埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第五十九回)

  第十四話 地方佛〜その魅力に ふれる本〜

    

《そ の6》各地の地方佛 ガイドあれこれ 【中国・四国・九州地方編】

 【14−2】
 【広島県の仏像】

  広島県にも、拝してみたい眼を惹く平安仏が、そこそこある。

  先に記した、古保利薬師堂の古佛群、竜華寺の二体の十一面観音像をはじめ、平安中期までの古佛でも、世羅郡・文裁寺十一面観音像、福山・明王院十一面観音 像、尾道・浄土寺十一面観音像、西国寺薬師如来像、摩訶衍寺十一面観音像、西提寺聖観音像、府中・青目寺聖観音像他などがあるし、三原・善根寺の30体ほ どの古佛破損仏も訪れてみたい。
 瀬戸田の耕三寺には、多数の仏像コレクションがある。

  

文裁寺・十一面観音立像 浄土寺・十一面観音立像  西国寺・薬師如来 坐像  

 ところが、広島の平安古佛は、秘仏でなかなか拝することができない仏像が多い。
  明王院、西国寺は完全非公開。浄土寺、摩訶衍寺は33年に一回の開扉、次回はそれぞれH46とH47の開扉になる。竜華寺、西提寺は年に1日だけの開扉 (8/20と10/10)といった具合だ。

 
 摩訶衍寺・十一面観音立像    西提寺・聖観音立像

 広島県の仏像についての本は、著名な像が秘仏で、なかなか拝 せないからではないのだろうが、仏像のみをテーマにした本が無いようだ。
 「広島県の文化財」「山陽文化財散歩」といった本が数冊出 ているが、特に仏像について詳しく記してあるということでもない。
 わたしの手元にある、広島県の仏像がらみの本は、次のとおり。


 「尾道の文化財」尾道市教育委 員会編集発行 (S63) 【218P】

 尾道市制90周年を記念して、市内の国・ 県・市指定文化財を完全網羅した写真集。
刊行の辞に

「市内各寺社及び所有者の方々のご協力を得て、奥深くカメラを持ち込み 『秘仏』をはじめ『門外不出』『非公開文化財』までを網羅した貴重な写真の収録である」

  と書かれている。
 仏像は、先に記した浄土寺、西国寺、摩訶衍寺、西提寺の諸像ほか、50余躯が収録されている。

 


 「古保利の仏像〜中国地方の山 間・古堀薬師の仏像造形考察」松本真著 (H16) アートダイジェスト刊 【101P】 

  広島修道大学芸術選書23として、最近出版された、古保利薬師堂の本格的研究解説書。
 豊富な写真図版とともに、薬師如来像をはじめ とする諸仏像のこれまでの研究を踏まえた詳細な論考、古保利薬師の前身・福光寺の歴史、年表、参考文献などが、しっかり収録されている。
  著者は、広島修道大学の芸術担当教授。
 地方の一古寺古佛をテーマとした本としては、稀なる内容充実した本。


 「回想の古保利薬師」三宅尚典 著 (S60) 正文社印刷所刊 【124P】

 久野健著「仏像の旅」という本に、 〈古保利薬師堂の古仏〉という章があり、調査探訪記(S35年春)が綴られている。
 そこに、こんな文章がある。

「千代田の町役場の受付で、文化財の係りの人のところをきき、来意を告げ た。
『お待ちしておりました。さっそく三宅先生のところに連絡をとります』
といって、電話をかけた。三宅先生の 名は、東京にいるときから何回か耳にしていた。・・・・・・・古保利の吉祥天像の写真を送ってもらったのもこの方の長男からであった。三宅先生はこの町の お医者さんで、熱心に土地の文化財の保護にあたっている人である。」


