貞観の息吹き 高見 徹
37.
長慶院 聖観音坐像(福井県小浜市堅海)
小浜市堅海(かつみ)は、小浜湾の東側に大きく迫り出した内外海半島の小浜湾側に面した集落である。若狭の観光名所の一つである蘇洞門は内外海半島の外側にある。
小浜からの湾沿いに続く道は、近年トンネルが開通して、15分足らずで行くことができるが、トンネルができるまでは手前の険しい峠を通らねばならならず、半日を要するような陸の孤島であった。
またその道も堅海の先の泊地区で終わっており、ここから先は半島を周る道も無い行き止まりとなっている。江戸時代に田畑の検地に訪れた役人が水田を発見できず、堅海の隠れ田とも呼ばれたという。
半島の外側の蘇洞門に行く道も、数十年は人の手が加わっていないような山道を辿らねばならず、海路が唯一の交通手段となっている。
堅海から望む小浜湾は波一つない穏やかな景色が拡がり、西には湾を隔てて、若狭富士と呼ばれる青葉山の雄姿を眺めることができる。
長慶院は、寺伝によれば応安2年(1369)に創建され、小浜高成寺末に属していた。長慶院から少し離れたところ、堅海集落の手前右側に、聖観音坐像を安置する鉄筋コンクリート式宝形収蔵庫が建っている。
聖観音坐像は、ヒノキ材から頭体部を含め、両腕の肘までを一木から彫成した一木造の像で、頭・体部とも背面から内刳を施し蓋板を当てる。天冠台を彫出
し地髪はまばら彫りして、耳から肩に垂らした垂髪を共木から彫り出している。頭頂部の宝髻は最上部に別材を足して彫り上げており、頭部のバランスからより
高い宝髻を求めたものと思われる。上膊部には大振りな臂釧を共木から彫り出している。
頭部体部は奥行きがあり、量感のある胸部や肩部など太造りの堂々たる坐像で、厚く広い膝張を持つ。
衣の部分は漆箔仕上げであるが、面相や肉身部には、木屑漆を含んだと思わせるやや厚めの漆が置かれている。
膝部の太く大胆な衣文の彫りに対し、上半身や面相が穏やかであるのはそのせいかもしれない。
実制作年代は藤原時代に入ると思われるが、一木造の古風な構造と、厚みのある堂々たる姿は、10世紀も早い時期の制作と考えられ、古像の多い若狭地方でも、古様を示す像である。
このような、辺鄙な場所に中央風の像があることに不思議なように思われるが、古代は海路が主要な交通手段であり、大陸から京都・奈良に伝えられた文化が、
当地を経由していたことの傍証でもあり、また、小浜から離れているがゆえに、戦乱や廃仏毀釈からも守られたとも言えるのかもしれない。
小浜市の若狭歴史資料館には、小浜地方の著名な仏像のレプリカが展示されており、いつでも拝観することができる。現在は、長慶院・聖観音坐像を始め、馬居寺・馬頭観音坐像、常禅寺・不動明王坐像、円照寺・不動明王立像などが展示されているが、さすがに良く出来ている。
馬居寺でお伺いしたが、仏師が1ヶ月お寺に寝泊まりして造ったもので、木目の一本一本まで忠実に再現されており、出来上がった像を並べたところ、ご住職が本物とレプリカを間違えたそうだ。