埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第六十一回)

  第十四話 地方佛〜その魅力に ふれる本〜

    

《その6》各地の地方佛 ガイドあれこれ 【中国・四国・九州地方編】

 【14−4】
 2.四国地方の仏像

  山陽・山陰路の次は、四国の仏像。
 私の好きな仏像・四国編は、これまた難しいが、

  NO1は、香川高松市、正花寺の菩薩立像
 NO2は、愛媛北条市、庄部落薬師堂の菩薩立像ほか古仏群
 NO3 は、徳島徳島市、井戸寺の十一面観音像

 このあたりが、BEST3になる。


  正花寺・菩薩立像と庄部落薬師堂・菩薩立像に、初めて出会ったのは、東京国立博物館の本館。
 S46年10〜11月に開催された、 「平安彫刻展」の会場であった。

 当時私は、興福寺阿修羅像や戒壇院四天王像といった天平の古典美にあこがれて いた時代から、反古典バロックといわれる貞観彫刻のほうに一層の魅力を感じ、神護寺薬師像や新薬師寺薬師像の塊量性、デフォルメ、鋭い彫り口や厳しい精神 性に、激しく惹かれはじめた頃だった。
 貞観彫刻の名品が、これでもかとばかりに勢ぞろいする「平安彫刻展」、このチャンスを逃して はなるものかと、仲間たちと勇んで出かけた。確か深夜バスで大阪を出発し、翌朝、開館と同時に入場、東京に一泊し、丸二日かけて観て回った、という記憶が ある。

 平安彫刻展の会場に入り、第一室の第一番目に展示されていた仏像が、「正花寺・菩薩立像」であった。
  我々は、この最初の仏像の前で、脚が止まってしまった。
 唐招提寺講堂の獅子吼・衆宝王菩薩とそっくりの素晴らしい仏像。

 
正花寺・菩薩立像   唐招 提寺・衆宝王菩薩立像

  「これはすごいな、素晴らしい出来だ」「やっぱり迫力と緊張感が凄いね」「でも、獅子吼・衆宝王菩薩にソックリだけれども、あの緊張感と比べると、ふっく ら優しい感じがする」「木目が見事に中心線からシンメトリーで、大変美しい。よほど良質の大木からゆったり木取りしたのだろうか」「こんな仏像が香川にあ るのは不思議だね。それにしてもこれだけの彫技と造型は、並みの技量じゃない。都から運んできたんだろうか?それとも当地で・・・・・」「正花寺のある山 崎の地は、東大寺の荘園であった地だそうだ」

 その魅力に惹きつけられ、こんな話をしているうちに、あっという 間に小一時間ほど経ってしまった。
 時間が経つのも忘れるほどに、流石に、平安彫刻の劈頭を飾るに相応しいと言ってもよい秀作だ。
  「まだひとつしか観ていない。こりゃいかん、早く回らないと日が暮れる」
と、あわてて次の仏像へと歩を進めた。

  正花寺像の隣には、元興寺薬師像、慈恩寺阿弥陀像、橘寺日羅像が展示され、後ろを振り返るとそこに、「庄部落菩薩立像」の堂々たる姿があった。

  手先も、膝下の脚も失われた破損仏だが、2メートルをはるかに超える大像。
 破損仏で朽ちて損じているところも多いが、圧倒的な存在 感がある。
 庄部落薬師堂には、30余体の破損仏が遺されており、解説には「最近発見されたもの」とあった。
  大ぶりで骨太、大陸風の人物を思わせる、異国的な体躯だが、なかなかの迫力で迫ってくる像だ。豪放で豪快、粗野で野趣があるといった破損仏だが、そこがま た、たまらない魅力になっている。
  奈良末期か、奈良様を遺した平安初期の造像と考えられているようだが、この像を見ていると、その昔、地方の人々に伝播した奈良文化の息吹というものを感じ る。そうしたことに思いを馳せると、タイプは全く違うが、湖北・鶏足寺の薬師如来ほかの仏像群のことが頭に浮かんでくる。

  その後も、これらの仏像を博物館で観る機会はあったが、いまだに四国のその地で拝したことがない。
 是非一度、高松市の山崎町、北条 市の庄部落に赴いて、その姿を拝してみたいものである。

 
庄部落・菩薩立像   井戸 寺・十一面観音像


 私の好きな四国の仏像NO3は、井戸寺・十一面観音像。

 JR 徳島駅から3駅乗ると、府中(こう)という名の駅につく。
そこから20分ほど歩くと、四国霊場八十八ヶ所・第十七番札所、瑠璃山井戸 寺に到着する。大きなお寺で、多くの巡礼する人々で賑わっている。
 十一面観音像は、本堂のかたわらにある観音堂と称せられる六角堂 に安置されている。
 異形の仏像だ。
 「歪んでいる」「でも、えもいわれぬ惹きつけるものがある。内からこみ上 げて来る迫力というのだろうか?」
 への字に結んだ口は、顔面の中央からずれて曲がっているし、身体の線も中心線から歪んでくねって る。歪んではいるが、彫り口は鋭く、ボリュームもなかなか。この不均衡な造型が、この像が発散する緊張感、迫力、野性味を強めているのであろう。

  井上正は、

「こ こには人体デッサンはないといってよいであろう。しかしながらそれにかわって、想念の中で形成された、神秘な観音の姿がある。写生の世界では形造ることの できない、霊異の人体と衣が創り出されているのだ。一種の反リアリズムの世界といえようか。」(古佛〜法蔵館刊)

