埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第六回)
古佛に魅入られた写真作家達の本〜その足跡や生涯〜 (3/3)
入江泰吉と土門拳を知る本
仏像写真作家たちの話の結びは、東西の別格両横綱、ご存知、入江泰吉と土門拳。
「入江と、土門」の作品を、私流キーワードでたとえると
「静と、動」「穏やかさと、烈しさ」「自然な美を写す写真と、アップの迫力で迫る写真」
「奈良の四季と共に在る仏像と、芸術表現の被写体としての仏像」などの対比で、言い表すことができるだろうか。
いずれにせよ、仏像写真に、入江芸術、土門芸術という大きな一つの世界と足跡を残した巨匠である。
私は、どちらの写真もそれぞれに好きなのだが、思い起こせば昭和47年10月、初開催の土門拳写真展「古寺巡礼」を新宿小田急百貨店で観たとき、神護寺薬師や唐招提寺講堂如来破損佛の迫力に、頭をガツンとやられたようなインパクトで、DO−MON−KENという発音まで腹に響くようであった。
結構、土門ファンになり、その後もよく写真展に出かけた。山形酒田の土門拳記念館にも訪れた。
初写真展を見て、写真集「古寺巡礼」美術出版社が欲しくなったが、あまりの高価に失神、卒倒しそうになった。学生の身に、かろうじて買えたのが展覧会図録であった。
「古寺巡礼」全五集が、我が家の書架に並ぶのに、それから二十数年を要する。
その私も、中年と呼ばれるようになり、小バカにしていた藤原佛に、温和なる美の魅力を感じるようになるほどに、入江泰吉の「奈良を愛する情感こもった作品」に惹かれる今日この頃といった処であろうか。
あまりに著名な二人であり、刊行されている写真集等も大小数えればキリが無く、また、よく知られ親しまれている。
ここでは極力、自伝・評伝などの紹介にとどめたい。
入江泰吉は
明治38年奈良市生まれ、生家は古美術鑑定、補修を営む。大阪の写真機店に勤めた後、写真展「光芸社」を開業、空襲に遭い奈良の生家で終戦を迎える。戦後、大和路の仏像、風景を撮り始め、亀井勝一郎「写真版大和古寺風物誌」で親しまれたほか、数多くの名作を残す。平成4年没。
現在、奈良高畑に全作品、遺品を集めた奈良市写真美術館が建てられている。
「入江泰吉自伝〜大和路に魅せられて〜」自著(H5)佼成出版社
好著である。
その生い立ちから、写真「文楽」で世に出たこと(文部大臣賞受賞)。仏像写真の道に入ったいきさつ、奈良の文化人、文学者との交流。ライフワークである大和の風景写真を編んだ「古色大和路」「万葉大和路」「花大和」保育社三部作が、菊池寛賞を受賞した喜び、などが奈良への愛情と共にしみじみと語られている。
「師、入江泰吉を語る(座談会)」と年譜付。
殊に、第三章〜再び無からの出発〜「運命がめぐり合わせた一冊の本」「三月堂の前で眼にした光景」では、郷里奈良の古本屋で手に入れた、亀井勝一郎「大和古寺風物誌」に触発され、古寺遍歴を思い立ったこと。
敗戦後、三月堂四天王像が疎開先から戻り、お堂に運び込まれるのを目撃。その時アメリカに古美術が持ち去られるという話を聞いて、せめて写真に残そうとの思いが、仏像写真撮影を心に決めた大きなきっかけになったこと、が綴られ胸を撃つ。
「大和路遍歴」自著(S56)法蔵館、
「私の大和路〜春夏紀行・秋冬紀行〜」エッセイ集(H14)小学館
は、手軽に入江の自伝やエッセイが愉しめる本。
入江は、古寺古佛を古き奈良の自然の中そのままに撮ることにこだわり続けた。好んで撮った西ノ京大池からの薬師寺東塔遠望も、周辺開発が進む中、自然だけのアングルを徹底して探し続けたという。
戒壇院の石段を降りると、いにしえの奈良の風情を残す一角に「入江泰吉」という表札がかかっている。
ここに佇むと、入江泰吉は、奈良に生まれ、古き奈良を愛し、奈良の四季と共に生きた人、という思いがあらためてよぎるのである。
土門 拳は
明治42年山形県酒田生まれ、7歳で上京、中学校は家庭生計の事情で退学、17歳で母と家を出、その後倉庫人夫をするなど、苦難の日々を送る。
