埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第四十九回)

  第十二話 地方佛〜その魅力にふれる本〜

《その4》各地の地方佛ガイドあれこれ  【中部編】
 【12-3】

 東海地方の仏 像

 「仏像を旅する 東海道線」清 水真澄編 (H2) 至文堂刊 【279P】

 東海の仏像についての、まとまった写 真・解説は本書。
 「東海地方と近江の仏像〈清水真澄〉」「静岡県の仏像〈日比野秀雄〉」「愛知県の仏像〈小嶋泉〉」というテーマ で、東海の仏像が解説されている。

 「明るく伸びやか」「素朴で穏やかな」などといった表現が似つかわしい、そ んなイメージがする東海地方の仏像。
 「東海の仏像を語るとすれば、どんな仏像がピックアップされるだろうか?」
  本書のページをパラパラと繰りながら、思い浮かべてみた。

 
美江寺・十一面観音像         甚目寺・観音像

 まずは、天平の乾漆仏二体。
  脱乾漆・美江寺十一面観音像と木心乾漆・秘仏甚目寺観音像(頭部のみ乾漆)をあげたい。〜ここでは岐阜県も東海の括りに入れてみた〜
  甚目寺は、名古屋駅の東北ほど近いところにあるが、本像が、乾漆像の分布では、今日残っている当地伝来乾漆像の、「東の果て」という事。
  時代は変るが、鉈彫が残る「西の果て」が、長興寺、東観音寺、高讃寺などだそうで、豊橋、常滑あたりになる。
 なにやら、このあたり が仏像文化圏も分れ目かな?と、勝手に思ってしまったりする。

 平安古佛のなかでは、伊豆河津の南禅寺諸仏、岐 阜円興寺聖観音像、延算寺薬師如来像あたりが、頭に浮かぶ。

 鎌倉期にはいると、運慶の系譜シリーズといったと ころだろうか。
運慶作が実証された伊豆韮山の願成就院阿弥陀如来・不動三尊像や、運慶作とみられる岡崎滝山寺観音梵釈三像、運慶の 父・康慶作の富士市瑞林寺・地蔵菩薩像がある。
さらには、運慶工房の有力仏師とされる実慶作の仏像、伊豆函南町・桑原薬師堂薬師三尊 像も残されている。

 
滝山寺・帝釈天立像     瑞林寺・地蔵菩薩坐像  

 【静岡県の仏像】

 「静岡県の仏像めぐり 仏道里 あるき」大塚幹也・松浦澄江・山本直著 (H17) 静岡新聞社刊 【127P】

 素人で も、若者でも、誰でも静岡の仏像を愉しく巡りながら、仏像彫刻の世界の魅力に触れる事が出来る、ガイドブック。
 静岡南高校・美術教 師二人と、教育委員会文化財担当の共著で、高校生が描いた仏像スケッチが、尊像解説に使われていたりする。
 「スーパー仏師運慶に出 会う〜この際〈運慶通〉になる〜」「河津・南禅寺文化圏の謎に迫る」「過去と未来をつなぐ仕事・仏像修復」などの項立てで、やさしく仏像鑑賞の楽しさをナ ビゲートしてくれる本。


 「伊豆の仏像 南部編〜伊豆地 方仏像調査報告書(1)」(H4) 上原仏教美術館刊 【162P】

 上原仏教美術 館は、下田市に在り、大正製薬名誉会長・故上原正吉と夫人によって、S58年に開設された。
 本書は、標題の通りの仏像悉皆調査の報 告書で、その後の続編は未刊行。
 伊豆南部の平安から鎌倉までの仏像、59体の写真図版と調査解説書。
 南禅寺 の諸仏の写真が12ページに亘り掲載され、詳細な解説も付されている。