  と、本像について述べている。

 9Cの風を遺した10Cの作といわれているが、四国の仏像で、最もある種のイン パクトを、私に与えた仏像である。



 四国の仏像について、まとまって いるのは次の本。

 「四国の仏像〜日本の美術 226〜」田辺三郎助編 (S60) 至文堂刊 【98P】 

 至文堂「日本の美 術」地方別彫刻シリーズ6冊のうちの一冊。
 四国の仏像を、時代順に整理・解説。



  【香川県の仏像】

 「香川県の仏像と神像」溝淵和 幸著 (S47) 美巧社刊 【207P】 

 香川県の主要仏像58体を収録、写真 と解説文を付した本。県指定以上の仏像は、全て収録されているのではないかと思う。
 著者は、県教育委員会文化財担当から香川県文化 会館(当時)に在職し、古佛研究・巡礼を続け著作もある仁。
やさしく判りやすい説明・感想などを付した丁寧な文で、手元に置きたい 本。

 この本のページをめくって眼を惹く仏像を眺めていると、四国の中でも、圧倒的に数多く香川県に優作が集 まっていると感じる。

 大川郡長尾町には、奈良時代の脱乾漆像、願興寺・聖観音坐像がある。畿内以外の脱乾漆像 は岐阜美江寺・十一面観音像とこの像だけという貴重な作品。天平の乾漆像の雰囲気をたたえた優美な仏像だ。
  平安時代中期ごろまでの出来の良い像をみても、秀作・正花寺菩薩立像をはじめ、高松市の屋島寺・千手観音坐像、三豊郡高勢町の法蓮寺・不空羂索観音坐像、 善通寺市の曼荼羅寺・聖観音立像、高松市の根香寺・千手観音立像、綾歌郡綾南町の堂床区・十一面観音立像、大川郡志度町の志度寺・十一面観音立像、仲多度 郡琴平町の金刀比羅宮・十一面観音立像など、結構沢山ある。
 じっくり、訪れてみるのに、探訪甲斐がある地方だと思う。

 
願興寺・聖観音坐像       屋島寺・千手観音坐像

 
   法蓮寺・不空羂索観音 坐像    善通寺市の曼荼羅寺・聖観音立像


 「讃岐の仏像(下)」武田和 昭著 (S61) 美巧社刊 【235P】 

 本書は、香川県の文化財指定仏像、重 要文化財34体、県指定文化財38体に一部の像を加えた90余体が収録されている。
 本書の上巻「讃岐の仏像(上)」は、香川の未指 定仏像約80体が収録されているそうで、著者によると、実際に調査した寺院・小庵は約400ヶ所に及び、県下の古像が安置されると予想される箇所の90% は終了したと考えているそうだ。
 香川の仏像の悉皆調査的、写真・解説書として大変貴重な本。
 私は、残念なが ら、未指定仏中心の「上巻」を所蔵していない。何とか入手したいところである。

   
     堂床区・十一面観 音立像   金刀比羅宮・十一面観音立像

 「讃岐の美」四国新聞社編集発 行 (S54) 【177P】 

 S52年9月から一年余、55回にわたって四国新 聞に連載された「讃岐の美」をベースに編集された、仏像写真集。
 大判のカラー写真集で、四国新聞社90周年記念出版。県指定文化財 以上の仏像のほとんどが収録されている。

 


  【愛媛県の仏像】

 「愛媛の文化財」愛媛県教育委 員会編集発行 (S44) 【207P】 

  本書は、愛媛県の国指定重要文化財と県指定文化財の全てを収録、写真と解説で構成されている。
 仏像彫刻は、40体を収録。全ての文 化財を収録しているので、写真・解説は簡素なものになっている。

 愛媛で眼を惹く仏像といえば、庄部落薬師堂像 を別格として、松山市の安楽寺・十一面観音像、川之江市の三角寺・十一面観音像、喜多郡長浜町の瑞龍寺・十一面観音像あたりが平安中期ぐらいの古いとこ ろ。
 ほかには、松山市の大山寺の7躯の十一面観音像、大宝寺の3躯の阿弥陀・釈迦如来像あたりになるだろう。

 
      三角寺・十一面 観音立像   瑞龍寺・十一面観音立像

 
大宝寺・阿弥陀如来坐像


  【徳島県の仏像】

 「阿波のほとけ」坂崎陽一・田 中善隆著 (S44)徳島教育会出版部刊 【142P】 

 徳島郷土双書NO17と して発刊された本。
 県内、重文指定から未指定像まで94体の仏像が網羅され、時代順に収録されている。
 簡潔 ながら、ポイントをついた解説のお薦め本だが、古書店でもまず見かけない。

 徳島の平安仏では、井戸寺十一面観 音が圧倒的に眼を惹く像であるが、あとは注目される像が意外に少ない。あとは三好郡の蓮花寺・十一面観音像、滝寺・聖観音像、長善寺・聖観音像あたりだろ うか。

    
  滝寺・聖観音立像     長善寺・聖観音立像

 【高知県の仏像】

 「土佐の仏像」池田真澄著  (S54) 高知市民図書館刊 【213P】 

 高知県の仏像115体を、尊像別に 収録、写真と解説を付した本。
 高知県の仏像を総覧できる重宝な本。

  高知県の仏像では、平安仏では、香美郡の大日寺・聖観音像、恵日寺・十一面観音像、安芸郡の北寺・薬師如来他諸像、高知市の竹林寺諸像、長岡郡の豊楽寺・ 釈迦如来像他諸像あたり。他には、湛慶作の毘沙門天他の諸像がある高知市の雪蹊寺、中国渡来と思われる石造の如意輪観音半跏思惟像がある室戸市の最御崎寺 などが、主要な仏像に挙げられるだろう。

  

恵日寺・十一面観音立像 雪蹊寺・毘沙門天像 最御崎寺・如意輪観音半 跏思惟像

 


 


       

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