埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の 本〜(第四十一回)

第十話 地方佛〜その魅力 にふれる本〜

 《その2》各 地の地方佛ガイドあれこれ 【全国編・東北編】

【10−4】

 県別に見ていくと、古佛が数多く存するのは、岩手と福島。
 私の持っている本も、この二県の本ばかりで、他の県のは無い。

【岩手県の仏像】

 「岩手の仏像〜ふるさとのみほとけを訪 ねて〜」 吉川保正著 (S50) 岩手県文化財愛護協会刊 【134P】

 岩手県文化財普及シリーズの第2巻として発刊。
 県内の仏像を、5つの仏像巡礼コースに分け、探訪案内の形式で綴られている。
 一般読者向けの、県内仏像理解のための手引き、及び仏像巡礼の旅のガイドブックという本。

 「岩手の平安仏」 小野智保著・写真  (S63) 私家版 【255P】

 岩手に残る平安仏の写真集。平泉などを除いた地方仏、120体が掲載されている。
 市指定レベルまでの平安仏を渉猟した、立派な写真集としては貴重。
 写真家ならではの芸術写真で、見ごたえ十分、惹きつけるものがある。
 著者は、岩手県人で、公務員ながらライフワークとして写真を志し、岩手芸術文化功労賞を受けた仁。
 解説文は、それぞれの寺社の建立から現在に至る歴史や文化史的背景の記述が中心。

 

岩手の平安仏掲載写真(東楽寺)

 「岩手 の古代文化史探訪」 司東真雄著  (S61) 岩手県文化財愛護協会刊 【139P】

 題名どおりの内容の本。岩手の古寺古佛についても数多く採り上げられている。
 「石手堰神社と黒石寺、成島寺成立、永承銘・伝慈覚大師像、無襞の仏像、奥の拠点としての天台寺、長谷寺と鉈彫文化、・・・・・・・」などのテーマで、 古寺と仏像について解り易い考証で語られている。

ハ 「廃仏毀釈を免れた仏た ち」 梅原廉著  (H7) 山陽印刷出版部刊 【367P】

 本書の構成は以下のとおり。
 第1部、盛岡市の「社寺所蔵古美術調査」の約十年余の調査結果内容。第2部、廃寺となった寺院と神仏分離の余波を受けた神社についての調査結果。第3 部、「大迫町の文化財」など、過去の文化財調査内容。
 著者は、岩手県立博物館学芸部長、岩手県ならびに盛岡市文化財保護審議委員などを務めた仁。
 自ら携わった文化財調査の結果などについて、いわゆる「調査報告書」とは別に、まとめて出版した本。
 本の題名「廃仏毀釈を免れた仏たち」に、惹かれて購入してみたが、地方平安佛愛好という面からは、それほど役立つ本ではなかった。

 「江刺の仏像〜江刺市文化財調査報告 書〜」 (S60) 江刺市教育委員会刊 【200P】

 昭和59年に、江刺市教育委員会が実施した、仏像調査の報告書で、江刺市の、中世以前の仏像309体の一覧、写真、解説が掲載されている。
 岩手県博の大矢邦宣と岩手大・田中惠という、東北仏像研究の第一人者が調査執筆。
 平安古佛では、藤里毘沙門堂・兜跋毘沙門天、山の上観音堂・十一面観音、萬蔵寺・薬師如来他諸仏、黒石寺・薬師如来・四天王・僧形像などが、掲載されて いる。
この本、最近存在を知って入手したばかり。
 200ページの立派な本なのに、江刺市役所にTELしたら、「1冊1000円です」といわれて、思わず「ラッキー」と心の中で叫んで、すかさずゲット。




藤里毘沙門堂兜跋毘沙門天像

 「眼で見る江刺の仏像」司東真雄著という本があるそうだ。
 昭和32年に出された、33ページ足らずの小冊子だが、数多くの古佛を紹介した名著と、執筆者の大矢が語っている。残念ながら、この本は、私も見かけた ことがない。


 ここからは、個別の寺社・仏像についての本。

〈天台寺〉

 岩手 「天台寺」といっても、一昔前まで は、知る人もいなかった。
 仏像愛好者の世界で「鉈彫りの名品・聖観音像がある寺」として知られている、という寺であった。
 今や、瀬戸内寂聴が住職となり、毎月の青空法話には、千人以上の人が駆けつけるという、世に知られた有名寺院となっている。
 本年6月に、瀬戸内寂聴を引退したが、青空法話は続けられているそうだ。


