埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第五十六回)

  第十三話 地方佛〜その魅力に ふれる本〜

    《その5》各地の地方佛 ガイドあれこれ 【近畿 編】

 【13−5】

〈兵庫県の仏像〉

 兵庫は、摂津、播磨、丹波、但馬、淡路の五国に分けられる。
 摂津 は畿内、播磨が山陽道、丹波・但馬が山陰道、淡路が南海道に属し、それぞれに風土慣習が違い、仏像も一括りにしては語りにくい。

  それぞれ、主だった古佛を観てみると、
 摂津では、大龍寺・乾漆菩薩立像、栄根寺・薬師像、中山寺・十一面観音など、
  播磨では、鶴林寺・金銅聖観音像、楊柳寺・十一面観音・聖観音像、浄土寺・快慶阿弥陀三尊像など、
 丹波、但馬では、達身寺・古佛 群、温泉寺・十一面観音像、相応峯寺・十一面観音像、西谷観音堂・十一面観音像、普門寺・千手観音坐像など
 淡路では、成相寺・薬師 如来像、東山寺・薬師十二神将像など、
あたりになるのだろう。



 兵庫 の仏像を総覧できるのは、次の本。

 「ふるさとの文化遺産〈兵庫 県の文化財図鑑・彫刻編〉」日本青年会議所近畿地区ブロック協議会編集発行 (S53) 【213P】

  兵庫県の国指定文化財(国宝1・重文95)を、すべて網羅した大判の立派な写真集で、なかなか重宝。
 解説は、図版ごとの簡潔なもの だが、毛利久ほか一流の研究者の執筆。


 「兵庫文化財散歩」神戸新聞 社編 (S56) 神戸新聞出版センター刊 【170P】

 S53〜54に神戸新聞 文化欄に連載された「文化財散歩」をまとめた本。
 文化財散歩と題されているが、内容は仏像中心で、兵庫の国指定の彫刻96件と県指 定の彫刻60件が全て採り上げられている。
 写真は同社写真部長・福本一文、文は学芸部記者・古山桂子。


 「兵庫のみほとけ〜国・県指 定重要文化財仏像彫刻編」矢野明弘写真 (S52) 私家版 【246P】
 「兵庫のみほとけ〜但馬編」 矢野明弘写真 (S51) 私家版 【209P】

 矢野明弘撮影の仏像写真集。
  矢野明弘という人の経歴などは良くわからないが、「あとがき」に、
 「わたくしの十余年にわたる仕事の結晶でもあります写真集〈兵庫 のみほとけ〜重要文化財仏像彫刻編〉を前作〈但馬編〉に続けてご覧いただけますのは・・・・・・・」
 とあることから、長らく仏像写 真を撮り続けている仁と思われる。
 「―写真で見る― 石仏 加西・加古川編 」「石の心―北条の石仏」という著作もあるようだ。

  ここからは、地域別に仏像を取り上げた本を紹介。

 〈播磨〉

 「ふるさとのみほとけ〜播磨 の仏像」兵庫県立歴史博物館編集発行 (H3) 【147P】

 同名の、特別展の図 録。
 播磨の仏像、約40躯の図版・解説が収録されている。神戸佳文の解説文「播磨の仏像について」も掲載。
 H10 に横浜・金沢区の龍華寺から発見されて話題を呼んだ、脱活乾漆の菩薩半跏像の中尊といわれる、金蔵寺阿弥陀如来像(頭部のみ脱乾漆・当初)など、播磨の余 り知られていない仏像が出展された。


