埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第五十三回)

  第十三話 地方佛〜その魅力にふれる本〜

    《その5》各地の地方佛ガイドあれこれ 【近畿 編】

 【13−2】

〈近江の仏像〉

  「近江路の観音」の話が、ずいぶん長くなってしまったが、ここで滋賀・近江の古佛全体についての本の紹介に入りたい。

  さすがに人気のエリアでもあり、近江の古寺古佛についてや、巡礼・紀行などといったテーマの本は、数多く出版されている。
 ここで は、これといった解説書や古寺古佛ガイドに絞って採り上げたい。

 「近江の仏像〜日本の美術〜」 西川杏太郎編 (S60) 至文堂刊 【98P】 
 「仏像を旅する〜東海道 線〜」清水真澄編 (H2) 至文堂刊 【279P】 
 「仏像を旅する〜北陸線〜」 松島健編 (H1)  至文堂刊 【276P】 

 いずれも、定評ある地方佛シリーズ。
 「仏 像を旅する〜東海道線〜」には、湖東のほとけたち(斎藤望)、湖南のほとけたち(佐々木進)、大津のほとけたち(宮本忠雄)、良弁と金勝寺・狛坂磨崖仏 (佐々木進)、「仏像を旅する〜北陸線〜」には、湖北の仏像たち(宮本忠雄)、小説の舞台の仏たち(高梨純次)といったテーマの解説が収録されている。

  観音像のほかでは、鶏足寺・薬師像、多田幸寺・薬師像、大岡寺・薬師像、金勝寺・軍荼利明王像、善水寺・薬師像、保福寺・釈迦像あたりの平安中期までの古 佛が私の眼を惹く。
 掲載されている仏像を眺めていると、今更ながらに、近江は素晴らしき仏像の宝庫で、その質量共々に、すごさを感 じる。

「近江の 湖は海ならず 天台薬師の池ぞかし、
何ぞの海、常楽我浄の風吹けば、七宝蓮華の波ぞ立つ」

  と、梁塵秘抄に詠われたごとく、
近江の地は、まさに「天台の浄土」であったのだと、納得させられる。

  
大岡寺・薬師如来坐像        多田幸寺・薬師如来坐像


 「近江路の彫像」宇野茂樹著  (S49) 雄山閣出版刊 【402P】 

 滋賀県彫刻研究の第一人者、宇野茂樹の 近江彫刻史研究論文の集大成とも言うべき本。
 著者・宇野は、本書序文で次のように述べている。

 「私 は、昭和22年9月、戦後間もない頃から、職を滋賀県庁に奉じ、滋賀県下の文化財の仕事に従事することとなり、その後現職(滋賀県立短大教授など)につく まで約17年余の長い年月を近江に伝存する文化財とともにその公職を送ってきた。・・・・・・・・この既往17年余にわたる調査と知見にもとづいて、さら に考察と研究を加えつつ4編に纏め上げたものがこの拙論である。」

 内容を見ると、近 江の宗教彫刻を三期に区分し、白鳳奈良を第1期、平安期を第2期、鎌倉以降を第3期として、延暦寺の天台密教が近江一円に拡がっていく第2期を最重点に論 じている。

 本書は、近江彫刻の本格的研究書として、唯一の定本とも言うべき本。
 近江の 彫刻の本は、湖北・湖東・湖南・・・・などエリア別に記したものは多いが、近江彫刻全体を、編年的に整理した本は、この本ぐらいであろう。

 「近江文化財全集 上・下」近 江史跡会編集発行 (S49) 【350・392P】

 滋賀県全域の文化財を、すべ て網羅した図録写真集の大冊。
 県下50にわたる市町村の文化財、約2000点の写真が、地区別に掲載されている。
  本書は、近江史跡会創立10周年記念事業として、4年計画で現地取材と撮影を行い出版された。
 発刊趣旨には、このように記されてい る。

「発刊を企 てた第一の目的は、京都府と奈良県につぐ第三の豊富な文化財を有する滋賀県でありながら、その全貌を知るに足る図録がいまだ発刊されたことがなかったから であります。・・・・・最初から困難な事業であることを覚悟の上で着手したものであります。」

  個別の解説が付されていない、写真だけの図録であるが、近江の文化財の全貌を知ることができる貴重な出版物。


 「近江古寺風土記」田中日佐 夫著 (S48) 学生社刊 【254P】 
 「近江文化財散歩」景山春樹 著 (S47) 学生社刊 【236P】 
 「図説 近江古寺紀行」木村 至宏著 (H7) 河出書房新社刊 【131P】 
 「近江・若狭の古寺と仏像」 新集社編 (H6) 日本交通公社出版事業局 【151P】