  この「三宅先生の長男」が、出版した本が本書。

 本書によれば、三宅先生こと三宅蕡は、地元の歯科医師で、昭和 初期から郷土の文化財の保護・研究に力を注ぎ、S24には「古保利薬師奉賛会」を結成。長らく会長を努め、古保利薬師の復興と保護に多大な尽力をした仁。
  子息の著者も、同じく歯科医師をしながら、父君とともに復興・保護に尽力、そして本書の出版に至ったそうだ。

  本書には、三宅親子のそれぞれの回想記等のほか、佐和隆研、久野健、丸山尚一、斎藤孝など著名な研究者、評論家の古保利薬師堂についての論述が転載されて いる。

 

                古保利薬師堂・薬師如来坐像

  なかでも、たいへん興味深かったのは、岡徹夫(郷土史家)という人の「古保利薬師堂」という文。
 あの薬師如来像の「仏手」は、 S33に諸仏を修理した際、奈良仏師・白石義男が後補作成したものであることを、詳しく記しているのだ。
 「エッ!あのパワフルで魅 力的な〈仏手〉が後補だって?」それは大きな驚きであった。

 
   薬師如来坐像左仏手       薬師如来坐像右仏手(S47撮影)

 この薬師如来像を拝する人は、まず一番に、その「大きな掌と太 い指」に魅了されてしまう。
 私もこの像を拝した時、「凄い、貞観の手だ、貞観の指だ!」と、すっかりその手の魅力の虜になってし まった。

 本像の解説、随想なども、必ずこの「掌と指」のことに触れている。

  「その大きな右手を見たまえ。仏の手というより、仏を作る職人の力強い手だ」(丸山尚一〜生きている仏像達〜)
 「何よりも広げた掌 の大きさには感動する。指の一本一本が太く、厚く、仏の手というより土着の働く農民の手である」(柳生尚志〜西の国の仏たち〜)
  「肉づきのよい頼もしい両手は、新薬師寺の薬師如来像の手に近い」(久野健〜仏像風土記〜)

 岡徹夫は、この仏 手の修復についてこのように記している。

 「仏像に関心のあるものが、仏体の造型上の性格によくあった貞観期の 仏手として賞讃している。
 しかし実情を紹介すると、これは仏師白石氏の製作にかかるものである。
 それ以前 は・・・・・実に粗末な、見るに耐えない代物であった。白石氏は、平安初期の代表的薬師如来である奈良の新薬師寺本尊の仏手をイメージに描きながら新造し た、と言われた」

 私は、新造の「現代の仏手」に感動していたことに、ガッカリしたというよりも、現代にこれだ け観る者を感動させる「掌と指」を造形した素晴らしい仏師がいたことに、なおさら一層の感動を覚えた。
 ますます、もう一度薬師如来 の「あの手」に再会したい。そんな想いが募ってくる。

 

     奈良仏師白石義男氏    古保利薬師堂諸像を修理する白石 仏師

 「瀬戸田町史 耕三寺編」瀬戸 田町教育委員会編集発行 (H13) 【582P】

 「西日光」と呼ばれる耕山寺 は、瀬戸内の小島、生口島の瀬戸田にある。
 当地出身の平山郁夫の美術館もあり、瀬戸田は「しまなみ街道」観光のメインスポットとし て、たいへんな賑わいを呈している。
 この耕三寺、けばけばしい色彩のミニサイズ日光東照宮というイメージで知られているが、当地出身の耕三寺 耕三(金本福松)が、亡き母の菩提を弔うために、昭和13年に建立したお寺。
 大径鋼管の開発で事業に成功した仁だそうで、日本の有 名古建築を模造した堂塔の伽藍を建築したほか、美術品も蒐集、なんと重要文化財18件、重要美術品40件を所蔵するなど大変な文化財コレクションを所蔵し ている。