 「泉生山 酒見寺」 (H8)   泉生山酒見寺刊 【211P】

 播磨、加西市北条町にある酒見寺(さがみじ)に は、61年に一度の開扉が厳重に守られている秘仏・十一面観音立像がある。
 無指定であるが、シャープで凌ぎ立った彫り口のカヤの一 木の素木像、いわゆる平安初期彫刻の典型とでもいえる、優品である。
 この像の存在が、それほど知られていないのは、厳重なる秘仏 で、それ故に文化財指定もされていないことによるのだろう。
 この「幻の名品仏像」とでもいえる十一面観音像が、直近開扉されたのは 平成8年。
 同時に、本堂の屋根の立替が行われることとなり、工事期間中、本像が「京都国立博物館」に保管委託され、調査も行われ た。
 後で知ったことだが、この時、ごく短期間であったが、京都国立博物館にこの秘仏が展示され、初めて一般に公開されたそうだ。
  「わかっておれば、無理をしてでも、観に行ったのに」と、悔しき思いもするが後の祭り。

 
酒見寺・十一面観音立像


 本書は、ご本尊開帳法 会の記念事業の一環として発刊されたもの。
 豊富な図版に加え、歴史、建築、美術工芸の各方面について、専門の研究者が解説・論考を 執筆しており、充実した内容。
 十一面観音像については、図版・解説のほか、井上正が「酒見寺十一面観音立像と行基伝承」という論考 を掲載している。

 井上は、酒見寺が、天平17年・行基開基の伝承があることから、

「一見して、酒見寺像が新たに積むべき貴重な一石であることを直感した。 先年、同じ県下の新出の作例、但東町西谷観音堂十一面観音立像を姫路県立博物館で初めて拝した折、行基伝承のあることをうかがって、『遂に出るべきものが 出た』という感慨にふけったが、今回もまた同じ思いにつつまれた。」

 と述べて、本像を 奈良時代8世紀の制作であると、論じている。



西谷観音堂・十一面観音観音立像

 ついでに言えば、井上は、同じく播磨の古像、楊柳寺・楊柳観音像も、法道上人開基伝承 と絡めて、白鳳期の制作と主張している。

 いずれの制作年代にせよ、極めて魅力的で、神秘的な古式の仏像。
  一度は何としても拝したい像。

 本書は、まだ余部があるようで、酒見寺に連絡すれば、8000円の頒価で入手可 能。


 〈丹波・但馬〉

 「文化財 但馬の錦」神山登 監修・谷本政春撮影編集 (S54) 岡書店刊 【305P】
 「文化財 丹波の錦」神山登 監修・谷本政春撮影編集 (S56) 谷本紙業発行 【282P】
 「文化財 丹後の錦」若杉準 治監修解説・神山登編集・谷本政春撮影 (S56) 谷本紙業発行 【308P】
 「文化財 丹後の錦 拾遺」 若杉準治監修解説・谷本政春撮影編集 (S58) 谷本紙業発行

 但馬、丹波、丹後 地方の、仏教美術を中心とするカラー写真図版と解説を収録した、超大判の豪華本シリーズ。
 指定文化財・無指定を問わず、仏像につい てはすべて網羅されているといっても過言ではない。
 解説は、大阪市立博物館・神山登と京都国立博物館・若杉準治。

  撮影編集者の谷本政春は、略歴によると、T9・兵庫県城崎郡生まれで、S21に活版印刷業開業、S39美術印刷に着手したとある。
  この図録シリーズの刊行は、谷本が、まさに郷土の文化財を世に伝えようと、ライフワークとして取り組んだ結晶だったのではなかったかと察せられる。
  あとがきで、谷本は、
 「この内外に誇るべき貴重な文化財を図録にすることは、美術印刷に携わる私には長年の願望で御座いました」と 記している。
 末尾に添えられた自作の歌、

「悠久の文化とどめん つぎの世の かけ橋たれと 丹後路を行く」

  に、その思いがこめられているのが伺える。
 それにしても、一個人・事業者が良くぞこれだけの仏教美術の撮影取材に取り組み、立派な 出版物刊行を成就できたものと、感動に近いものすら覚える。

