埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第八十七回)

  第十八話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その1〉  仏像を科学する


 【17−6】

 【仏像を科学する、各種の手法】

 ここまで、「仏像を科学する手法」の代表的なものについて、エピソードなどを交え紹介してきた。
 ところで、現在行われている「仏像など文化財を科学する手法」には、どのようなものがあるのだろうか?

 私が読んだ、仏像の本や文化財の科学といった本の中から、こんな科学的調査手法が「文化財を科学する手法」の主なる手法かな?と思われるものを、ここで整理し一覧にしてみた。


 【主な文化財の科学的調査手法の一覧】

科学的調査手法説 明
X線透過
測定法
 いわゆるレントゲン撮影と同じ。
X線を照射し、X線の吸収の違いをフィルム上に濃淡として写し、被写体内部の構造を調べる方法で、古くから用いられてきた。
 仏像では、木彫像、乾漆像、塑像の透過測定に用いられ、
 これにより、
・体内の構造がわかり、その彫刻の造像法が判明する、
・表面からでは見えない木目や釘の新旧によって後補の部分等がわかる。
・像内の納入物について、分解することなく検出することができる。
 本文でふれた、木心乾漆像の構造調査、運慶作品の納入月輪銘札の存在確認など、幅広く実施されている。
ガンマ線透過
測定法
 X線では透過撮影できない金属製品、即ち金銅仏の透過測定に用いられる。
 原理はX線透過測法と同じ。
 強度の放射線である、放射線同位元素・コバルト60から発するガンマ線を用いる方法。
 これにより、
・像の内部構造(ムクか中空か)がわかり、中型の形状、銅の厚さ、鉄心の有無がわかる。
・型持、型持ちの痕の状況や、鋳造時に発生した「ス」の状況がわかり、鋳造技術向上程度が判定できる。
光電子撮影法
(エミシオグラフィー)
 絵画等の使用顔料を推定する手法。
 この手法には、従来から、移動可能か試料があるときの「X線分光分析」や、顔料密度の差をにより判定する「X線透過写真」がある。
 エミシオグラフィーは、X線を照射したときに顔料から放出される二次電子(光電子)を利用して、絵具像を撮影。光電子の放出量の差で、顔料を推測する手法。
 被写体の表側にフィルムを置いて撮影するので、壁体の厚い壁画でも撮影できる。
赤外線観察法 絵画の下絵や、表面が汚れて判別しにくい画像や墨書等を鮮明に写すことができる手法。
 赤外線と可視光線の波長差を利用した観察方法で、ビデオカメラのナイトモード、赤外線監視カメラと同じ理屈。
 赤外線は炭素(墨、鉛筆)によく吸収されるらしく、表面の汚れに対する透過力が写真フィルムに比べて大きい。
 日野法界寺を訪れると、赤外線ズームTVカメラがセットしてあり、壁画、柱絵をびっくりするほどきれいに見ることができる。
紫外線観察法 紫外線を照射した時、照らされた物体が発する蛍光の色彩、強弱を観察し、各種の顔料を判定する方法。
 また、紫外線下における発光の有無、色彩の変化などによって、昔の修理に使われた材料や、補修部分の判別に利用される。
蛍光X線
分析法
 非破壊で、対象物の素材の元素組成を測定分析する方法。
 対象物にX線を照射、そこから発生する蛍光X線を測定し、対象物がどの元素で構成されているかを分析する。
 蛍光X線分析法による金銅仏調査は、近年めざましい成果を生んである。
 平成に入って、測定機器装置が格段に進歩し、従来満足な成果が得られなかったものが、しっかりしたデータが得られるようになったことによる。
 法隆寺献納四十八体仏の青銅組成測定などに成果を上げている。
X線回析法 顔料の材料分析の手法
 顔料の粉末は、細かい結晶が集まっているが、これに適当な元素の特性X線をあてると、X線が結晶中の原子により回析を受け、回析図が得られる。これにより顔料の種類を判定する手法。
 この手法では、微量の試料を採取しなければならない問題が存する。
 最近は、試料の採取なく非破壊でX線回析が出来る装置も開発され、活用されているという。
鉛同位体比
測定法
 この手法によると、金銅仏の銅原料産地がわかる。
 青銅には銅・スズ・鉛が含まれることが多いが、銅とスズの同位体比は地球上でほぼ一定しているが、鉛はウラン・トリウムの壊変によって供給されるので、地球上の各地で同位体比が違うという性質を持っている。
 この鉛の4種の同位体の比率を測定することにより、その産地を推定することができる。
 この測定実施には、微量の試料が必要となることが問題であり、新しい科学的アプローチとして注目されながらも本格的には進んでいない。
 東博小倉コレクションの新羅金銅仏の銅組成が新羅慶尚道のそれを示すなどの調査成果も上がっている。
微量科学
分析法
文化財を科学する手法は、当然に原則非破壊で、分析試料を採取しない方法で行われる。
それらの方法で材質が確定できない場合、きわめて微量の試料を採取して化学分析を行う。科学分析手法としては、主として分光学的方法で、原子吸光分析、または誘導結合プラズマ発光分析法(ICP)で、含有されている元素を検出定量する。
金銅仏の組成分析などは、従来は、この手法で行われてきたようだ。
上記の諸手法の中でも、試料を要するものは、微量科学分析法に該当することになるだろう。
年輪年代
測定法
文化財の使用用材の伐採年を確定する手法。
木材の冬目と夏目で構成される年輪の幅を測定、暦年の確定した標準年輪パターン(暦年標準パターン)を作成。
この暦年標準パターンと試料の木材の年輪パターンを照合し、試料の木材の伐採された年代を特定する手法。
建築用材や木彫仏像の年代推定や、真贋判定に応用され、威力を発揮している。
年代測定に当たっては、年輪を測定できる用材面を調査できることと、用材の白太、表皮部分が残っていることが、伐採年確定の要件となる。
顕微鏡による鑑識法木彫仏像の用材樹種を識別する手法として活用されている。
試験片から、木口、柾目、板目の断面を削り取り、顕微鏡で調査する。
木口を顕微鏡で見ると、針葉樹は仮導管だけで構成されるため組織が整然とし、広葉樹は木繊維の間に同感が散在するので組織が複雑となる。
まず木口断面を顕微鏡でのぞいて特徴を捉え、次に縦方向断面で組織の特徴を確認、さらに細部を調べて、樹種を判定する。
試験片は爪楊枝の頭程度の大きさで可能、やむを得ぬときはプラスチックをやわらかくして木肌に押し付け、「め型」をとって判定する。
写真測量法写真測量の技術を応用して、文化財の実測、計測を行う方法。
測量図は曲線の表現が等高線描画によって表現され、手をふれることなく、迅速なフィールド作業が行える。
昭和35年(1960)に、鎌倉大仏修理工事の際、初めて導入実施され、全重量算出など修理実施に大きく寄与した。
その後、奈良国立文化財研究所(長谷川誠等)にて数多くの仏像の正面立面図が作成された。
仏像の木取りの規則性、法則性が、時代、像高の違いを超えて共通していることが、写真測量によって確認されるなどの成果を得ている。


 わたしは、これらの研究手法のひとつひとつについて、その研究成果の状況など詳しくは知らないのであるが、いずれまた、こうした科学的研究手法によって驚くべき新事実が判明するかもしれない。



            


       

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