埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第四十三回)

  第十一話 地方佛〜その魅力にふれる本〜

《その3》各地の地方佛ガイドあれこれ 【関東編】

 【11-1】

 【関東の古寺古仏紀行本から】

 「関東の仏像」といわれれば、どんな仏像が頭に浮かんでくるだろうか?

 誰もが思いつくのは、「鎌倉大仏」とか「鎌倉古寺の仏像」であろう。
 平安以前の古佛と云われると、そう口をついて出てこない。

 関東の古代仏では、どんな仏像が、古くから知られているのだろうか?
 一昔前の「関東古寺巡礼書」をいくつか紐解いて、そこに採り上げられた古佛を見てみたい。

 まずは、戦前の古寺めぐりの随筆。

 「古社寺行脚」 黒田鵬心著 (S28) 趣味普及会刊 【289P】

 この本は、戦前の美術史学界の大御所、黒田鵬心の明治〜昭和にかけての、古社寺行脚随筆。
 関東の古寺について綴ったところを拾ってみると、「龍角寺の薬師、大谷の石仏、日向薬師詣」といった目次が並んでいる。

 戦後に入ってから、関東の古寺・古佛をテーマにした本はどうだろうか。

 「関東古寺」 井上政次著 (S23) 羽田書店刊 【232P】

 採りあげられている古寺は、「深大寺、龍角寺、宝城坊(日向薬師)、大善寺」などで、当時、関東の優れた古佛として知られていたのが、このあたりであったのだろうか。

 著者は美学・哲学研究者で学習院、山梨高校の講師と略歴にある。
 昭和16年には古寺古佛探訪随筆「大和古寺」を出版、これに次いで出されたのが本書。

 「大和古寺・関東古寺」は、和辻哲郎「古寺巡礼」や、昭和18年に出た亀井勝一郎「大和古寺風物誌」などの系譜にある古美術随筆で、戦中、戦後の教養人には、和辻・亀井の本とともに、随分読まれた本なのではないかと思う。

 「関東古寺巡礼」 井上 章著 (S43) 鷺の宮書房刊 【180P】

 この本は、鎌倉を中心とした古寺古佛紀行だが、鎌倉以外の古寺古佛では、「宝城坊(日向薬師)、弘明寺、龍角寺、深大寺」などが登場する。
 本書は「関東芸術紀行」〜(S38)宝文館出版刊〜として出版されたものを、改題再刊したもの。
美学・美術史学専攻の著者だけに、30才過ぎの若書きの紀行文ながら、中身は濃い。

 

 こうしてみると、関東の古代仏として広く知られてきた仏像は、
 「調布・深大寺の釈迦如来倚像」「千葉安食・龍角寺の薬師如来像」といった白鳳天平の金銅仏とか、「伊勢原・日向薬師の薬師三尊」「横浜・弘明寺の十一面観音」などの鉈彫仏の名品、さらには大谷石の石材で有名な「宇都宮・大谷寺の藤原磨崖仏」

 

  

龍角寺・薬師如来像     深大寺・釈迦如来倚像     日向薬師・薬師三尊

 
弘明寺・十一面観音像           大谷寺・藤原磨崖仏          

 といったところになるのだろう。

 みちのく東北が「魅力ある平安地方佛の宝庫」なのに比べて、関東の平安古代仏は、かなり寂しい。

 そうは云っても、関東にも良い平安古佛がまだあるじゃないかと、
 「箱根神社の万願上人像、大磯二宮・王福寺の薬師如来像、埼玉飯能・高山不動尊の軍荼利明王像、川崎・影向寺の薬師三尊像」
 あたりの名を、渋くあげる人もいるだろう。
 この辺になると、仏像愛好者というか、仏像オタクの人でないと、思い浮かばないところだが、やはり「みちのくの平安仏」からすると、見劣りしてしまう。

 

【関東の地方仏の解説・案内書】

 世に広く知られることがなかった「関東地方の仏像」であるが、昭和39年に、関東全域にわたって実査された、立派な調査研究書が出版された。

 「関東彫刻の研究」 久野健編 (S39) 学生社刊 【416P】

 本書は、関東彫刻調査研究書の嚆矢となる本で、その後も、本格的な関東彫刻総覧の研究書は出版されていない。
 関東各県の主要仏像400体以上の図版、解説が掲載されており、久野健のほか、井上正、水野敬三郎、佐藤昭夫、猪川和子、永井信一等が執筆している。
 論文も、「関東彫刻概論、関東の鉈彫について、関東の鉄仏、関東地方における木彫の用材について」などが収録されており、興味深い。

