埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百二十二回)

  第二十二話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その5〉  仏像の素材と技法〜木で造られた仏像編(続編)〜

 4.その他の木彫技法〜檀像と鉈彫り〜

(1)  檀 像



 檀像といえば、法隆寺・九面観音立像。
 法隆寺の大宝蔵院を訪れると、有名な夢違観音像の傍に、ガラスケースに入った小さな木彫像(37.6cm)に出会うことが出来る。
 白檀の一木で彫られた超絶技巧の仏像で、唐から請来された渡来仏だ。
 すべてを一材から彫り出すことに徹しており、耳飾り・胸飾り・瓔珞(ようらく)などの装身具、天衣、右手に執る数珠や左手に捧げ持つ水瓶を含めて足下の蓮華までの、すべてを白檀の一木から彫り出して いる。
 耳に嵌められた細いイヤリングまでも一木から彫り出されており、振動にイヤリングがかすかに揺れる有様には、驚かされる。
 各部分はあくまで細緻、神技に近い細かい彫鏤で、白檀像の特性をいかんなく発揮している。
 盛唐、ほぼ七世紀後半の制作、少年のように澄んだ心を表した表情、若々しい肉身で、数多くの人に愛される、檀像の最高傑作だ。

 ところで、「檀像とは?」との説明を求められると、ちょっと困ってしまう。
 「白檀で造られた仏像のことを、檀像というのだ」
 ということでよいのだろうか。

 日本仏像事典(真鍋俊照編・吉川弘文館)を見ると

 「白檀のような木理が緻密で芳香のある一材から、像身のすべてを細かく刻み出して造った小仏像のこと。・・・・・・・・・・・」

 仏教美術用語集(中野玄三編著・淡交社)には、

 「南方産の白檀で制作した仏像のこと。一木から仏像の全身と装身具や台座まで彫り出した仏像で、・・・・・・・・・・・・・」

 との、解説の出だしで始まる。

 ところが、檀像を主題とした本、「檀像〜日本の美術」や「特別展〜檀像〜図録」のページをめくっていくと、神護寺薬師如来像、元興寺薬師如来像、唐招提寺講堂薬師如来立像などの大型像をはじめ、いろいろな大きさ、いろいろな用材の木彫仏が掲載されている。

 「真檀像」とか「檀像風」という言葉もあり、わが国では狭い意味での檀像、広い意味での檀像の考え方があるようだ。

 本来の檀像の定義、即ち、狭義の檀像について、毛利久は、次のように述べている。
 「檀像の具備する特徴は、
・檀木を用いた一木造り
・素木を原則として着色されない
・一般に小像である
・細密な彫法を示す
 などの諸点があげられ、
 これが檀像本来の姿であったはずである。」(平安時代の檀像について)

 そもそも檀像というのは、中国から日本にもたらされたものであるが、インド、中国、日本とわたってきた檀像というものについて、ちょっと頭を巡らせて見たい。

 まずは、用材についてである。
 インドの伝説では、世界で初めて造られた2体の仏像の素材、一体がインド産の白檀、もう一体は紫磨金(紫色を帯びた最高質の金)であったとされる。
 白檀は、インドから東南アジアに自生する広葉樹で、木目が緻密で美しく芳香を放つ。
 直径30cm程度にしかならないので、小仏像しか造れないが、材の特質を活かし、彩色せず細かな彫をするのが特色。
 中国では、唐時代7世紀になると、玄奘がインドに渡り、白檀像をもたらしたのをきっかけに、インド風の小さな檀像が流行する。
 しかしながら、中国・日本では白檀が自生しない為、その代わりに「栢木」という材を用いることができるという考えが出され(十一面神呪心経義疏)、代用檀像への道が開かれた。
 日本では、奈良時代に唐文化が半島を経ずに直接移入され、わが国では「栢木」を「カヤ」と認定して、カヤによる代用檀像が奈良時代から平安初期に流行することになるのである。

 この代用檀像の用材の使い分けについては、井上正が、次のように整理している。

 代用檀像の対応関係表(井上正推定)
       


 先ほどの毛利久の云う「本来の檀像」に該当しそうな、小型像の代表的作品の(推定)用材を見てみると、このようになる。

   

 ここに挙げられた檀像の姿を見てみると、総じて頭がでかく短躯のプロポーションや表現上の独特の雰囲気を持っている。
 請来仏(渡来檀像)はインド風の雰囲気をたたえているし、わが国で造られた檀像も、エキゾティックな表現の魅力を発散している。
 像高がわからない写真図版で見ても、これは「檀像」だというのがすぐにわかる。
それが「檀像の世界」なのであろう。
   
【東博十一面観音像】【神福寺十一面観音像】   【延暦寺千手観音像】  【園城寺十一面観音像】 
  
【東大寺弥勒如来坐像】      【奈良博薬師如来坐像】    【峯定寺千手観音坐像】

 ところが、「檀像」という言葉が用いられている、古文書をみると、
 「檀像薬師仏像一躯 長五尺五寸」(神護寺略記〜現薬師如来立像〜)
 「不空羂索菩薩檀像一躯 立高一丈七寸」(広隆寺資材校替実録帳〜現不空羂索菩薩立像)
 「檀色薬師如来像一躯」(観心寺資材帳)
 というような、大型像や檀色の像を挿す記載が見られるのである。