 仏像も重文7件、重美5件をはじめ約140点を所蔵、なかでも、三重県神宮寺旧蔵の平安前期の釈迦如 来立像や、快慶作・阿弥陀如来像などは、優作として著名だ。

 本書は、瀬戸田町史全5巻の第3巻として刊行。
  耕三寺のみのテーマで600ページ弱の厚冊、「耕三寺の歴史、建築、美術工芸」という項立てで、びっくりするほど充実した内容。
 仏 教彫刻だけでも、約90ページが割かれ、129躯が写真入りで解説されている。

     
              三重県神宮寺旧蔵・釈迦如来立像 



 【山口県 の仏像】

 山口の仏像で眼を惹くのは、まずもって唐渡来の檀像・神福寺十一面観音像。平安仏では、市内陶郷の正 護寺薬師如来坐像、周防国分寺の日光月光菩薩・四天王像。鎌倉期では防府阿弥陀寺の仁王像、重源上人坐像といったところだろうか。


 「周防長門の名刹」長峰八州男 編集 (S61) 毎日新聞社刊 【278P】 

 山口県の古寺古佛の写真集。
 建造物名勝、彫塑像、絵画・書蹟・工芸に分けて収録さ れ、仏像は50余件が掲載されている。
 仏像解説としては、「防長の仏教美術」(内田伸)、「山口県下指定の仏像」(臼杵華臣)を収 録。


 解説執筆者の内田伸といえば、山口歴史民俗資料館館長を勤めた 人。
 「山口県の石造美術」「防長の微笑仏」ほかの著作があり、また奈良時代の石仏か否かで議論を呼んだ、小野田市の菩提寺山磨崖仏 の発見紹介者でもある。

 この内田伸氏の名前を見ると、学生時代、唐渡来の檀像仏で知られる神福寺を訪れたとき のことを思い出す。

 友人のH君と山口市内を観光した時のことであった。ついでに神福寺十一面観音も拝観できる のならと、お寺に電話をかけたところ「拝観は一切受け付けていない」というご返事。
 普通なら、それで諦めるのだが、暇だけは山ほど ある学生の身。山口市の教育委員会へ行ってみようと、二人でノコノコ市役所の教育委員会に寄って見た。
  文化財担当の方に会い「大阪から来たのですが、神福寺さんは拝観不可ということなんですが・・・・・・」と、話したところ「そうですか、遠い所から折角来 たのだったら」と、神福寺に電話をいただき「大阪から学生さんが来とるのやけれど、何とか観音さん拝ませてやってもらえんやろうか」と、拝観了解をとって 頂いた。
 この文化財担当の方が、内田伸氏であった。

 内田氏の紹介ということで、神福寺 さんでは、金庫のような収蔵厨子に安置されている観音像を、わざわざ取り出してくださり、お堂の縁先廊下で、檀像十一面観音像をじっくりしっかり拝し鑑賞 させていただくことが出来たのであった。

 
 神福寺・十一面観音立像   学生時代縁側で拝した十一面観音像

 今にして思えば、若気の至りで礼節もわきまえぬず うずうしい学生に、大変親切にしていただいた内田氏に、有難く改めて感謝の念を深める次第である。
 そのとき、内田氏から
  「知られていない仏像だけれど、陶というところに平安前期の良い薬師仏の坐像があるよ。正護寺というんだがね。是非行ってみなさいよ」
  と言われ、翌日、これまた暇に任せて、二人で出かけてみた。
 これが、当地作で県内最古の木彫仏といわれる、正護寺薬師如来坐像で あった。
 現在、県指定文化財。


 「周防国分寺展〜歴史と美 術〜」山口県立美術館編集発行 (H16) 【167P】 

 周防国分寺には、平安 (中期)の日光月光菩薩像、四天王像が遺されている。
 本書は、周防国分寺金堂の平成大修理完成をひかえ、開催された企画展図録。
  伊東史郎「周防国分寺の仏像」ほか、5編の論考が収録されている。
 「正護寺薬師如来坐像」も、本展に出展された。

 

                        正護寺・薬師如来坐像

 


       

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