埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第六十回)

  第十四話 地方佛〜その魅力に ふれる本〜

    《その6》各地の地方佛 ガイドあれこれ 【中国・四国・九州地方編】

【14−3】
(2)山陰路の仏像

  私の好きな山陰路の仏像、ベストスリー。

 NO1は、鳥取大栄町、観音寺の千手観音像ほかの古仏群。
  NO2は、島根美保が関町、仏谷寺の薬師如来像。
 NO3は、島根出雲市、万福寺の四天王像。
 番外別格で、鳥 取三朝町、三仏寺の蔵王権現像

 こんなところになるのだろうか?

 三 仏寺蔵王権現像は、山陰の仏像彫刻としては、群を抜いて出来の良い優作で、相当気に入っているのだが、「康慶作か?」という議論もあるほどの中央作なの で、これは番外別格ということになるのだろう。


 観音寺は、伯耆大山の麓、東高尾の辺鄙な 山間にある。

 山陰本線由良駅の南西、由良川をさかのぼって山に取り囲まれた僻地といった眺めを見ながら走り、 東高尾の集落に至ると、やっと観音寺にたどり着く。
杉林に囲まれた石段の上に、小さく粗末なお堂が現れ、その脇の収蔵庫に仏像が納め られている。
 扉が開かれると、中央にひときわ背の高い千手観音像が、多くの破損仏たちに囲まれて、凛と佇立している。
  正真正銘の平安初期彫刻であるが、その肩から胸への豊かな肉付き、胴のくびれ、腰の肉付きは、天平仏のモデリングを思い起こさせる。
  伸びやかなエネルギーを、強く感じる素晴らしい像だ。

 
     東高尾観音寺・仏 像群      東高尾観音寺・千手観音立像  

 H15 の夏、この東高尾観音寺を訪れたが、拝観の案内をいただいたのは、70歳過ぎの素朴そのものの老人であった。聞くと、「これまで歩み来た人生も、妻の郷里 の観音様のご加護。この観音堂をお守りするのが自分の努めと信じ、最下位の僧籍をとって堂守をしている」とのことであった。

  思うに、この東高尾観音寺の諸仏は、仏像の素晴らしさもさることながら、「地方仏感動の三要素」といったものを、見事に具備しているように思えてくる。

 ◆ 辺境とも言うべき、山間にたたずむお堂。
 ◆長きに亘る風雪に耐え、今に伝わる破損佛たち。
 ◆お堂と仏さま を、ひたすらお守りする素朴で一途な古老。

 こんなところが「地方仏感動の三要素」とでも云えるのだろうか?

  東高尾観音寺は、千手観音像そのものだけでも素晴らしく、必見の仏像なのだが、地方仏に心惹かれる人には、「地方仏探訪の魅力」をじっくり味わうことの出 来る、一度は訪れてみたい古寺古佛である。


 NO2は、仏谷寺薬師如来像。

  関の五本松で名高い美保が関にある、仏谷寺。
 本尊・薬師如来は10Cの立派な平安仏だ。如来像に似合わず、若々しくはつらつとした 風貌で、怒り肩、眼をつり上げ、唇を固く引き締めている。斜めからみると、頬が丸く膨らんで、大人になりきらぬ、芯の強そうな青年を思わせる。
  仏像彫刻として観ると、仏谷寺の仏像を山陰路NO2とするのは、ちょっと甘いのかもしれないし、また仏谷寺のなかでは、薬師如来よりも伝虚空蔵菩薩像のほ うが優れているのかもしれない。
 でも私には、薬師如来像の眼元や頬に、紅顔の青年の純粋さや優しさを強く感じて、なかなかお気に入 りの仏像となっている。

 
仏谷寺・薬師如来坐像

  私がNO3に挙げた大寺・万福寺は、松江から地元一畑電鉄で出雲大社に向かう途中にある。

 お堂の傍の収蔵庫に 入り、諸像をひとまわり見廻すと、なんと言っても心惹かれるのは四天王像。
 平安期の四天王らしからぬスタイルで、派手で大げさな動 きも見せず、両足をどっかと据えて、堂々とした安定感がある。
 地方作なのだけれども、その鷹揚とした身体の構えや、天平風の顔の表 情には、なんともいえぬ暖かな魅力を感じる。
 天平の古様な形式、雰囲気をとどめている四天王像で、奈良時代の古様を永らく受け継い だ、出雲在地仏師の作といわれている。

 制作時期は9C〜11Cまで、いろいろな意見が出されているようだが、 いずれにせよ、私にとっては「天平顔をして、おおらかで伸びやか。心落ち着く、ゆったりした魅力の像」だ。

