埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の 本〜(第四十回)

第十話 地方佛〜その魅力 にふれる本〜

 《その2》各 地の地方佛ガイドあれこれ 【全国編・東北編】

【10−3】

3.東北地方の仏像を紹介する本、探訪ガイド

 東北は、地方佛の宝庫だ。

 すぐに思い浮かぶだけでも、天台寺・鉈彫り聖観音、東楽寺・破損仏、成島毘沙門堂・兜跋毘沙門天、藤里毘沙門堂像、黒石 寺・薬師、勝常寺・薬師・・・・・・・まだまだある。

 
黒石寺・四天王(藤森武)       東楽寺破損諸仏

 誰もが、心強く惹かれる、強い個性をもった平安古佛が、あちこちに、これでもかと在る。

 地方佛を愛好する人の多くは、こうした東北の古佛の強烈な個性にふれて、地方佛の虜になっていったに違いない。

 古代、「みちのおく」と呼ばれ、辺境であったこの地。
 多賀城・胆沢城が造営され、しばしば蝦夷征伐が行われるなど、中央権力の東北開拓がすすめられる。
 東北各地の平安古佛は、こうしたなか、怨敵調伏・夷民教化、辺要安穏といった願望の歴史や系譜なかで、生まれてきた仏像たちなのだ、ということに思いを 致すと、ますます心惹かれていく。

 丸山尚一の地方物行脚の始まりも、東北からであった。わたしの地方佛探訪も、東北が最初であった。
 「みちのくの古佛を観ずして、地方仏を語るなかれ」
 と、いっても過言ではないだろう。

 

 そんな「古佛の宝庫・みちのく」を物語るかのように、「東北の仏像」をテーマにした本は、他の地方よりも、圧倒的にたく さん出版されている。

 なかでも、東北地方彫刻研究書の嚆矢とも云うべき本は、この本だろう。
 昭和40年代という早い時期に、東北地方の古代彫刻についての研究成果を世に示した、モニュメンタルな書ではないかと思う。
 

 「東北 古代彫刻史の研究」 久野健著 (S46) 中央公論美術出版刊

 丸山の「生きている仏像たち」が刊行されたのがS45年。その翌年、本書が出版された。
 相次いで、評論、研究の両分野から、「みちのくの仏像」にスポットライトをあてた本が、昭和40年代に、出版されたことになる。

 本書は、久野が「美術研究」に発表してきた、東北地方古代彫刻についての論文を、一本に纏めたもの。
 「東北地方の平安初期彫刻、10・11世紀の彫像、中尊寺彫刻の周辺、中尊寺の彫刻」といった項立て。

 久野は序文に、

「私が東北地方の古彫刻に惹かれるようになったのは、昭和29年の春、奈良国立博物館で開かれた〈平安 初期展〉に黒石寺の薬師如来が出陳され、この像をめぐって様々な議論が行われたのが契機となった。・・・・貞観4年の墨書銘があり・・・・はたしてこの像 の銘は制作当初のものか、また貞観4年という古い時代に岩手という辺境の地に、こうした彫像が生まれる可能性があるかで議論が分かれた。

 この問題を解決するために、私は東北地方の古彫刻を次つぎに見てまわり、素朴であるが、エネルギーに満ちた古彫刻にすっ かり心をうばわれる結果となった。」

 と述べるとともに、

「これらの論文を一書にまとめるに際し、できるだけ東北地方の野趣にみちた古仏像の彫刻性を図版に出す ことに心がけた。」

 とも記しているように、東北古代彫刻の詳細な図版が纏められたのも、初めてではないかと思う。

 

 その後、「みちのくの古佛の魅力」が、様々に語られ世に知られるようになるにつれ、陸続と「みちのくの古佛の本」が出版 されるようになっていく。

 

 【東北地方全体の仏像をテーマにした本】

 「みちのくにはどんな仏像があるんだろう?みちのくの仏像の魅力にふれたい」
 まずは、こんなリクエストに応える本から紹介したい。

 東北・みちのくの古佛を、ひととおり知ることができる、ムック的ガイド本は、次のような本。

 「みち のく古佛紀行」 大矢邦宣著 (H11) 河出書房新社刊(ふくろうの本) 「135P」

 私の、一押し本。
 平易な語り口で、大変判りやすく、仏像の解説と、その地に寺院が営まれた歴史的背景などが、情感を込めて綴られており、楽しき心踊る紀行文。
 岩手県立博物館学芸一課長(当時)の執筆で、学術的にもしっかりとした内容で写真も豊富。
 瀬戸内寂聴が推薦文に、

「大矢邦宣先生との出会いも、天台寺に始まった。・・・・・みちのくの神秘と、み仏のすばらしさについ て語っていただくのに、今、この方をおいて誰があろうかと思う。
 学者としてだけでなく、大矢先生は、熱い魂の声をもって、解り易く語りかけてくださる。」

 と、記しているとおりの本。
 是非、じっくり読んでみたい。

 「北天 の秘仏」 別冊太陽74 (H4) 平凡社刊 「146P」

 みちのくの古仏たちを特集したムック、写真は藤森武。東北の平安仏の強い個性を引き出す、迫力ある写真が満載されてい る。藤森らしいインパクトのある表現で惹きつける。
 執筆は 東北地方仏像研究の第一人者の田中惠、大矢邦宣、若林繁で、平易ながら充実した内容。
 お薦め本。

 「みち のくの伝統文化T〜古美術編〜」 上原昭一責任編集 (S60) 小学館刊 「199P」

 全5巻シリーズの1巻で、約100ページに亘り、みちのくの古寺と仏像について、豊富なカラー図版と解説が付されてい る。

 