 「願成就院」久野健著  (S47)中央公論美術出版社刊・美術文化シリーズ 【36P】

 願成就院諸像、浄 楽寺諸像が、運慶の作であることを発見実証した、久野健の著作。

 美術文化シリーズの一冊で、ガイド的小冊子だ が、運慶作実証のいきさつなどが語られ、濃密な内容。
 「願成就院の創建と歴史、願成就院の諸像に対する従来の学説〜願成就院の諸像 と浄楽寺諸像など〜、願成就院諸像の日本彫刻史上における意義・・・・・・・」
といった項立てで、案内書の域を越えている。

 

  願成就院諸像が、運慶作であることが実証されたいきさつには、次のようなドラマチックな物語がある。

 願成就院 には、古来2枚の塔婆銘札が残されている。
 銘札には、文治2年に「檀越平朝臣(北条)時政」発願の仏像を「巧師勾当運慶」作り始め たという墨書が残されている。
 この2枚の銘札は、不動明王像、毘沙門天像の胎内から出たもので、これまでは、銘札は真正で本物だ が、当初像はその後失われてしまったと考えられていた。
 即ち、現在の仏像は、阿弥陀如来像も含め「鎌倉期の作だが、運慶の作品では ない」とされてきたのだ。
 運慶作ではないとされた理由は、運慶作の円城寺大日如来像や興福寺北円堂弥勒像などの作風に比べると、男 性的で「都らしからぬ様子」を感じさせるからであった。


 昭和34年4月、久野健は、三浦半島にある芦名・浄楽 寺の諸像を調査する。
 調査中に、毘沙門天像の頭部が首から抜け、胎内に月輪形銘札が納入されているのを発見した。
  その銘札には、なんと、文治五年に、「平(和田)義盛」を願主に「大仏師興福寺内相応院勾当運慶」が作った、と記されていた。
 そう は云っても、これだけで、この毘沙門天像が、銘札どおりの運慶作の像だという確証にはならない。しかしながら、この墨書は明らかに鎌倉時代の墨跡で、しか も阿弥陀如来像の胎内背面に一面に記されている梵字と、同筆である事が確認された。
 もともと、この阿弥陀如来の胎内にも、後筆が明 らかな「文治5年勾当運慶作」の銘札が収められている事が、知られていたが、胎内墨書と毘沙門銘札が同筆という事などから、阿弥陀如来像も毘沙門天も、間 違いなく「運慶作」とみられることとなった。
 不動明王像は、そのとき首が抜けなかったが、X線撮影で、月輪形銘札が納められている 事がわかり、その後の修理の際、毘沙門天像と同文の銘札が取り出され確認された。

浄楽寺・毘沙門天像胎内銘札     浄楽寺・阿弥陀如来坐像胎内墨書銘  

 
浄楽寺・阿弥陀如来坐像     願成就院・阿彌陀如来坐像

 
浄楽寺・毘沙門天立像     願成就院・毘沙門天立像

 この調査により、浄楽寺阿弥 陀如来像、毘沙門天像、不動明王像が運慶作に間違いないと確認されたが、実は、願成就院の諸像、即ち阿弥陀如来像、毘沙門天像、不動三尊像が、その顔立 ち、モデリング、衣文の様式などが、浄楽寺諸像のそれと、酷似しているのであった。
 そうなってくると、願成就院諸像も運慶作の可能 性は極めて高いということになってくる。
 その後の、願成就院像の調査で、不動三尊像をX線調査した処、古来伝わる不動明王像の銘札 釘跡と、X線調査による胎内の釘跡とが一致する事や、衿羯羅・制タカ2童子の胎内にも、塔婆形銘札がそれぞれ納入されている事が確認されるなどのことが明 らかになり、今では、願成就院諸像は運慶の代表作のひとつとして、認識されるに至ったのである。