 
万福寺・四天王像

  島根鳥取の仏像については、本サイトに「鳥取・島根仏像旅行道中記」と題した拙文を掲載させていただいているので、ご覧いただければ幸い。
 http://www.bunkaken.net/index.files/raisan/tottori.html


  「山陰路の仏像」について、まとまった本は、

 「仏像を旅する〜山陰線〜」  鷲塚泰光編 (H1) 至文堂刊 【256P】 

 鳥取 県、島根県、山口県(山陰)の仏像について、それぞれ地元の博物館に所属する小山勝之進、的野克之、田中晴久が、詳しい解説論文を書いている。



  【鳥取県の仏像】

 鳥取県で眼を惹く平安仏は、東高尾観音寺の古仏群をはじめに、岩美郡・学行院薬師三尊像、吉 祥天像、大山町・大山寺阿弥陀三尊像、三朝町・三仏寺投入堂の蔵王権現像。
 ほかには、飛鳥白鳳期では大山寺・三体の小金銅仏、鎌倉 期では大日寺阿弥陀如来像といったところだろうか。

学行院・薬師如来坐像

 
大山寺・阿弥陀三尊像

 「鳥取県の 仏像調査報告書」鳥 取県立博物館編集発行 (H16) 【191P】

 本書は、鳥取県の仏像解説書の決 定版といえる本。
 鳥取県の主要仏像が、豊富な写真と学術的解説で体系的にまとめられている。
H14〜15に行 われた「鳥取県内の指定文化財を中心とする江戸時代以前の彫刻遺品調査」を基にした、県内主要仏像の報告書として出版された。

  1躯ごとに見開き1ページを使い、写真図版と詳細解説という構成で、重文、県指定、市町村指定の仏像すべて74件と、一部の未指定仏が収録されている。
解 説執筆は、京大の根立研介・皿井舞、鳥取県博の石田敏紀。
是非とも手元に所蔵したい本。

 


 「三 徳山とその周辺」鳥取県立 博物館編集発行 (H57) 【50P】

 古刹三徳山三仏寺を中心とした修験の山・ 三徳山の歴史と文化を解説した小冊子。
 鳥取県博・小山勝之進が「三仏寺の尊像」という解説を執筆。

  天台の修験の霊場、三徳山三仏寺。
 なんといっても、ここの大目玉は、国宝・奥の院「投入堂」(平安時代)。

 

  投入堂は、三徳山の北側中腹の断崖絶壁のオーバーハングした岩窟の中に、絶妙なバランスで建てられている。恐ろしげな断崖絶壁にしがみつくように建てら れ、どうやってあんな処にお堂が建てられるのだろうと正直思う。
 その奇跡のような姿は、とても人間技には見えず、役行者が、「エイ ヤッ!」と法力で投げ入れて造ったという伝承が今もなお語られ続けることも、ごく自然のように思われる。
 今でも、参拝者は投入堂を はるかに見上げる地点までは立ち入りができるが、堂に近付くことは危険なため固く禁止されている。投入堂に近付こうとして滑落死した者もいるという。
  中年の私などは、駐車場の先にある投入堂眺望所から、はるか彼方に遠望。気持ちだけ登ったつもりで有難く遥拝。そこから望遠鏡でのぞき見ても、あまりの険 しさに目を瞠るばかりであった。

 この「投入堂」に、7体の木造蔵王権現立像が安置されていた。
  今は、山下にある宝物殿に移されていて、誰もが簡単に拝することができる。
 S40年代には、まだ投入堂に安置されていたらしく、写 真家・土門拳はS41年12月、下半身麻痺車椅子生活の身でありながら、異様なる執念で雪積もる投入堂まで登りつき、秘仏蔵王権現像を拝観、撮影を行う。
  土門は、そのときの苦難と感動を、このように綴っている。

「堂 内に漆箔のきらきらしい本尊以下、朱彩もあざやかな五体の蔵王権現像が狭い内陣にひしめいている光景を見たとき、私は思わず合掌した。戦後、在家の俗人と しては、投入堂内陣を拝するなど、おそらく初めてのしあわせにちがいないということがひしひしと感じられたのである。」
 「投入堂は 本当に美しい。・・・・・・三徳山の険阻艱難を思うと、二度と行きたいとは思はない。」(古寺巡礼〜美術出版社〜)


