埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百六十四回)

   第二十七話 近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま

〈その4>奈良の仏像写真家たちと、その先駆者

(9-10)


【目次】


はじめに

1.仏像写真の先駆者たち

・横山松三郎と古社寺・仏像写真
・仏像美術写真の始まり〜松崎晋二
・明治の写真家の最重鎮〜小川一眞
・仏像写真の先駆者たちに関する本

2.奈良の仏像写真家たち

(1)精華苑 工藤利三郎

・私の工藤精華についての思い出
・工藤精華・人物伝
・工藤精華についてふれた本

(2)飛鳥園 小川晴暘

・小川晴暘・人物伝
・その後の「飛鳥園」
・小川晴暘と飛鳥園についての本

(3)松岡 光夢

(4)入江泰吉

・入江泰吉・人物伝
・入江泰吉の写真集、著作

(5)佐保山 堯海

(6)鹿鳴荘 永野太造

(7)井上 博道




【入江泰吉の写真集、著作】

ここからは、入江泰吉の写真集や著作の紹介に入るのだが、入江の本はあまりにも多くて、到底ここでは紹介しきれるものではない。

ある著作リストによると、個人写真集、自著、写真・入江泰吉というものを含めて、100冊余がリストアップされていた。

ここでは、文中にふれた、入江にとって思い出深い本、仏像写真集、自著、を中心に我が書架からピックアップしてご紹介したい。


先ずは、入江が世に出て、その地歩を固めるに至るまでの、思い出深い本から。


「大和古寺風物誌」 亀井勝一郎著・大鍬四郎写真 (S18) 天理時報社刊 【262P】 3.1円
「大和古寺風物誌」 亀井勝一郎著・入江泰吉写真 (S28) 創元社刊 【212P】 450円

天理時報社版「大和古寺風物誌」は、空襲で焼き出され奈良に帰った入江が、古本屋で見つけて、その後の写真家人生を決定付けたと自ら語っている本。

この本は、昭和12年から六年間にわたる大和古寺巡礼記がまとめられたものだが、多くの読者を得、戦後すぐ(昭和20年12月)に養徳社から再販が出版され、その後「新潮文庫」に入れられた。
創元社版「大和古寺風物誌」は、「写真版」と称され、新潮文庫で好評なのを受けて、豊富な入江の写真入りで昭和28年(1953)に出版された。

亀井勝一郎は収録写真には相当にこだわったようで、天理時報社版では後記にこのように記している。

  
天理時報社版「大和古寺風物誌」

「本書に挿入した写真は、すべて私の希望した場所から、希望した角度に従って撮影したものであるが、写真に全く無智な私が文章や空想で示すところを、忠実に果たしてくれたのは上田氏(編集者)と撮影者の大鍬四郎氏である。
写真機を抱えて幾たびも古寺を巡り、再三吟味苦心されたそうである。
氏の見事な撮影を載せえたのは、この本の誇りである。」

大鍬四郎という人は、神戸又新日報を経て、昭和5年、天理教本部に乞われて天理時報社に入社。
戦後は、大和タイムス(現奈良新聞)のカメラマンを長きに亘り務め、幾多の名品を残した人ということだ。


また、創元社刊、写真版「大和古寺風物誌」の写真は、亀井が天平会などの交流から写真には入江を指名したのではないかと思われるが、その後記にはこのように記している。

  
創元社版・写真版「大和古寺風物誌」

「奈良に住む入江氏とお会いしたとき、そういう読者諸君のために、思いきってたくさんの写真を入れた写真版『大和古寺風物誌』を出してみようかと相談した。・・・・・
入江氏はひまをみては歩き廻り、様々の角度から古寺の風景を写して下さった。・・・・
(仏像の写真は二三に留めて)むしろ大和古寺とその周辺の風景を写してもらって、雰囲気を伝えた方がいいのではないか。
そういう点でいい写真は案外少ないと思った。
幸い入江氏は奈良の住人として隠れた風景にも詳しい。
私の本からヒントを得たり、また平生心がけていた個所を多用に写して、そうして出来上がったのがこの本である。」



「天平・復刻合冊」 (H3) 刊行事務局・楠田三郎刊 【350P】 価格表示なし

「天平」は、昭和21年6月に発足した、「天平の会」の会誌で、巻頭写真は、入江泰吉が担当している。


紹介の本は、昭和22年3月から23年12月まで、3号の発刊で終わった「天平」を復刻合冊により復刊されたもの。
「天平の会」は、本文でもふれたように、上司海雲の「観音院サロン」に集った奈良を愛するメンバーにより、月一度志賀直哉を囲んで観音院で開かれる会として発足した。
入江にとっては、上司海雲との幼馴染みの縁がとりもった「天平の会」の著名な文化人との交流が、写真家としての飛躍への大きな後ろ盾になったことは、間違いないだろう。

題字は会津八一、表紙絵とカットは杉本健吉。
本文は、志賀直哉、北川桃雄、吉井勇、阿部能成、武者小路実篤、亀井勝一郎、池田小菊など今でもよく知られる人々が随想などを執筆している。