 私たちが天台寺を訪れたのは、昭和46年。
 その頃は、天台寺が「荒廃の極」に達していた時だった。
 東北本線の北福岡駅(現二戸駅)から、バスに随分乗って、たどり着いたように思う。
 教育委員会の年配の方が2人、わざわざ来ていただいて、我々にために収蔵庫を開けるなどの労をとっていただいた。

 「こんなに荒れ果ててしまって、本当に情けない」「このお 寺は、杉の巨木に鬱蒼とおおわれて、それは森厳としたものだったのに、こんなに禿山のようになってしまって」

 と、哀しそうにしみじみと話されていたのを思い出す。
 たしかに、お堂の周辺に高い木はなく、本堂周辺の建物も、朽ちるように荒れ、「みすぼらしい」という言葉そのものだった。
 そんななかで、収蔵庫に凛と立つ、「鉈彫り聖観音像」を拝した。
 元安置されていたという本堂の厨子が、大変立派なものだっただけに、この荒れようが、なおさら心に沁み入るものがあった。

 
天台寺全景               天台寺本堂

 天台寺が、こんなに荒れてしまったいきさつは、このようなことらしい。
 天台寺は、「みちのく守護の寺」として隆盛を誇ったが、明治の廃仏毀釈で大きなダメージを受け、檀家の人たちが聖観音などを他寺に写したり、土中に埋め たりして、これを守った。
 最大の災難は、大戦後の昭和20年代に訪れた。
 戦後、社会秩序も乱れていた頃、当時の住職と責任役員が、全山を覆う古杉の霊木伐採を計画。檀家、県当局の阻止努力も叶わず、1600本余もの杉の巨木 が切り倒され、売却された。当時の金で2億円にはなったと、町では語られているそうだ。
 その後、この地に地上権が設定され、これをめぐって裁判となり、決着がついたのが昭和51年。その間、天台寺の復興は放置されるという惨めな状況が続 く。

 復興に向けての運動は、昭和40年代後半から起こり、さらには毎日新聞盛岡支局長に赴任した桜井邦夫が、新聞紙上で復興キャンペーンを行ない、運動盛り 上げに大いに貢献する。昭和51年には、中尊寺の支援もあり、今東光が住職に就任。そして「天台寺復興開発期成同盟会」が結成されるなど、行政共々の復興 活動が推進された。
 瀬戸内寂聴が住職に就いたのは、昭和62年。
 今では、土産物屋、駐車場なども整理され、例大祭や青空法話の日には、多くの人々で賑わう古刹として、見事に復興を果たした。


 私も、一度は、この賑やかになった「天台寺」を、訪れてみたいものと思っている。


 天台寺についてかかれた本は、数冊ある。出版時期の順に紹介すると、

 「天台寺〜みちのく守護の寺」 高橋富雄著  (S52) 東京書籍刊 【269P】


 天台寺の歴史と文化について、東北古代史の専門家が書き下ろした本。
 仏像についても「天台寺彫刻の世界」と題し、仏像群の解説、鉈彫りの世界について綴られている。
 本書は、NHKが天台寺復興運動を受けて、「みちのくによみがえる大寺」という特集番組を放映した流れの中で、出版されたようだ。
 高橋は、はしがきに、

「正直言うと、わたくしもかなりの冒険を承知でこの仕事に取 り組んだ。この北辺の古代名刹の荒廃を見るに忍びず、その保存と復興に取り組んでいる人たちのために、歴史家としてわたくしも応分の事をする義務と思って のことである。天台寺復興開発期成同盟会・毎日新聞盛岡支局・岩手日報などの関係のかたがたのお努力に心から敬意を表し、このささやかな贈り物をさせてい ただく。」

 と、復興への思いを綴っている。

 「帰ってきた天台寺〜神も仏もキャン ペーンも〜」 桜井邦雄著 (S54) 毎日新聞盛岡支局刊 【232P】

 著者・桜井邦雄は、毎日新聞・盛岡支局長として、天台寺の荒廃に悲憤を感じ、その復興に向け、新聞紙上でキャンペーン張り、保存会の運動の紹介や、天台 寺文化史的重要性を訴えた。
 本書は、復興運動を取り巻く出来事やいきさつなどを、自らそこに身をおいた著者が語った本。
 霊木伐採事件のいきさつをはじめ保存復興をめぐる様々な出来事がドキュメントタッチで綴られている。
読んでいて、面白く惹きこまれる。

