埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第二百六回)

   第三十一話 近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま

〈その8>明治の仏像模造と修理 【模造編】

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【目次】


1.はじめに

2.明治の仏像模造〜模造された名品仏像

3.模造制作のいきさつを振り返る

(1)仏像模造に至るまで
(2)岡倉天心による仏像模造事業の企画
(3)仏像模造制作の推進と途絶
(4)その後の模造制作

4.仏像模造に携わった人々

(1)竹内 久一
(2)森川 杜園
(3)山田 鬼斎

5.昭和・戦後の仏像模造

6.仏像模造についてふれた本

(1)模造作品展覧会図録・模造事業の解説論考
(2)仏像模造に携わった人々についての本・論考



(4)その後の模造制作

いずれにせよ、帝国博物館による仏像模造事業は、明治27年以降、途絶してしまいます。


その後、仏像の模造制作というのは、行われなかったのでしょうか?

計画的に仏像模造を制作するといったことは、再び、行われることはありませんでした。

以降も、いくつかの模造制作は行われていますが、それは、帝国博物館に陳列するために行われたというよりは、古典の名作の技術技法を学ぶとか、仏像の修理修復に生かす技術を習得するといったことが、主なるものであったようです。

昭和初期までの、仏像模造を見てみると、私が調べて確認できたのは、新納忠之介が数体制作しているのと、関野聖雲が浄瑠璃寺・吉祥天像の模造を制作している事例がありました。

新納忠之介は、ご存じのとおり、仏像の修理修復を役割とした美術院第2部、のちの美術院国宝修理所の長として長年活躍した人物です。
関野聖雲は、高村光雲に師事し、東京美術学校の教授を務めた彫刻家です。


関野聖雲
関野聖雲の浄瑠璃寺・吉祥天像の模造は、昭和6年(1931)に制作されています。

たぶん、博物館展示のためではなく、古来の彫刻技術、彩色技術を学び、彫技の研鑽をはかるべく模造制作されたものだと思います。

模造制作にあたっては、木彫技法についても綿密な調査研究が行われ、従来、その存在すら知られなかった「割り矧ぎ」という技法が初めて解明されました。
また、色隈、没骨描、繧繝、截金などの彩色技法も忠実に再現されています。

模造は、3体制作されたそうですが、1体は東京国立博物館、1体は東京芸術大学に所蔵されています。



関野聖雲作、浄瑠璃寺・吉祥天像模造



新納忠之介は、次のような仏像模造を手がけています。

・明治30年(1897)、中尊寺・一字金輪菩薩像を模造(東京国立博物館蔵)

・明治36年(1903)、東大寺戒壇堂・広目天像を模造(ボストン美術館蔵)

・大正3年(1914)、観世音寺・大黒天像を模造(鹿児島市立美術館蔵)

・昭和6年(1931)、鷲塚与三松と共に、法隆寺・百済観音像2体を模造(大英博物館・東京国立博物館蔵)



新納忠之介




新納忠之介作、中尊寺・一字金輪菩薩像模造(明治30年)


  

新納忠之介作、観世音寺・大黒天像(大正3年)、法隆寺・百済観音像(昭和6年)



中尊寺・一字金輪菩薩像は、中尊寺金色堂の修理修復が東京美術学校に委嘱された折に、新納が、修理とは別に模造制作したものです。
おそらく、岡倉天心が、帝国博物館に展示するために、新納に模造制作させたのではないかと思います。

東大寺戒壇堂・広目天像、法隆寺・百済観音像の模造は、それぞれボストン美術館、大英博物館からの依頼を受け、両館での展示用に模造制作したものです。
受けざるを得ない海外博物館からの制作依頼で、模造制作したのでしょうが、一方で、仏像修理修復の技術研鑽、向上を図る意味もあったのだと思います。

百済観音像の模造制作のいきさつについては、この話の第2部の、「仏像の修理修復と新納忠之介の話」の処で、詳しくふれたいと思います。


ここまで、明治の仏像模造制作事業について、その計画推進の有様と、途絶に至ったいきさつ、その周辺について振り返ってきました。

岡倉天心が企図した計画により、現実に制作された8体の仏像模造は、まさに「伝移模写」「真写し」の、精妙と云える作品となりました。
単なる精密コピーではなく、名品仏像の造形精神の神髄まで写し取った、見事な芸術作品といえるものとなりました。

もし、岡倉の計画通り、50体が制作されていたなら、我々の眼前にどれ程のインパクトを以て迫ってきたのだろうかと思います。

しかし、8体と云えども、これだけ見事な作品が、東京帝国博物館に陳列されることによって、日本の仏教美術、仏像彫刻の美しさを帝都の多くの人々が知ることとなり、仏像が優れた芸術作品であることを啓蒙した意義には、計り知れない大きなものがあるでしょう。


この後は、これらの模造を制作した人たちについて、その足跡をたどってみたいと思います。


 


       

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