「大和路」 入江泰吉著 (S33) 東京創元社刊 【162P】 2800円
「大和路 第二集」 入江泰吉著 (S35) 東京創元社刊 【176P】 3000円

「大和路」は、入江泰吉、初の個人写真集。

この出版は、「観音院サロン」を通じて交流のあった小林秀雄の口添えで実現したようだ。
当時こうした写真家の個人写真集出版は珍しいものだったようで、その後、続々と刊行されるようになった入江泰吉の個人写真集の第一歩となった本。
入江は、この写真集の出版が実現出来たことについての思い出や喜びを、折々、自著などの場で語っている。
全てモノクロームの仏像写真、風景写真であるが、入江泰吉ならではといった写真ばかりで、その後のカラー写真よりも味わい深くて、私はこちらの方が好きだ。
第一集の序文は、志賀直哉。第二集は、自序で綴っている。

  






次に、自身の執筆本など、入江泰吉という人物を知ることができる本を紹介したい。


「大和路遍歴」 入江泰吉著 (S56) 法蔵館刊 【220P】 1300円


入江が、折々、写真集や雑誌などの刊行物に執筆した小文などを集めて単行本化した本。

項立ては、「自伝抄、大和路遍歴、大和路断章、撮影日録」といった構成になっている。

折々の思い出や、随想、自らの写真撮影観などが、平易な語り口で綴られている。


入江泰吉という人物と、その写真に対する考え方などを知るには、格好の書。


「入江泰吉自伝〜『大和路』に魅せられて」 入江泰吉著 (H5) 佼成出版社刊 【230P】 1500円」

入江泰吉が自ら執筆した自伝。


明治38年(1905)に生れてから、79歳に至る昭和59年(1984)までの入江泰吉の人生が、丹念に思いが込められて綴られている。

「私が18歳で初めてカメラを手にした時から考えると、60余年になる。
26歳で写真家として独立してからでも、半世紀以上の歳月が流れた。
その間の大半を、私は大和路の風物を撮ることで過ごしてきた。」

という文章で始まり、

「長く苦しい道程ではあったがその間、大和路の風物を通し、あるいは多くの著名な文化人との出会いに恵まれ、そのおかげで、写真を撮る私の眼も清められ磨かれ、そしてどれほど私の心の糧となり、支えとなったか計り知れない。
その運命的な出会いの幸せをしみじみ思い起こす今日この頃である。
『人生邂逅し 開眼し 瞑目す』
亀井勝一郎先生の言葉を借り、この稿を締めくくることにする。」

という文章で結んでいる。

本書は、もともと昭和59年(1984)に、佼成出版から「大和しうるわし」という書名で出版されたもので、入江逝去後、「師・入江泰吉を語る」と題する座談会、入江泰吉年譜を加えて、再出版された本。


「大和路雪月花〜入江泰吉写真人生を語る」 入江泰吉著 (H3) 集英社刊 【215P】 2200円


平成3年(1991)春、NHK奈良放送局で特別番組「古代への幻想〜入江泰吉の世界」が制作、放送された。
入江の写真人生を語るという企画で、NHK奈良のチーフアナウンサー・小島健次郎がインタビュアーになり、水門町の自宅でおよそ10日間の取材インタビューが行われた。
この時の入江の語りを、そのまま活字にし出版にしたのが本書。
全て入江のやさしい語り口で、奈良の仏像や風景、人生の思い出話などが語られている。

入江は、翌平成4年1月に亡くなった。
この本が、入江の最後の本となった。


「(追悼特集)写真家・入江泰吉が残そうとした奈良」芸術新潮1992年4月号 (H4) 新潮社刊 【160P】 1100円



標題のとおり、入江泰吉の追悼特集号。

写真評論家・飯沢耕太郎の「偉大なる凡庸を貫いて」と題する評論。
白洲正子、筒井寛秀(東大寺管長)、久我高照(法華寺門跡)、森本孝順(唐招提寺長老)、安田映胤(薬師寺執事長)、高田良信(法隆寺執事長)、入江光枝(泰吉・妻)などによる、入江の思い出話などが収録されている。

その他、特集企画らしく、入江にまつわる話、写真も豊富に掲載。


最後に、入江の仏像写真集を2冊紹介して、入江の項を終わりにしたい。


「仏像の表情〜入江泰吉写真集」 入江泰吉著 (S53) 新日本美術振興協会刊 【188P】 24000円



入江は本書のあとがきで、20年間撮り貯めた、仏像写真のなかから、表情に焦点をおいたものを選び「仏像の表情」としてまとめた、と記している。


カラーは数葉だけで、後は全てモノクローム写真。


入江のモノクロームの仏像写真を楽しめる本。


「仏像大和路」 入江泰吉著 (S52) 保育社刊 【259P】 38000円

全編カラー写真の入江泰吉の豪華大型・仏像写真集。

入江泰吉のカラーの仏像写真をたっぷり楽しむには、この本が一番。
序文は、初写真集「大和路」発刊の貢献者、小林秀雄。

  




 


       

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