 
      願成就院・不動明王像    願成就院・矜羯羅羅童子X線写真   

 この東国の運 慶作諸像の発見は、仏教彫刻史上においては、大変大きな意義を持つものであった。
 所謂、運慶様式を考えるうえで、従来知られていた 運慶作品の系譜と異なる、男性的で剛健とも云える運慶作品が出現し、青年期の円成寺大日像と、老年期の北円堂弥勒像との空白を埋める壮年期の作品を、知る ことができることになった。
 また、これらの東国武士好みともいえる諸仏像を、運慶は東国に下向して作ったのか、南都に在ったままで 作ったのかという、「下向・非下向の論争」に熱が入る事となった。
 
円成寺・大日如来坐像       興福寺北円堂・弥勒坐像

 この東国の運慶作諸像発見の物語は、この本 に詳しく綴られている。

 「仏像」 久野健著  (S36) 学生社刊 【250P】

 「運慶の発見」「運慶様式の成立」という章が 設けられ、浄楽寺、願成就院諸像調査の有様と、運慶作を実証する銘札発見などの有様が、ノンフィクションドキュメンタリータッチに生々しく綴られている。
  その時の、銘札発見などの興奮と感動が、直に伝わってきて、惹き込まれるように読ませる。




  【愛知県・岐阜県の仏像】


 「東海の仏像 北部編・南部 編」佐々木隆美著 (S33・36) 名古屋鉄道〜東海叢書〜【220P】

 愛知 県・岐阜県の78ヶ寺の仏像のハンディな解説書。
 著者は、名古屋大学教授。「専門的考証とか、様式論はなるべく省略し、専ら平明考 えたつもりである」と記しているが、コンパクトでレベル高い解説。古い本だが、当地方仏像のまとまった解説本としては、手元に置いておきたい本。

 「岐阜県の仏像」(H2)岐阜 県博物館編集発行 【96P】

 平成2年に開催された、「濃飛の仏像」展の図録を兼 ねて刊行された。
 展覧会に出品されなかった主要仏像も収録されており、県内重要文化財の仏像は網羅されている。
  美江寺乾漆十一面観音、飛騨国分寺・薬師観音、円興寺・聖観音、延算寺・薬師如来、清水寺・十一面観音、横蔵寺・大日如来深沙大将あたりが、有名どころ。
  岐阜県仏像総覧の図録として、大変重宝。
   
   円興寺・聖観音立像     延算寺・薬師如来立像


 「ふるさとの仏たち〜東三河〜  続ふるさとの仏たち」(S41・42) 東三文化会編集発行 【275P】

 東三 文化会というのは、東三河の郷土文化史を研究愛好する会なのではないかと思われるが、その東三文化会が刊行した、東三河地区に存する68ヶ寺の仏像のコン パクトでハンディな写真集(解説付)。
 東三河といえば、長興寺、東観音寺、赤岩寺、普門寺、林光寺、財賀寺、摩訶耶寺などが知られ た寺々。

 「ふるさとの仏教美術」後藤利 光著 (S38) 商志会刊 【397P】 

 本書は、尾張・三河の古寺古仏につい ての研究解説と紀行文を中心に、その他の仏教美術紀行を収録した本。
 禅林寺薬師、安楽寺諸像、普門寺諸像をはじめ、地元の仏像が詳 しく解説されている。
 著者は、一宮市出身、地元高校の英語教師の傍ら、文化財専門委員をつとめるなど文化財研究の途にも入った仁。
  本書冒頭に、中村直勝の序文があり、本書出版に至る感動物語が記されている。
それによると、著者・後藤は、これまでの執筆文を出版す るにも資金がままならぬという状況であった。後藤は、一宮に生まれ育ち、一宮の英語教師として人生の大半を一宮と共にしたが、その教え子達が、恩師の労作 を何とか一本にしてあげたいものと資金を出し合い、まさに師弟愛の賜物により、本書が刊行されたのだそうだ。

 「豊橋の寺宝 普門寺・赤岩寺展  図録」(H14) 豊橋市美術博物館編集発行 【104P】

 普門寺の阿弥陀・釈 迦如来などの平安後期諸像、赤岩寺の鎌倉期愛染明王像などが出品されたようだ。

 

 


       

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