 東北地方の仏像について、体系的にキッチリ解説した本・図録ということになると、以下の本になるだろう。

 「仏像 を旅する〜東北線〜」 佐藤昭夫編 (H2) 至文堂刊 「260P」

 「仏像を旅する〜奥 羽線〜」 佐藤昭夫編  (H1)  至文堂刊 「272P」

 「岩手県の仏像」など、「東北各6県の仏像」「会津の仏像」という項立てが、それぞれあり、詳しく解説されている。


 「日本 の美術〜みちのくの仏像」 佐藤昭夫編 (S59) 至文堂刊 「94P」

 「祈りのかたち〜東 北地方の仏像〜」 (H11) 東北歴史博物館刊 「175P」

 H11年10月開催された、東北歴史博物館開館記念特別展の展示図録。
 主だった像がよく集められている。宝積院十一面、小沼神社二観音、慈恩寺十二神将なども展示されたようだ。
 東北地方北部の仏像(大矢邦宣)南部の仏像(若林繁)の解説付き。

 

 さて、 ここからは、「みちのく古仏紀行・随筆」とか、「みちのく古代文化と仏像」といったテーマの本の紹介に入りたい。

 「あづまみちのくの 古仏」 吉村貞司著 (S53) 六興出版刊 「269P」

 「古仏の祈りと涙〜 みちのく紀行〜」 吉村貞司著 (S58) 新潮選書 「193P」

 吉村貞司は、日本美術の評論家として、奈良京都などの古寺古仏の美しさや歴史などを、抒情的に語る随筆家と知られる。そ の吉村が、みちのくの古仏の美しさや魅力を、情感・哀切を込めて語った、紀行エッセイ。
 すらすら読みやすく、みちのくの古仏の魅力が、読むほどに心にしみる。

 「あずまみちのくの古仏」は、「大地の憤怒像 成島毘沙門堂」と題する紀行から始まる。

 吉村は、一丈六尺の兜跋毘沙門天の巨像の前に立ち、

「怒りをきざんだ表情は大地の魂をそのままかたちにしたようで、素朴というより、むしろみちのくの大自 然に生き抜いた仏師の鼓動をそのままにきざんだ縄文的な深さがある。」

 と、その感動を表している。

 私も三十余年前、夕暮れ間近の成島毘沙門堂を訪れ、ご住職の案内で、お堂の真後ろの収蔵庫で、この巨像を拝した。
 その時、吉村と同じよう気持ちになった。
 気さくな、ご住職で、撮影用ライトを照らして写真を採ろうとすると、「真っ暗にしてライトを照らしたら良いかも知れないね」と、収蔵庫の扉を自ら閉めて くださった。
 暗闇の中、ライトを毘沙門天の顔に向けると、そこにぽっかり浮かび上がった「みなぎる憤怒の顔」。
 そのインパクトは、もの凄いものだった。
 土臭いけれども、荒涼たる大地の精霊のパワーを、目一杯あらわした顔面の迫力に、ガーンと圧倒された。

  


 数年前、再訪したら、新たに大きな収蔵庫が奥の方に建てられていた。拝観受付の小屋があり、絵葉書・お守りなどを売って いる。そこで拝観料を払って、明るい立派な収蔵庫で、諸仏を拝した。
 三十年前と同じ、夕暮れ時の拝観であったが、あの時の「感動と興奮」は、もう、よみがえっては来なかった。

 

 「みち のくの仏たち」 河村弘栄著 (S51) 鹿島出版会刊 「182P」

 私家版。
 著者は実業人で毎月石巻の工場に往き、滞在するなか、みちのくの古仏を巡拝した紀行、感想を纏めて出版した本。
 親しみやすい文章で、その場に身を置いているように読める。早大の学生時代、安藤更正の指導で、一緒に奈良古仏を拝観してまわったそうで、しっかりした 素養に裏打ちされた、古仏紀行。
 一読をお薦め。

 「みちのく古寺巡 礼」 高橋富雄著 (S60) 日本経済新聞社刊 「211P」

 「みちのく〜風土と 心〜」 高橋富雄著 (S42) 社会思想社刊 「238P」

 東北の古代史、文化史といえば、高橋富雄。
 高橋は、岩手出身で東北大学教授、盛岡大学文学部長という経歴、東北の歴史文化についての著書も数多い。
 「みちのく古寺巡礼」は、東北の古寺古仏を、時代を追って、その歴史文化的意義・意味を中心に記述されている。
 項立ては、「みちのく元始〜東北金銅仏・船形山神社神体仏〜、徳一と会津〜恵日寺・勝常寺〜、神怪の仏〜山寺・黒石寺・成島と藤里・大蔵寺〜、守護国界 の寺〜天台寺〜、平泉、もう一つの平泉〜白水・高蔵寺・慈恩寺・法用寺〜」といった具合。
 「みちのく」は、みちのくの歴史文化史を多面的に自由に綴った本。
 折々に、みちのくの仏像とその特徴などが、述べられている。

 「東北の古代探訪〜 みちのくの文化源流考〜」 司東真雄著 (S55) 八重岳書房刊 「197P」

 東北仏教文化の源流を、奈良時代から平安時代にかけてさぐるというテーマの本。
 「ナタ彫りの仏たち〜独自の文化の源泉〜、勅願の道場〜平泉文化の寺々〜」という項立てに、約100ページが割かれ、主として仏教文化史的側面から、記 述されている。
 司東は、高橋とともに東北古代史、就中岩手地方史の碩学。地元での著作も多い。



 


       

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