埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百二十八回)

  第二十三話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その6〉 〜仏像の素材と技法〜石で造られた仏像編〜

 石仏の彫法と石材の種類

(1)彫法による区分
 ここまで、飛鳥白鳳時代から鎌倉時代までの石仏の代表作について、その石材と石彫技法にふれながら、一通りみてきた。
 その中で「磨崖仏とか、浮彫とか、丸彫とか」石仏の彫刻方法を現す言葉が、いろいろ出てきたが、ここで石仏の彫刻方法についての区分と用語について整理してみたい。

 石仏の表現技法は、大きく、丸彫り、浮彫り、線刻の三つに分けられる。


【最御崎寺如意輪観音像】 丸彫
 丸彫像は、背面を省略することなく彫り起こした像で、鎌倉時代から以降盛んになる。
 丸彫の石仏は大変少ないが、最御崎寺如意輪観音像や、宮田不動明王像が名高い。

 浮彫像は、同一材を背景に、像が浮かび上がるように彫り起こした石仏である。
 古くから行なわれている彫法で、石仏の多くは、この浮彫像だ。
 この浮彫像は、彫りだされた像の厚みによって、厚肉彫り(高肉彫り)、半肉彫り、薄肉彫りに分けられる。
 厚肉彫りは、背面を省略するだけで顔や体部の側面もほぼ完全に造られたものをいう。臼杵石仏群や大谷石仏が代表例。

 
    【臼杵磨崖仏】 厚肉彫り          【大谷寺磨崖仏】 厚肉彫り

 半肉彫りは、薄肉彫りと厚肉彫りの中間ほどの厚みで、側面が半分くらい彫り現されたもの。熊野磨崖仏、日石寺不動明王磨崖仏が代表例。

 
     【熊野磨崖仏】 半肉彫り           【日石寺磨崖仏】 半肉彫り


【頭塔石仏】 薄肉彫り
 薄肉彫りは、肉の盛り上がりがほとんどないもので、頭塔石仏などが、その代表例。











 線刻は、その名のとおり材を彫り窪めた線で、像容を表す彫法である。
 地獄谷聖人窟線彫像、大野寺磨崖仏などが著名。
   
    【地獄谷聖人窟磨崖仏】 線刻       【大野寺磨崖仏】 線刻
 また、石仏の制作方法には、磨崖仏、単独の石像(石仏)という区分けがある。
 磨崖仏とは、山の断崖の岩壁などに刻まれた石仏のことで、その数は多く全国に200ヶ所はあるといわれている。
 先にも記したように、7〜8世紀の磨崖仏は遺例も少なく小規模、磨崖仏の全盛期は藤原時代。
 この時代になると大規模な磨崖仏が全国各地で造営されるようになる。
 一方、単独の石像は、自然石や切り出した石材に彫刻を施した石仏である。
 「石仏」という言葉が、「単独の石仏」のことを指して呼ばれることもあり、そのときは「磨崖仏と石仏」という風に対比して使われている。
 単独の石仏にも、線刻像、浮彫像、丸彫像が当然のことながら存在する。


(2)石材の種類

 石仏に使われる石材には、凝灰岩、花崗岩が最も多く、藤原時代までは主として軟質の凝灰岩が用いられ、鎌倉時代に入ってから硬質の花崗岩の石彫技法が確立し、花崗岩による石仏が数多く造られるようになったことは、先にふれたとおり。

 ここでは、まず岩石の種類にはどのようなものがあり、それぞれの石材の特性などについて、見てみる事としたい。
 学校の地学の教科書のようになってしまうが、ちょっと辛抱願いたい。

 主要な岩石を分類して、一覧表にするとこのようになる。



 岩石は、大きく分けて、堆積岩、火成岩、変成岩に分類される。
 堆積岩とは、水中で砂や泥などが堆積したものが、長い時間をかけて押し固められて岩石になったもの。
 火成岩は、マグマが冷え固まってできた岩石で、地上もしくは比較的浅い地下で固まった火山岩と、地下深い所で固まった深成岩に大別される。
 変成岩は、もともと堆積岩や火成岩であったものが、高温や高圧などの条件にさらされて、鉱物組み合わせや組織が変化したもの

