貞観の息吹き 
高見 徹

25.  狭間千手観音堂 千手観音立像福岡県豊前市狭間) 

 福岡県と大分県の県境の近くに位置する狭間千手観音堂は、正式名を泉水寺と称し、地元では乳の観音として親しまれている。
 清流の佐井川を渡ると、正面に岩壁を背にして二棟の収蔵庫とその前に仮堂が建つだけの質素な佇いである。
 境内の背後には崖が収蔵庫に覆いかぶさるように張り出しており、その先端から糸のように湧き水が流れ落ちるている。
 泉水寺の寺名は、岩洞窟の左右の岸壁から湧き水がほとばしることから名づけられたといわれている。この水は、寺名の起こりとなった湧水で乳清水と呼ばれ、当地では母乳がよく出る名水として親しまれている。
 
口に含むとひんやりと冷たくやわらかな口当りである。ポリタンクにつめて持ち帰る人も多いようだ。

 二棟の収蔵庫のうち、奥の収蔵庫には不動明王坐像が安置されている。ほぼ等身大の像であるが、随切痛んでおり、両腕や膝前を失う外、両肩や背面は後補のものにかわっている。また面相部も表情がかすかに読み取れる程度まで朽損している。
 しかし、一木から彫り出された大らかな目鼻立ちや、造形は、この像が平安初期彫刻の系統に連なる像であることを物語っている。

  手前の収蔵庫に安置されている千手観音立像は、かつては泉水寺の本尊であったと伝えられている。像高2mを越える大きな像で、ヒノキのー材から頭体部を彫 り出すー木造であり、両頬を張りふくよかで穏やかな面相をもち、体部も太造りの堂々たる像である。衣文は朽損もあって浅いものの、膝前等には翻波式衣文の 名残りが見られる。
 千手の脇手は、それぞれ数十本ずつ半肉彫に彫り出した扇状の板をちょうど翼のように両脇に付ける珍しい形式を持っている。現 在は左右の二枚の板を残すのみで、別木で取り付けていた手先も失われているが、当初は更に何枚かを重ねて付けてあり、まさに天使の翼を見る思いであったこ とだろう。
 膝下部は朽損のため失なわれていたのを昭和50年に国宝修理所で補足されているが、全体的には、旧状を良く残している。

  古代においてこの地方は、福岡県太宰府から大分県宇佐八幡にかけての歴史や国東半島を中心とする六郷満山の信仰、大分・天福寺に伝わる正統な塑像などの遺 物から見ても、当地に天平時代から中央の直接的に文化が伝わったことは明らかで、その上で独自の文化を保っている特異な風土を有していたと考えられる。
 千手観音像もさることながら、等身大の正統の不動明王像を残していることから見ても、これらの像の造立に当っては、中央の流れを汲む仏師集団が遠からず関与していたものと考えられる。

  



 


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