  さて、この本尊・蔵王権現立像。
 冒頭に「私の好きな仏像BEST3の別格番外」に挙げさせて頂いたが、木造の蔵王権現として、これ ほどの風格を持ち、秀麗なものは他にないと言って良いほど、素晴らしい仏像だ。
 この像を、写真で見ていた時は、大したことは無いん じゃないだろうか、と思っていたのだが、眼の当たりにすると、天空へ大きく高く脚を踏み出す無理な姿勢を、絶妙のバランスで活き活きと処理して、見事に均 整の取れた像。

 本像の造立は、像内から見つかった造立願文(紙本墨書)年紀から、平安後期、仁安三年 (1168)頃であることが判明している。
また、本書で小山が
 「この像が、かなりの腕を持つ(中央の)仏師の 作であろう事は容易に想像できる。」
 とのべているが、最近では「康慶作ではないか」という議論もされている。
見 事な中央作である。



三仏寺・蔵王権現立像

  【島根県の仏像】

 島根県では、冒頭挙げた仏谷寺、万福寺の諸像のほか、飯石郡・禅定寺聖観音ほか諸像、能義 郡・巌倉寺聖観音像、安来市・清水寺十一面観音、阿弥陀三尊像あたりが注目される。
 小金銅仏では、平田市・鰐淵寺の壬辰銘 (692)観音像といったところ。


 

「島根県の文 化財〜仏像彫刻 編」島根県立博物館編集発行 (H2) 【139P】

 本書は、H1開催の開館30 周年記念「島根の秘仏展」出展の62体に、その他の主要仏像を加えた71体の図版解説書。
 学術レベルの高い充実した解説と豊富な写 真図版で、島根県の仏像が総覧できる、これまた島根の仏像解説の決定版というべき本。
 主たる執筆・撮影は、島根県立博物館の的野克 之。

  


 「島根の仏 像」天野茂時著  (S39)松江 今井書店刊 【156P】 

 山陰文化シリーズの一冊として刊行。
  前編は仏像鑑賞のための尊像解説、後編は島根の主要仏像の概説で構成されている。
著者は当時島根大学助教授。



 「清水寺と 雲樹寺」松本興著  (S45) 安来タイムス社刊 【105P】 

 安来の歴史シリーズ第3巻として 刊行。安来市の2大古刹、清水寺・雲樹寺の歴史と文化の概説書。
 清水寺で、興味を惹かれる像は、十一面観音立像。
  いわゆる壇像彫刻の系譜を引きずる像であることは間違いなく、異国的というか、インド風とか呼ばれる印象の風貌。
 出雲の地方性、土 臭さのなかに、古式の檀像彫刻の霊威表現を受け継いだ、異彩を放つ平安仏。



清水寺・十一面観音立像

  そろそろ、この辺で「中国地方の地方仏ガイドあれこれ」も終わりとするが、ここで中国地方の仏像を全般的に採り上げた本を紹介しておきたい。


 「中村昭夫写真集 西国の秘 仏」斎藤孝解説 (S59)山陽新聞社刊 【220P】 
 山陽・山陰6県(含む兵庫県)の主要古仏の大 型豪華カラー写真集。
 50余ヶ寺・130躯の仏像が、写真家・中村昭夫の美しい芸術写真で収録されている。
中 村は、S8年生、現在まで50余年に亘り写真家として活躍、主として中国地方の郷土の景観を活写した多くの写真集の出版している仁。
  斎藤孝の「西国の仏教彫刻史」と題する論考と仏像解説つき。
 西国の仏像の魅力を、抒情的に引き出した美しい写真集として、愉しめる 本。



 「西の国の 仏たち」柳生尚 志・文、人見文男・写真 (H8) 山陽新聞社刊 【266P】 

 先に紹介した 「おかやまの仏」の柳生尚志、人見文男のコンビで、中国四国地方10県の仏像を採り上げた本。
 約110躯の古仏が、前著と同じく、 見開き1ページに一躯ずつ、美麗な写真と親しみやすい平易な解説で掲載されている。
 巻末の探訪案内(TEL番号付)は、大変便利。


 「瀬戸内の 金銅仏」武田和昭 著 (S62) 美巧社刊 【221P】 

 本書は瀬戸内1府8県(大阪・兵庫・岡 山・広島・山口・香川・愛媛・徳島・大分)に点在する金銅仏を、2年をかけて調査し、現在知られる鎌倉時代までの41体を採り上げた、探訪調査記といった 本。
 普段はなかなか出版物に取り上げられることが少ない地方の小金銅仏が、多く収録されている。
 著者・武田 和昭は香川県の円明院というお寺の住職で、仏像の研究家。著作も数多いようだ。



 


       

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