 近江の古寺古佛をめぐ るガイド本としては、上記の本が良くまとめられていて、大変便利。
 「図説 近江古寺紀行」「近江・若狭の古寺と仏像」は、カラー写 真も豊富で、解説も良くまとまっていて、携行にお薦め。

 


  ここからは、地域別や一つひとつの寺の仏像をテーマにした本の紹介。

 「湖北 佛めぐり」駒澤琛道著  (H10) 京都書院刊 【207P】

 「仏姿写伝 鎌倉」を出版した写真家・駒 澤琛道が、湖北の仏像たちを撮影した写真集。
 「仏姿写伝 近江—湖北妙音」という書名で、日本教文社から出版された大型写真集を、 文庫サイズに再構成、編集したもの。
 湖北、38ヶ寺の古佛の写真が約200枚掲載されている。
 湖北の仏像を 網羅した写真集としても貴重。
 撮影の苦労も如何ばかりだったかと思うが、古佛たちの魅力を引出したモノクロ写真の美しさには、心を 奪われる。

 「観音の里・高月—わが町の観 音さまー(写真集)」高月町立観音の里歴史民族資料館刊 (S63) 【27P】

  高月・渡岸寺に隣接する、歴史民族資料館作成の、高月町の観音像写真集。
 町内20ヶ寺の古佛の写真が収録されている。

 「鶏足寺の文化財 美術工芸編 ㈵・㈼」木ノ本町教育委員会刊 (H13・15) 【79P・57P】

 木ノ本町教 育委員会がH9〜12に実施した、鶏足寺美術工芸品実態調査の報告書3分冊の2冊。第三分冊は未完。
 薬師如来像ほか諸仏の調査報告 のほか、「湖北の古代彫像〜鶏足寺伝薬師如来像を中心に」(井上一稔)「己高山の草創」(高梨純次)という論文も収録されており、興味深い。

 「近江の隠れ佛〜えち三十三佛 巡礼」能登川青年会議所編集 (H1) 法蔵館刊  【126P】
 本書は、能登川町青年会議所が、二ヵ 年にわたる事業として未指定文化財の調査及び報告書の刊行を企図、対象を仏像・神像として各教育委員会の協力を得て、出版にこぎつけた本。
  調査対象は旧愛知郡(えちぐん)内所在の像で、26寺社三十三佛が収録されている。
 三十三佛の撮影写真と青年会議所メンバーの聞き 取り・解説が付されているほか、彦根城博物館・斎藤望の「近江愛知の仏たち」の解説文付き。
 慶応4年に金剛輪寺から寺外に流出、ビ ゲローコレクションとなり、ボストン美術館所蔵の鎌倉期の聖観音坐像や、33年に一度開扉の秘仏、百済寺の本尊・立ち木観音の撮影記と写真も掲載されてい る。
 出版時には、青年会議所のメンバーたちの、郷土の文化を見つめなおす活動成果として、新聞で本書出版が採り上げられたり、注目 を浴びた。

 「大津の仏像〜一千年の造 形〜」大津市歴史博物館刊 (H9) 【112P】

 同名の企画展の図録。
  大津市の未指定仏像の調査成果を踏まえての企画展で、出品46躯のうち、重文9躯、県市指定5躯のほかは未指定仏。
 延暦寺、石山寺 関連の平安一木彫の未指定仏も、多く出品されている。

 「甲賀の文化財」池内順一郎 著 (S49) 山川尚文堂刊 【219P】

 甲賀郡の指定文化財すべての写真と解 説。
 彫刻については、約80体が収録されている。
 甲賀郡を代表する仏像といえば、櫟野寺十一面観音坐像、善 水寺薬師如来像、大岡寺薬師如来像あたりになろうが、びっくりしたのは「櫟野寺十一面観音は秘仏で、寄木造の彩色像と報告されている」と記され、写真が掲 載されていないこと。
 この像は、33年に一度の開扉であったが、この頃には、厳格に秘仏となっていたのだろう。
  今では、春秋には一定期間開扉されるし、写真はどんな本にも掲載されるようになっている。
 
百済寺・十一面観音立像       櫟野寺・十一面観音坐像

 「近江の美術と民俗」宇野茂樹 編 (H6) 思文閣出版刊 【317P】

 近江の仏像本紹介の最後は、近江仏像彫 刻研究の第一人者・宇野茂樹の古稀記念論集で、締めくくりたい。
 滋賀県下の博物館、美術館等の学芸員など20余名による、近江美術 文化の論集。
仏像については、「近江における平安時代の神像」「渡岸寺十一面観音立像小考」など、8編が収録されている。



 


       

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