川瀬由照)という論考が収録されている。
 大仏の台座は、江戸期の復興像の大仏のなかで、今も天平当時のものをそのまま残す唯一のものであるが、その鋳造時期については、これまで論争のテーマと なっている。
 常識的に考えれば、最も下方にある台座をまず鋳造し、順次仏身即ち体部上方へと鋳造していったのだろうと考える。

 ところが、昭和のはじめに、「七大寺巡礼私記」なる書が紹介され、そのなかにこの銅座は仏身鋳造後の天平勝宝4年2月より鋳造が始まったという一文が あったため、先鋳か後鋳かということで種々の議論を呼ぶこととなった。
 美術史家は文献史料を重視して「後鋳説」を支持したが、鋳造技術の常識を優先する金工史家(香取秀真、香取忠彦等)は「先鋳説」を譲らないという状況に なっている。
 最近の調査研究成果によれば、後鋳説がやや有利のようだが、いまだ解決を見ていないようだ。


 次に、鎌倉大仏の技法についてや、東大寺大仏と併せて採り上げた本。

「鋳造〜技術と源流の歴史〜」 石野亨著 (S52) 産業技術センター刊 【351P】 3000円

 書名の通り、我が国鋳造の技術と歴史について詳述した本。
 「日本の鋳造史」「鋳造の原点を探る」「現代の鋳物」の3部構成となっており、鋳造工学の専門家ならではの、解説となっている。
 「飛鳥・奈良・鎌倉の三大仏」という章が42頁にわたって設けられている。
 奈良・鎌倉大仏の鋳造工程や鋳型の製作・組立、鋳がらくり、仕上げと鍍金、化学成分などについて詳しく論じられている。


「技術者のみた奈良と鎌倉の大仏」 著者代表・荒木宏 (S34) 有隣堂出版刊 【181P】 650円

 「奈良と鎌倉の二つの大仏についての鋳物や冶金の技術的研究を主眼として収録したが、なお歴史的な記述や一般の話題も交えて、大仏に関する事柄の大体を つくしたつもりである。」と巻頭言に述べられている。
 「歴史」「大仏鋳造法」「東大寺大仏の金属材料研究」「大仏殿の建築について」「大仏関係の技術者」という項立てとなっている。
 高度な内容を、わかりやすく記述してある本。


「鎌倉大仏〜東国文化の謎〜」 清水真澄著 (S54) 有隣堂刊 【203P】 680円

 有隣新書の一冊として刊行された。
 紹介文に、
「本書は、僅かに知られる僧浄光の勧進や鎌倉幕府による寄進を手がかりに、造像の意図や外護者を探る。さらに東大寺大仏と比較しながら鋳造方法やその技術 を解明し、近世の復興事業や外国人の印象記を通じて、鎌倉大仏の全貌を描き出す」
 とある。
 新書とは言うものの、鎌倉大仏の歴史と技術について、過去の文献資料、論文にもふれつつ、著者の主張も展開するというしっかりした内容になっている本。
 著者の「木造大仏倒壊後の銅像大仏木型原型転用説」も、詳しく記されている。
 鎌倉大仏の歴史と技術を理解する、一番のお薦め本。


「鎌倉大仏と阿弥陀信仰」 (H14) 神奈川県立金沢文庫刊 【95P】

 H14に開催された、鎌倉大仏建立750年記念特別展「鎌倉大仏と阿弥陀信仰」の解説図録。
 本図録には鎌倉大仏史研究会(前述「鎌倉大仏」の著者、清水真澄が代表)の学術成果が豊富に盛り込まれている。
 「鎌倉大仏造立の経緯と問題点をめぐって」(清水真澄)と題する総説が収録され、鋳造技法と清水の論説が、わかりやすく整理されて論述されている。
 



       

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