湖北の観音

松田和也

 

 昨平成12年12月に湖北観音を尋ねました。十分な計画もなく木之本駅(北陸本線)に降りたところ、人影の無いのに驚きました。しかし良くみると、駅の傍らに小さな観光案内所があり、オバさんが詰めていました。訊ねてみると、ほとんどの観音さんは無住のお寺にあるから、地区の当番の人に電話でお願いしてお堂を空けてもらわなければいけない、当番の人が畑作業に出ていたりすることもあるので、どの観音さんを拝観できるか判らない、ということでした。

 車ではないし、これはとても難しいと思い、案内所からは道をはさんで反対側の、タクシー会社にお願いすることにしました。窓口のオネーさんは、ちょうどカキピーをほおばりながらお茶を飲んでいたところで、
「アラー、朝から寛いでいちゃいけないわネー、ハハハ」と、陽気な人。
早速相談に乗って貰ったところ、電話をかけまクッテ順路を考えてくれると言うことでしたので、あなた任せで行こうと「なるべく多くの観音さんを」とお願いしました。

 案内してくれることになったのは、伊香(いか)交通の須脇さんでした。車は出発しました。何処へ案内してもらえるのか、期待が膨らみました。井上靖の「星と祭」で琵琶湖の観音さんを知った人は多いでしょうが、私もそのひとり。このたび、「(郷里の)大阪に帰るときついでに行って見ましょうヨ」、という家内の提案でようやく実現の運びとなりました。

 

 まずは、「冷水寺」でした。お寺といっても小さなお堂が一つ。早速拝観しましたがなにやら比較的新しい感じの仏様。すかさず、我々を待ち受けていてくれた人が熱心に説明をしてくれました。すなわち、外側に見えるのは元禄時代の鞘仏で、内側には平安仏がおられるのだ、ということでX線写真も拝見しました。隣に「世界一小さな博物館」が作られていて、地元の人の熱意が感じられました。

 次は「大円寺」でした。こちらは、立派なお寺でした。堂前の落ち葉を掃きながら待っていてくれた人が、堂内に導いてくれました。「ここの千手観音さんは、それほど古くないので」と言いながら、室町時代作というわが地区の観音さんが如何にも愛おしそう。

 それから、有名な渡岸寺(此処でだけ他の拝観者を見かけました)、浄光寺の十一面観音(室町)とめぐり、鶏足寺へと回りました。こちらは、己高閣(ここうかく)と、さらに平成元年に村人の浄財によってのみ建てられたという世代閣(よしろかく)に、数々の素晴らしく尊い十一面観音さん(重文)や薬師如来さん(重文)が祀られていました。こちらの十一面観音さんは、星と祭に「---石道寺の十一面観音に似ていると思った。---素朴で、美しかった。石道寺の観音さまのモデルを村の娘とするなら、この方は、村の内儀さんということになる。---」という観音さんです。

 午後は、まず、平安生まれの堂々とした観音さんのおられる西野薬師観音堂。次は正妙寺へと向いました。こちらは十一面・千手・千足観音さんという、足まで千を数える強力な仏様、何処にいても駆けつけてくださること、請け合いです。ところが、お堂は山陰の極く小さいもの。しかし、やはり村の人が大事にしておられることがよくわかりました。案内の伊香交通の須脇さんは、この観音さんが大好きだということでした。

 次は赤後寺です。如何にも古く立派なお堂の、そのまた中の立派な厨子の中に、聖観音と千手観音が並んでおられます。こちらには3回お参りしないことには参ったことにはならないのですよ、などと説明してくださる村人は、若い頃からこの仏様が好きであったそうです。村人が湖北の仏を大事していることがひしひしと伝わってきます。星と祭が出たのが昭和47年。そうするとそれからワン・ジェネレーションの推移があるわけで、地元の人たちの気持ちが代々に渡って受け継がれてきたことが良くわかるナーとおもいました。

 そろそろ時間も迫ってきました。次の黒田観音が最後になりそうです。
「当番の方が買い物に行ってるそうで連絡がついてませんけど、もうすぐ帰ってこられるんじゃないですか。こちらから電話しておきますので、目的地へ向って下さい」と、カキピーのおネーさんからケータイで連絡が入り、黒田観音に向かいました。
堂前で待っていましたが、なかなか当番の人が来られない。12月に入った日は弱く、早くもどこやらに暮れ方の雰囲気が。おまけに、細かい雨も落ちてきたようでした。
「長い買い物だなアー」と須脇さんがつぶやく。
散り残った紅葉の赤がぬれて鮮烈な美しさ。
「あ、きっとあれだ」
の声に向こうを見ると、遠くのあぜ道をこちらへ向ってバイクがやってきました。
 「どうもどうも遅くなって」
とおばさんがカギをジャラジャラいわせ、
「ようこそお参りくださいました」
と言いながら、それまでに回ったところもそうでしたが、私達だけのためにわざわざお堂の扉を開け、ついで厨子を開けて、大事にしている我らが村の観音さんを拝観させてくれるのでした。

 米原から乗った新幹線で駅弁をひろげていると、ついさっきまでの観音めぐりが、なんだかなつかしいムカシのことのようにも(駅弁と一緒に買ったワン・カップの所為もあってか)思えてきました。この小旅行が忘れがたいものになることは間違いがないと思いました。

 

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高月付近のお寺の地図、仏像の写真は、高月町のホームページに掲載されていますので参考にして下さい。

高月町立 観音の里歴史民俗資料館

http://www.biwa.ne.jp/~kannon-m/

 


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