埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第八十九回)

  第十九話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その2〉  仏像の素材と技法〜金属・土で造られた仏像編〜


 【19−1】

 薬師寺金堂の金銅薬師三尊は「金銅仏ならではの美しさの極致」の表現がされた仏像、といってよいだろう。


薬師寺薬師三尊像
「薬師寺の薬師三尊を、まだ拝ん だことのない人は、幸せである。あの三尊を拝して受ける最初の大きな感激を味わう機会が残されている。」

 岡倉天心は、東京美術学校の講義で、若い学生を前にして、このように語ったという。

 この三尊の前に立つと、漆黒の光を放つ肌の美しさと、溌剌として流麗な造型に、誰もが心を奪われる。
 どうしてこんなに美しい光沢が生まれたのは、明らかではないが、しばしば火災を蒙ってその表面が化学的変化を起こしたからだという話もある。毎年花会式 の前に行われている「御身拭い」によって、その光沢がますます輝きを見せている。

 和辻哲郎は、この金銅仏を「とろけるような美しさ」と表現した。
 自著「古寺巡礼」で、このように記している。


薬師寺薬師三尊像頭部
「この雄大で豊麗な、やわらかさ と強さとの抱擁し合った、円満そのもののような美しい姿は、自分の目で見て感ずるほかに、なんとも言いあらわしようのないものである。胸の前に開いた右手 の指の、とろっとした柔らかな光だけでも、われわれの心を動かすに十分であるが、・・・・・・・・・・・・すべての面と線とから滾々としてつきない美の泉 を湧き出させているように思われる。」

「その色澤を持つ面の驚くべく巧妙な造り方が、実は色澤を生かせているのである。さうしてその造り方は、銅といふ金属の性質を十分に心得たやり方である。 特殊な伸張力を持った胴の、云はば柔らかい硬さが、芸術家の霊活な駆使に逢って、あの美しい肌や衣の何んとも云へず力強いなめらかさに結晶しているのであ る。」

 まさに、云い得て妙で、ブロンズという素材が持つ造型表現の特性、とりわけ蝋型鋳造という技法の特質を、見事に捉えている。

 薬師寺薬師三尊の流麗、豊麗な美しさの表現は、
「ブロンズという素材と蝋型鋳造という優れた技法を以って、はじめて果たしえたもの」
と、いって間違いない。
 木彫や乾漆など他の素材では、到底あのように表現できないであろう。



神護寺薬師如来像
  神護寺薬師如来像は、「一木彫のもつ、一木彫らしさ」が象徴的に表出された平安初期彫刻である。
 「私の好きな仏像ベスト3」に入る仏像だ。
 木彫は、鋭い鑿で一度彫り込むと、もう元に戻せない。まさに一刀入魂、深く鎬立つほどに思い切って彫り込む。そんなヒリヒリとした緊張感が漂ってくる仏 像だ。

 薬師如来像の前に立つと、威圧的でデモーニッシュな迫力、強烈なインパクトに、思わず後ずさりしてしまいそうになる。
 いわゆる平安初期彫刻の代名詞である、「森厳、異貌、デフォルメ、迫力」などの言葉を、そのまま表出したような仏像彫刻である。

 写真家・土門拳は、「好きな仏像は?」と聞かれれ

即座に答えたという。
 そしてこのように述べている。

「眉が高く、典型的な蒙古皺襞を もつ意思的な眼、張った頬、強く通った鼻梁、ぎゅっとむすばれて突き出した分厚い口唇、威圧的に見えて深遠なその表情がまずいい。両腿を強く隆起させた量 感のある体躯がまたいい。・・・・・・・
動と静の矛盾する要素を一身にもって、高雄山中奥深き黒漆の厨子の中に薬師如来は直立している。頭上の螺髪から台座の蓮弁一枚一枚まで檜で一木彫成された 全身は、永年の香煙で黒光りしており、像容はさらに神秘な感じを与えている。
その森厳雄偉な迫力を持って見る者を圧倒せずにはいられない。」
(本像の用材は、現在では檜ではなく、カヤであることが判明している)

 この仏像の魅力を言い尽くした表現だと思う。
 
神護寺薬師如来像         神護寺薬師如来像衣文

 あきれるほどの鑿の切れ味で深く彫り込まれた衣文は、シャープに鎬立ち、手が切れそうだし、目鼻や口は研ぎ澄ました刀で切りつけたように鋭い。顔面には 細かな鑿跡まで残している。

 神護寺薬師如来像の強烈な迫力や、森厳さは、単に「顔かたちや身体表現」によってのみ生じているのではなく、
 「カヤという用材を、鋭い鑿で 彫りこんで彫成した、一木彫であるからこそ表現できるものだ。一度彫り込んだらやり直しの聞かない鑿を、思い切って鋭く深くふるっていく一木彫ならではの 造型表現の象徴」
 と、強く感じる。


 一方で、「捻塑的手法ならでは」という仏像も数多い。

 法隆寺五重塔の塑像群の、あの泣き叫んだり悲しんだりする感情と動き豊かな造型は、写実的表現の極致だ。今にも本当に動き出しそうな真迫感がある。
 戒壇院の四天王・広目天像の、眉根を寄せて遠く前方を凝視する表情は、眼の奥で永遠の真実を見つめているようだ。
 
法隆寺五重塔塔本塑像         戒壇院広目天像

 奈良を愛した写真家、入江泰吉は、
「あの鋭い眼に心の底まで見透かされたような驚きを覚えた」
 と語っている。
 塑像の特質を縦横に駆使し、巧妙なヘラ使いで、心の襞まで微妙な抑揚で細やかに表現しつくしている。


興福寺阿修羅像
  そして、興福寺阿修羅像の少し憂いに沈んだ少年の表情も、脱乾漆という手法でないとなかなか表現できるものではないのだろうと思う のである。

 仏像彫刻の様式、表現が、飛鳥白鳳→天平→貞観→藤原→鎌倉と変遷していく中で、その時々の主流となった素材・技法が金銅→乾漆・塑像→一木彫→寄木造 という風に変化していったことも、
 「その時々に求められ流行した様式を、最も巧く効果的に表現できる素材と技法が選ばれていったことによるものなのだろう」
 と、素材と技法の、仏像の芸術表現、美しさへの係わり合いの大きさを、今更ながらに感じる。


 そんな思いを致しながら、「仏像の素材と技法」のそれぞれについて、みてみたい。

       

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