 石仏に一番良く使われる、凝灰岩と花崗岩についてみると、
凝灰岩とは、降り積もった火山灰が押し固められてできた岩石で、その意味では火成岩と堆積岩の中間的な性格を持つ岩石と言える。
 花崗岩とは、石英と長石を主体とする深成岩で、その他に雲母や角閃石、磁鉄鉱などを含んでいることが多い。「みかげ石」とも呼ばれ、建材や墓石などによく使われている。
 石材の硬さについてみれば、堆積岩が一番柔らかく、火山岩、深成岩、変成岩の順に硬くなっていく。

 
凝灰岩                    花崗岩

 硬度の基準を示すモース硬度みれば、花崗岩が硬度6代であるのに対して、石仏を彫りやすい安山岩や火山系凝灰岩は硬度2代とされている。
 ちなみに水晶は硬度7、ダイヤモンドは硬度10なので、花崗岩が相当に硬い石材であることがわかると思う。

(3)石材、石彫法別の代表的石仏の一覧

 ここまで、石彫法の区分と、石仏に用いられる石材の種類についてみてみたが、我が国の代表的な石仏を、この区分や種類別に、一覧にしてみると次のようになった。



 この代表的石仏の一覧表を眺めていると、これまで述べてきた、わが国の石仏の石材の種類と石彫技法、制作年代の特徴が、大変わかりやすく見えてくる。
 石材で見ると、その多くは凝灰岩と花崗岩で造られており、その次に砂岩が用いられている。
 制作年代と石材、石彫法との関係を見ると、第2期の平安後期は凝灰岩を用いた大型磨崖仏が、第3期の鎌倉期には花崗岩を用いた単独石仏が圧倒的に数多く造られている事が見てとれる。
 今更ながらに、
 「平安後期は、軟質凝灰岩の磨崖仏の時代」
 「鎌倉時代は、硬質花崗岩の単独石仏の時代」
 であったことが実感される。


(4)中国・朝鮮の石仏の石材

 ところで、中国や朝鮮の石仏は、どのような石材で造られているのだろうか?
中国を見てみてみたい。
 中国5大石窟については、敦煌莫高窟、雲崗石窟、炳霊寺石窟は砂岩、麦積山石窟は赤い礫岩、龍門石窟は緻密な石灰岩。
 ついでに言えば、天龍山石窟、鞏県石窟も砂岩の岩壁を開鑿している。

 
【雲崗石窟】 砂岩              【敦煌莫高窟】 砂岩  

 
【柄霊寺石窟】 砂岩          【龍門石窟】 石灰岩

 
     【天龍山石窟】 砂岩              【鞏県石窟】 砂岩

 また、初唐の美しい十一面観音石像などで名高い宝慶寺石像や、近年の大発見と騒がれた青洲龍興寺址出土石仏は、ともに石灰岩だ。

    
【宝慶寺石像】 石灰岩       【龍興寺址菩薩石像】 石灰岩

 今採り上げてみた中国の古代石仏は、砂岩とか石灰岩ばかりだが、花崗岩で造られたものは無いのだろうか?
 そんな疑問が浮かぶが、残念ながら、私にはこのあたりは良く判らない。

 朝鮮半島はどうだろうか?
 古代朝鮮の石仏といえば、花崗岩の石彫だ。
 朝鮮では、花崗岩の露出した山々が連なる景観が名高い。
 北部では花崗岩の奇岩怪石が連なる金剛山が、南部では、花崗岩の岩肌に木々の緑が映え、ゆったり裾をひいた慶州南山が、とりわけ有名だ。

 
花崗岩奇石が連なる金剛山風景         花崗岩石仏が遺る慶州南山風景

 慶州あたりには、南山一帯の磨崖仏や単独の石仏が数多く遺されているが、そのほとんどが花崗岩製だ。
その中でも、花崗岩の彫技の絶品といえるのが、8世紀に造られた慶州仏国寺石窟庵。
 石窟庵は、花崗岩の切石を積み上げた前方後円式の窟で、これを蓋石で覆い、その上に封土を掛けた石窟寺院。
 純白の花崗岩を見事なまでに丸彫りにした釈迦如来像は、韓国仏教美術の最高峰と言われている。

 
【石窟庵内部と釈迦如来石像】 花崗岩

古代朝鮮では、石彫難度が極めて高いといわれる硬質花崗岩を、見事なまでに石彫することができる、高度な石工技術が備わっていたのは間違いない。
 第1期の平安初期までに、わが国で彫られた花崗岩石仏は、こうした伝統技術を具備した、新羅系帰化工人の手になるものと考えられている。

 


       

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