 「天台寺研究」 天台寺研究会編  (S59) 岩手日報社刊 【734P】

 天台寺研究会機関誌「天台寺研究」(創刊号〜終刊号−全5号)の合本出版。
 「天台寺研究」は、地元有志が、天台寺の歴史文化を研究するとともに、保存復興に資することを申し合わせて発刊された機関誌。(S55〜59発刊)
 「天台寺仏像調査報告(1〜2)・田中惠」、「天台寺仏頭像調査記・高橋富雄」といった仏像関係の考証のほか、「天台寺保存と復興運動の歩み・佐藤正 人」といった話も収録され、興味深い。

 「みちのくの霊山・桂泉観音 天台寺」  (S62) 岩手県立博物館刊 【116P】

 昭和56年、岩手県立博物館で「天台寺展」が開催され、殆んどの宝物が出陳された。
 本書は、天台寺展を記念して、展覧会の6年後に、歴史と文化財を総合的に紹介し解説する本として刊行された。
 仏像についても詳細に記されているが、天台寺の総合図録・解説書としては、良くできた本。
 主たる執筆は、大矢邦宣。

 


〈黒石寺〉

 「古代文化の黒石寺」 司東真雄著  (S57) 亀梨文化店刊 【44P】

 黒石寺・薬師如来像は、先にも紹介したように、貞観4年(862)銘を有する平安初期彫刻。異貌の、みちのく地方佛として、仏教美術界を驚かせた仏像。
 本書は、胆沢の地の古代史、黒石寺の歴史と仏像の考証と、豊富な仏像写真図版が盛り込まれた本、黒石寺略年表付き。
 黒石寺の歴史・仏像を単体で取り上げた唯一の本のはずで、貴重。

〈中尊寺〉

 「みちのくの地方佛」というテーマには、中尊寺の仏像は、相応しくないかも知れないが、なんといっても奥州藤原文化の精華「中尊寺」なので、一応採り上 げておくことにする。

 中尊寺に関する本は、沢山出ていると思うので、文化財・仏像の解説書のたぐいは割愛して、私の持っているなかで、ちょっ と面白そうな本だけを、紹介して おきたい。

 「中尊寺と藤原四代〜中尊寺学術調査報 告〜」 朝日新聞社編 (S25) 朝日新聞社刊 【259P】

 本書は、昭和25年3月に、朝日新聞文化事業団と中尊寺の共催により行われた、藤原4代遺体の総合学術調査の報告書。
 考古・歴史・美術・宗教・人類学・医学・理化学など、16名の学界権威によって行われ、世紀の遺体調査とも言われ、記録的な成果を得た。
 ミイラ化した遺骸の写真なども掲載されており、また一般人でも、よく判るように書かれている。

 「金色の棺」 内海隆一郎著  (S60) 筑摩書房刊 【284P】

 昭和25年の総合学術調査実施にいたる秘話を、膨大な資料調査をもとに描いた、書き下ろし長編。
 帯に「荒廃した中尊寺の復興を、タブーとされる藤原三代のミイラ公開に賭けた僧侶と、そのスクープを企画する新聞記者・・・・・・・・・」とある。
 総合調査に至るノンフィクション・ドキュメントで、誠に面白い。

 「奥州藤原4代 甦る秘宝」 遠山崇著  (H5) 岩手日報社刊 【280P】

 平泉と中尊寺の文化について、岩手日報夕刊に連載された「よみがえる秘宝〜中尊寺金色堂」を単行本化した本。
 中尊寺の文化財や、総合調査による新たなる発見や出来事が、興味深く、解り易く書かれている。
 中尊寺に興味ある人は、是非とも一読をお薦めする好著。

 「シンポジウム 平泉〜奥州藤原氏4代 の栄華〜」 高橋富雄編 (S60) 小学館刊 【253P】

 昭和59年に盛岡で開かれた「東北文化シンポジウム・平泉」の発表と討論の速記録。
 政治・文化・建築・ミイラなど多方面からアプローチ、仏像は、武者小路穣が40P余を割いて「中尊寺彫刻とその周辺」というテーマで論じている。



 


       

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