 「檀像」という言葉は、「いわゆる檀木をつかった小型細密彫刻像」だけではなく、大型の木彫仏像にも用いられていた。
 それでは、どうような木彫仏を、「檀像」と称したのであろうか。
 平安時代(9〜10C )においては、「彩色をしない素木像」は、「檀像」と称されることが間々あったようなのである。
 即ち、「檀像」という言葉が、「素木像の美称」として用いられていたのであった。
 もう一つ、「檀色像」という呼び方がある。
 これは、どうもカヤやヒノキなどの代用材で造った仏像に、白檀色(淡黄・淡紅)を全身に加彩した木彫像を呼んだようだ。(彩色木彫を挿すという説もある)

 当時は、木彫仏をその仕上げ方から、
 金色像(=漆箔像)、彩色像(=着色加彩像)、檀像(=素木無着色像)、檀色像(=白檀色加彩像)
の、4種の呼称で、区分していたようだ。

 その区分に則って考えると、
 代用材大型檀像の代表例としては、神護寺薬師如来像、法華寺十一面観音像、元興寺薬師如来像、宝菩提院菩薩半跏像など、平安初期一木彫のいろいろな表現タイプの素木像優作が挙げられ、枚挙の暇がない。
 白檀色加彩の檀色像の例としては、奈良博薬師如来坐像、大安寺木彫群、延暦寺千手観音像、醍醐寺聖観音像などが挙げられる。
 このほかに、素木檀像に後に加彩したり(園城寺十一面観音)、切金装飾をした和様檀像(仁和寺薬師如来、峯定寺千手観音)などの例も残されている。

 こうしてみてみると、奈良時代〜平安前期にかけては、
 いわゆる真檀像といわれる、檀木を用いて、小型細密彫刻仏像を造り上げる世界と、
 神宿る霊木から仏の姿を彫り出し、素木一木彫で造り上げる仏像の世界とが、
それぞれに育まれ、この二つが、「檀像」という呼称の世界と造形表現の世界とで、絡み合うように融合していったということなのであろうか。


 檀像をテーマにした本を紹介しておこう。

「檀像(日本の美術253号)」 井上正著 (S62) 至文堂刊 【94P】 1300円
「古密教系彫像研究序説〜檀像を中心に〜」井上正著
「論叢仏教美術史」町田甲一古希記念会編所収 (S61) 吉川弘文館刊 【623P】 9800円

 檀像だけをテーマにした単行本は、この日本の美術のシリーズ「檀像」しかないと思う。
 井上は、本書と「古密教系彫像研究序説」のなかで、わが国における檀像とその系譜をこのように区分して考えている。

分類説明代表例
白檀像
東博十一面観音、法隆寺九面観音
代用
檀像
第1類白檀像の忠実な模擬像神福寺十一面観音、延暦寺千手観音
第2類半等身〜等身大への拡大像法華寺・道明寺・宝積院十一面観音  
第3類霊木信仰と合体した化現仏表現像神護寺薬師如来、観菩提寺十一面観音、孝恩寺難陀竜王像
その後の展開鉈彫り像、立ち木仏

 井上は、本書で檀像についてのこれまでの考え方による研究解説ではなくて、
 「このような考え方はどうでしょうかと、筆者が読者に問いかける形で執筆した」
と記しているが、檀像の世界から井上の主張する霊木化現仏の世界に及び、平安前期 一木彫の制作年代を大きく遡らせるユニークな主張を展開している。
 

「特別展 檀像〜白檀仏から日本の木彫仏へ〜」 奈良国立博物館編集発行 (H3) 【210P】

 檀像、檀像風木彫像93躯が一堂に展示された檀像展の解説図録。
 松浦正昭が、概説を執筆している。
 松浦は、わが国における檀像の展開を、「小檀像の世界、日本檀像の展開、檀像和様化」の諸相に区分して、解説している。

 特に、日本檀像の展開については、

「中国から請来された小白檀像が、いずれも修法や仏事の本尊として迎えられているのに対し、奈良時代後期から本格的展開を見せる日本檀像は、等身以上の大きさを持ついわば大檀像を中心に造像が行なわれた。
そ れは、伽藍の主要堂塔の本尊ではなく、特定の願主によって建立された別院の本尊として安置されたことが考えられる。『陀羅尼集経』によって構えられた壇所 の本尊に相当すると思われる奈良・新薬師寺像、和気清麻呂によって神願寺壇場の本尊として造られた現神護寺像、元興寺塔堂院本尊の元興寺像、・・・・・な ど、奈良時代末から平安初めにかけて制作された大檀像の薬師如来が、いずれも当初は別願建立の堂本尊として安置されたことが先の想定を裏付けており、また そうした日本檀像の本格的展開としての大檀像の造立は、奈良時代後期の唐招提寺木彫群から始まると考えられる。」

 と述べているのは、誠に興味深い。


「平安時代の檀像について」 毛利久著
「日本仏教彫刻史の研究」所収  (S45) 法蔵館刊 【337P】 5500円

「檀像様彫刻の系譜」 久野健著
「平安初期彫刻史の研究」所収 (S49)吉川弘文館刊 【2分冊806P】43000円

 

 


       

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