貞観の息吹き 
高見 徹

39.  名杭観音堂 十一面観音立像(和歌山県印南町島田)


 印南町の歴史は古く、特に京都からの「熊野詣」が盛んになった平安時代後期から鎌倉時代にかけて、「熊野古道」がその経路となっていたことから、大いに栄えた。熊野九十九王子のうち「切目中山王子」をはじめ4カ所の王子社が町内に存在している。

 このあたりの海岸線は、元弘元年(1331)に大地震により大きく隆起しており、それ以前は、切目地区では現在から約3 4kmも入った名杭の集落まで海であったといわれている。
 このため、熊野古道は切目から一旦榎木峠を越える峠越えの道を進む。
 この地には、足を痛めて息絶えたという熊野詣の山伏を祀る足の宮があり、足の病気の信仰を集めていたが、明治の末、神社合祀の時、熊野九十九王子の一つである切目中山王子社へ合祀された。

 名杭の集落のはずれにある名杭観音堂は、足の宮の本地仏を祀ったと伝えられる小堂である。
  この小堂に安置される十一面立像は、総高176cmの蓮肉までヒノキの一木から彫り出された一木造の像である。幅広の面相に大振りな目鼻立ちを表し、ほと んど髪筋を刻まず、耳の後ろから肩にかける髪先も大らかに彫り出されている。伏し目がちの眼の彫りはやや浅いが、意志的な表情を持つ。

  条帛や、腰部で折り返す裳の形や彫りも深く的確である。膝下の衣文や両膝の間で折り返すS字型の衣文も同様に深く、バランスも良い。天冠台や臂釧、腕釧に 下地や金箔のあとが残っており、唇に朱が置かれていることから、装飾具の部分のみ金箔仕上げを施していたのかもしれない。
 本仏像は、昭和56年に修復され化仏と持物が修復されているが、台座は蓮肉の一部を残すのみで下部が切り取られている。

 本像は長い間名杭の地に安置されてきたとされるが、中央風の像容からみて、おそらく切目中山王子社の神宮寺の本尊として像立された像と考えられ、熊野詣の人々の尊崇を集めたものと思われる。
 和歌山県内には平安時代の造像が多く残されているが、本観音像は、その中でも特筆すべき優作である。


 







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