昭和10年、門生となっていた宮内写真場を逃出し、名取洋之助の日本工房に入社、14年より国際文化振興会嘱託となる。25年雑誌「カメラ」の月例写真審査員となり『リアリズム写真』を提唱。
昭和33年から35年にかけ、『ヒロシマ』『筑豊のこどもたち』『るみえちゃんはお父さんが死んだ』を立て続けに刊行、社会に問題を投げかけ、大きな反響を呼んだ。
脳卒中で倒れるが再起、写真集『古寺巡礼』をライフワークとし、昭和38〜50年に、1〜5集を刊行。昭和58年、郷里酒田に土門拳記念館開館。
平成2年没。
土門拳の自伝、古寺古仏や古美術についてのエッセイを、まとめて読むことが出来るのは、つきの3冊の本
「拳眼」(H13)「拳心」(H13)「拳魂」(H14)世界文化社
「拳眼」には、日経新聞に掲載された「私の履歴書」(昭和52年)全文が、載せられている。〜これが唯一の自伝的記述〜
「古寺巡礼」に書かれたものや、単行本未収録のものなどが、集められた土門のエッセイ集。
土門拳没後7〜8年経った頃、力のこもった評伝が相次いで出版された。
「土門拳〜生涯とその時代〜」阿部博行著(H9)法政大学出版局
「火柱の人〜土門拳〜」都築正昭(H10)近代文芸社
それぞれ、約450頁と380頁の大作。
綿密な関係者からの取材や、肌理細かな資料に裏打ちされた内容で、共にその労苦がしのばれる。
二冊を読み比べると、
「土門拳〜生涯とその時代〜」は、著者阿部が同郷の鶴岡出身で、現在も酒田の高校で日本史の教師をしている仁だけに、正統派の評伝として、人間「土門」の人生、交友、生き様を折々の出来事、業績と共に丹念に描いている。
郷土が生んだ「魂の人」巨匠への愛情のこもった作品。
「火柱の人〜土門拳〜」は、著者都築が、NHK撮影部出身で、九州工科大学画像設計学科教授という経歴。
『絶対非演出のリアリズム』『土門流カメラ秘法』という標題の章が立てられているように、評伝を通じ、土門の写真芸術そのものに迫ろうとしている。
都築は、土門の言葉、
「報道写真家としては、今日ただいまの社会的現実に取り組むのも、奈良や京都の古典文化や伝統に取り組むのも、日本民族の怒り、喜び、悲しみ、大きくいえば民族の運命にかかわる接点を追及する点で、僕には同じことに思える」「(古寺巡礼の撮影において)情緒的あるいは懐古的に被写体と接したことはない。常に現代の時点での接点を探り、意義を追い求めてきたつもりだ」を引いて、本書で
「古寺巡礼は、あざといほど土門の好みで徹底的に選別した写真集である。評判高い古寺や古佛を羅列したものでなく、大胆至極に自分の好みだけを頼りに選び抜いたのである。」と述べているが、土門の仏像写真とその魅力を見事に表現している。
土門に仏教美術への眼を開かせたのは美術評論家・水澤澄夫である。
水澤は、昭和14年秋、土門を初めて室生寺に案内した。そこで土門は弘仁佛の魅力の虜になる。
「土門拳と室生寺〜四十年詣での果てに見えたもの」都築正昭(S13)KKベストセラーズ
では、室生寺にはじまり室生寺に閉じたカメラマン人生が、水澤との交流を軸に、語られている。
ここに、戦後すぐ水澤と共著で出した、簡素な本がある。
季刊誌「製作」第三号『弘仁彫像考』土門拳、水澤澄夫共著(S22)日本美術出版
土門流の仏像の写真表現をはじめて世に問うたメモリアルな本だ、と私は思っている。
本書で「・・・・・神護寺薬師の足は、そのまま弘仁精神の象徴でもあると僕は思ふ。」と、足元だけのアップ写真のコメントを残している。
その圧倒的迫力は、まさに「火柱の人」である。
近時、仏像写真家たちの立派な写真集が、大判・大冊なるが故か、その古書価が、あまりに低価なことに驚かされる。
(元)アイドル写真誌のほうが、何倍も高値をつけられている。
「本」に失礼だ、という気持ちを通り越して、哀しくなってしまう。
先々は、写真集の頁を開くのではなく、パソコンの画面を開くようになるのだろうか?