 この本は、「但馬の錦」といったような書名なの で、土地の自然・風景の写真集ではないかと勘違いしてしまいそうだし、地方の個人出版事業だからなのか判らないが、余り世に知られていない。神田の古書店 でも、見かけたことがない。
 但馬、丹波、丹後地方の古佛完全網羅の図録解説書としては、まことに貴重な本。

 


 「但馬の文化財 彫刻編」 (S54) 但馬文化協会刊 【162P】

 但馬1市18町の、指定文化財を集大成 して発刊された、但馬の文化財全6巻の彫刻編。
 国指定・重要文化財、県市町指定文化財の仏像に一部無指定の仏像をくわえて、70躯 余の仏像が収録されている。
 大判の立派なカラー写真集。
 解説は県市町の各教育委員会が担当している。


 「但馬の仏像」平位誠治著  (S58) 船田企画刊 【211P】
 前述の「但馬の文化財」の編集に参画した、平位誠治が但馬の仏像 について解説した本。
 ブックス但馬シリーズの1冊として出版された本で、ハンディで便利。


 「丹波・達身寺〜木彫仏像の原 卿」船越昌文・細見克郎写真 (S59) 【97P】

 兵庫県氷上郡氷上町清住。
  奥丹波と呼び親しまれていた氷上郡の西端、まろやかな山容が四方にめぐらされた山村に、達身寺はある。
 萱葺き屋根の本堂がひっそり と立つ、草深い小さな山寺に、なんと80躰程の木彫佛、破損佛が祀られている。
 こんなにも多くの木彫佛が、吹き寄せられたように集 まり、安置されている姿は壮観で、驚かされる。



達身寺

 多くの平安佛が遺されていることや、兜跋毘沙門天像が16躰も あること、達身寺様式と名付けられる下腹部を大きくせり出した独特の姿をもつことなど、特異な仏像群である。
 達身寺は、平安時代山 岳寺院として隆盛を誇ったというが、往時の仏像が今まで遺されてきたのだろうか?あるいは近隣の古佛がこの達身寺に寄せ集められてきたのだろうか?
  それにしても、これだけの古佛たちが、兵火や災害などを乗り越えて、満身創痍の姿になりながらも、よく里人に守られてきたものだ。


  その昔、達身寺を訪れたときには、国鉄福知山線石生駅からバスに揺られてやっとのことでたどり着いた。大勢で訪れて、お寺に泊めてもらったこともあった。
  最近訪れたところ、立派な宝物殿ができており、門前には大型バスの駐車場や休憩所、訪れる人の滅多になかった山村の達身寺も、随分と有名になったんだな と、懐かしくもあり、寂しくもありという気持ちで、古佛たちと再会した。

達身寺・破損仏群

達身寺・如来坐像

 さて、「丹波・達身寺〜木彫仏像の原 卿」という本は、地元の郷土史家・船越昌が、達身寺の歴史と、達身寺仏像群についての所論を展開した書。
 地元アマチュア写真家の豊 富な写真も、シャープで美しい。
 船越の所論は、

「当地には、古代より丹波仏師の工房があり、達身堂(たるみどう)仏所と 称された丹波仏所が古代末期から鎌倉期にいたるまで存続した。史料でも、丹波講師快慶をはじめとして何人もの丹波の国名を冠した仏師の活躍が記録されてい る。丹波仏師たちは、丹波一地方の造仏にとどまらず、奈良・京都を舞台にして造仏に携わった」

  というもの。
 達身寺とその仏像、丹波仏師などについて、地元の郷土史家がじっくり取り組んだ結晶の本で、大変興味深く読める。



〈淡 路〉

「淡路島の仏教美術」洲本市淡 路文化史料館編集発行 (H4) 【47P】

 淡路文化史料館開館十周年記念展の図 録。
 淡路島の主要な仏像についての図版、解説が収録されている。
 淡路の仏像については、文化財調査報告結果 をまとめた「淡路の文化」淡路信用金庫美術館刊(S60)という本があり、大変充実した内容なのだが、まず手に入らない本で未入手。

 

 


       

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