 久野は、序文で、本書出版に至るいきさつを、次のように述べている。
 「関東彫刻の調査をはじめてから、すでに十年近い歳月が流れた。関東の彫刻の調査の発端は、本書にも掲載した鉈彫像の問題から、関東全体の彫刻を調査する必要を痛感したことから出発した。
 はじめは、日曜日を利用していける範囲の古社寺の像を調査して歩いた。人数も、最初の頃は二、三人に過ぎなかったが、次第に同行の士がふえ、さらに徹底的な調査を行うために、各県を二、三人ずつで分担して調べる方針に変ってきた。・・・・・・・
 これらの調査結果をまとめて、学界に報告する話がおこり、かくしてまとめられたのが本書である。」
 関東彫刻の全てを知る随一の書で、現在でも、類書のない貴重な本。

 次に、関東の地方仏を、手軽に広く知ることができる解説書、案内書を紹介したい。

 しっかりした本は、この2冊ぐらいだと思う。

 「関東古寺の仏像」久野健監修、川尻祐治編 (S51) 芸艸堂刊 【179P】

 編者の川尻祐治氏は、このサイト【神奈川文化研究所】の所長をつとめる仁。
 アマチュアの仏像愛好家の著作としては、大変な労作。
 川尻氏をはじめ有志10名が訪ねた、「関東の古寺古佛」百十余ヶ寺について、仏像を中心に、しっかりとした解説が綴られている。
 「関東の主なる仏像」は、全て網羅されているといって過言ではない。
 関東の仏像を訪ねるには、ハンディーで高水準の解説の必携本。

 ところで本書の編者、川尻氏は、仏像研究・愛好の世界では大変なキャリア者で、先に紹介した「仏像巡礼事典」の執筆に参画するなど、著作も数冊ある。
 私も、縁あって時々仏像探訪に同行させていただいたり、酒を酌み交わしたりさせていただいているが、明るく愉しくまた気配りあるお人柄で、交友関係も幅広く、話題が絶えない。
 今年で70歳とは思えぬ活動力で、今も美術雑誌の連載記事を執筆したり、NHKカルチャーの講師などに活躍中。

 本書出版のいきさつは、川尻氏の語るところによると、次のようなことだそうだ。

 昭和35年、川尻氏は、仏教美術研究愛好団体「東京寧楽会」を設立。当時22歳で、まだ学生。
 「寧楽会」では、月1回の古寺古佛探訪を行い、以後16年余、本書出版までに関東の古寺だけでも二百余ヶ寺を訪れたという。
 先に紹介した井上政次「関東古寺」を参考に、第1回の古寺拝観は龍角寺、第2・3回は、日向薬師、杉本寺を訪れた。
 昭和39年には、久野健「関東彫刻の研究」が出版され、「寧楽会」の関東古佛拝観にも、随分役立ったそうだ。
 その後、縁あって講演、指導を久野健博士に願うようになり、その久野氏の紹介で、「関東古寺の仏像」出版の機会を与えられ、寧楽会有志10人が執筆にあたり、久野氏の厳しい指導監修を経て、出版の運びに至ったという。

 それにしても、大したものだと思う。
 川尻氏は、法学部の出身で、民間企業に勤務しながら、今日まで40年余「東京寧楽会」を主宰するなど、仏教美術研究愛好の途にも励み、本書をはじめ、何冊もの本を出版するまでに至ったのだから。
 益々のご活躍を、願う処である。

 