ここに登場した「古佛に魅入られた写真家たち」の魂に触れるには、やはり書架から作品を取出しモノクロームの頁を開くのが、私には一番相応しい。 −了−
奈良市内の写真は、西大寺在住の石川裕章氏撮影によります。
560
季刊誌「製作」水澤澄夫、土門拳日本美術出版刊
参 考
古佛に魅入られた写真作家達の本 関連本のリスト
書名
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著者名
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出版社
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発行年
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定価(円)
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写された国宝(図録)
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岡塚昭子
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東京都写真美術館
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H12
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2000
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奈良美術研究
(古代彫刻の写真作家たち)
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安藤更正
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校倉書房
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S37
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1200
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仏像の美しさに憑かれて
(仏像写真の今昔と
坂本万七氏の仏像写真)
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町田甲一
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保育社
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S61
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3800
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南都逍遥(工藤精華)
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安藤更正
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中央公論
美術出版
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S45
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1200
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酔夢現影〜工藤利三郎写真集
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写真が語る近代奈良の
歴史研究会
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奈良市
教育委員会
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H4
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非売品
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奈良今は昔(工藤精華堂)
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北村信昭
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奈良新聞社
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S58
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8000
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奈良飛鳥園
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島村利正
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新潮社
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S55
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1100
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古美術写真
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小川晴暘
|
誠文堂新光社
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S11
|
記載なし
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上代の彫刻
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上野直昭
小川晴暘
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朝日新聞社
|
S17
|
15
|
支那上代彫刻 第1〜3輯
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坂本万七
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聚楽社
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S5〜6
|
記載なし
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坂本万七遺作集
〜美しき佛たち〜
|
坂本万七
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日本経済新聞社
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S50
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非売品
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仏像を撮る
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藤本四八
|
朝日ソノラマ
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S52
|
650
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僕の彫刻史
〜カメラかついで五十年〜
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田枝幹広
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淡交社
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H10
|
1500
|
続日本の彫刻
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久野健
田枝幹広
|
美術出版社
|
S40
|
3800
|
入江泰吉自伝
|
入江泰吉
|
佼成出版社
|
H5
|
1500
|
大和路遍歴
|
入江泰吉
|
法蔵館
|
S56
|
1300
|
私の大和路〜春夏・秋冬紀行
|
入江泰吉
|
小学館
|
H14
|
各880
|
仏像大和路※1
|
入江泰吉
|
保育社
|
S52
|
38000
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拳眼、拳魂、拳心
|
土門拳
|
世界文化社
|
H13・14
|
各2500
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土門拳〜生涯とその時代〜
|
阿部博行
|
法政大学出版局
|
H9
|
3300
|
火柱の人〜土門拳〜
|
都築正昭
|
近代文芸社
|
H8
|
2000
|
土門拳と室生寺
|
都築正昭
|
KKベストセラーズ
|
H13
|
680
|
季刊誌「製作」第三号(弘仁彫像考)
|
水澤澄夫
土門拳
|
日本美術出版
|
S22
|
65
|
土門拳の世界
|
岸哲夫
|
土門拳記念館
|
S60
|
1000
|
土門拳エッセイ集写真と人生
|
阿部博行編
|
岩波同時代
ライブラリー
|
H9
|
1100
|
古寺巡礼(1〜5集)※2
|
土門拳
|
美術出版社(S38〜50)
|
S62
|
325000
|
※1・※2 入江・土門の仏像写真集は数多く出版されているので、
代表的写真集と思うものを、それぞれ一冊記載した。
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