もう一冊は、

 「日曜関東古寺めぐり」 久野健著 後藤真樹写真 (H5)新潮社とんぼの本 【119P】 

 「関東の仏像の優品」を選んで探訪してみたいという人へのガイド本としては、最高の本。
 関東地方26ヶ寺の仏像が選ばれ、久野健の充実した紀行解説と、豊富なカラー図版で構成されている。
 先に名前をあげた寺々のほか、小山寺、日輪寺、楞厳寺、妙楽寺、西光院などが採りあげられている。
 「日曜関東古寺めぐり」という本書の題名は、久野健が、昭和30年代に、関東の仏像の調査を進めるため、日曜日ごとに関東の古寺を訪ね歩いたことに因むものだと思われる。
 久野の解説は、当時自ら探訪・調査した思い出話などを交えて綴られており、愉しく判り易い。
 これまた、必読必携本。

 その他に、関東一円の仏像について、採りあげた本は次のとおり。

 「わが心の木彫仏 東日本」丸山尚一著 (H10) 東京新聞出版局刊 【221P】円

 お馴染み、丸山尚一の地方佛紀行。
 東北、北陸、信州、関東の地方仏が載せられており、関東は25ヶ寺の古佛が採りあげられている。

 「東国の古寺巡礼」氏平裕明著 (S56) 芸艸堂刊 【338P】

 東北、関東の古寺古佛の紀行解説。関東は25ヶ寺を掲載。(東京・神奈川は除かれている)
 仏像中心というより、古寺名刹中心の選定で、寺史などにウエイトがおかれている。
 著者は同志社大学古美術研究会の出身で、実業界にありながら古美研OB会・水煙会や日本の美を守る会の会長を務める愛好研究家。
 他に、「中部の古寺巡礼」芸艸堂刊の著作がある。

 

〈鉄仏についての本〉

 東国、関東に数多く見られる仏像に「鉄仏」がある。
 鉄仏は、鎌倉時代以降に制作されたもので、全国で約100体の鉄仏が知られている。
 そのうち岐阜・愛知以東に存するものが約80体、その半分の約40体が関東にある。
 大山の不動で名高い大山寺不動明王像や、都内人形町・大観音寺観音仏頭などは、よく知られる鉄仏の優品。

 

 鉄仏が、東国・関東に圧倒的に多く存する理由として、鉄仏研究の第一人者、佐藤昭夫は、次のように述べている。
 「こうした、鉄という素材に対する信頼感というべきものから生まれただけに、鉄仏は、一応全国的に広がったのではないだろうか。鉄仏の分布が、厚薄の差こそあれ、北は東北から、南は日向国にまで散在していることは、それを裏付けているようである。
 しかし鉄仏は、東国以外ではあまり流行しなかったのであろう。
 東国に鉄仏が流行したことについては、いろいろと理由があるだろうが、東国武士たちの気質に、この粗野ではあるが、力強い感じの鉄仏というものがぴったりすることがあったのかもしれない。」(日本の鉄仏)
 鉈彫が、東国にのみ存する事由とされていることと同様、東国人の感性、美的感覚が、多くの鉄仏を制作させたと見ているようだ。

 「日本の鉄仏」佐藤昭夫著 (S55) 小学館刊 【182P】
 「日本の美術〜鉄仏〜」佐藤昭夫著 (S62)至文堂刊 【98P】

 「日本の鉄仏」は、鉄仏の本格的研究書として唯一のもの。
  鉄仏についての体系的論考と、全国約100体の鉄仏の図版と作品解説が収録されている。
 「日本の美術〜鉄仏〜」は至文堂・日本の美術の仏像素材別シリーズ(全5冊)として出版されたもので「日本の鉄仏」の集約版といった内容。

 「鉄仏の旅」倉田一良著 (S53) 佼成出版社刊 【222P】

 在野の愛好家が著した鉄仏探訪紀行の本。
 著者は、一般企業(住友金属)に勤める会社員ながら、鉄仏の持つ魅力に惹かれ、鉄仏への愛情と執着を持って鉄仏探訪、拝観に全国を行脚する。
 約4年間の鉄仏行脚の足跡を、紀行文にまとめたのが本書。

 ついでにもう一冊、ちょっと変った本だが、ここで紹介しておくこととしたい。

 「関東の裸形像」堀口蘇山著 (S35) 芸苑巡礼社刊 【297P】

 鶴岡、江ノ島弁財天など、関東各地の裸形像8体の調査解説を中心に、関東地方の裸形像を論じた本。
 美術研究誌「芸苑巡礼」発刊33年記念に出版された、和綴じの風変わりな本。

 

 


      

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