埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第四十六回)
第十一話 地方佛〜その魅力にふれる本〜
《その3》各地の地方佛ガイドあれこれ 【関東編】
【11-4】
〈神奈川県内各地区の仏像の本〉
ここからは、神奈川県内各地区の仏像についての本
「よこはまの古寺と仏像を訪ねて」松本茂夫著 (H3) 個人出版 【166P】
横浜市の仏像を紹介した本。
市内74の古寺の沿革と安置仏像108躯(平安〜江戸)についての記述と、モノクロ写真を掲載している。
著者松本は、会社退職後のライフワークとして、半世紀に亘る趣味の写真歴を活かし、横浜市内寺院の探訪・写真記録を行い、この仏像写真資料をまとめて本書を発刊したと記している。
「仏教彫刻〜仏像と肖像〜」三山進著 (H1) 川崎市文化財団刊(かわさき叢書) 【91P】
鎌倉彫刻史研究で著名な三山進が、川崎市の仏教彫刻について、制作年代を追って解説し論じた本。
市指定以上の彫刻14ヶ寺、32躯が全て採りあげられている。
平安古佛として注目されるのは、面部が近世に修復されているものの、平安前期仏(10C)と見られる能満寺聖観音像、重文の優作、影向寺薬師三尊(11C)あたりだろうか。
「川崎市文化財図鑑」(H4) 川崎市教育委員会刊 【本文178P・図版86P】
川崎市の市指定以上文化財112件の文化財解説、専門研究の手引書として発刊。
彫刻解説には50頁余が割かれ、詳細な調査記述、参考文献が記されている。
「秦野市の仏像〜秦野市内仏像調査報告書〜」(S63) 秦野市教育委員会刊 【181P】
写真を見ていてちょっと眼をひくのは、唯一の県指定の仏像、宝蓮寺大日如来坐像(平安時代)、175Bの大像。
本像は、同寺に残る五智如来の1体で、残りの4体も同時期の制作らしい。未見だが、それなりの迫力がありそう。
「ふるさとの寺と仏像」(S52) 茅ヶ崎郷土会刊 【223P】
茅ヶ崎郷土会のメンバーが、茅ヶ崎市内42ヶ寺・約200体の仏像を写真帖にした写真集。
全て鎌倉以降仏で、写真で見る限り、これといった仏像はないようだ。
「宝城坊の薬師三尊」堀口蘇山編 (S10) 芸苑巡礼社刊 【89P】
「日向薬師」渋江二郎著 (S40) 中央公論美術出版刊 【39P】
宝城坊薬師三尊像。
弘明寺十一面観音像、天台寺聖観音像と並び称せられる鉈彫りの優作である。
この仏像を、初めて観ることができたのは、昭和46年秋、東京国立博物館で開催された「平安彫刻展」。
「これが、未完成・完成作の議論のある鉈彫像か。それにしても頭と顔がでかくて、妙にアンバランスな仏像だな。でも、どういうわけか存在感が有るなあ・・・」
この像の前に立っての、第一印象であった。
素木で荒彫り、決して彫技や造形が優れているとは思わないが、像から発する一種不可思議な魅力というか、惹きつける磁力のようなものを感じた。
きっと、この像はお堂の中の厨子に祀られたところで拝すると、もっともっと強くあやしく惹きつける魔力を発するに違いないと感じた。
その後、数度日向薬師を訪れたが、残念ながら限られた日(1月1〜3・8日、4月15日)のご開帳で、厨子は閉じられており、その姿を拝することはできなかった。
日向薬師・薬師三尊像
堀口蘇山編「宝城坊の薬師三尊」は、解説論考、紀行の寄稿集。
冒頭、正木直彦の序文には
「本尊薬師三尊は、古来秘仏として、霊扉堅く鎖され、何人も曾て拝膽すること得ざりき。
然に這般芸苑巡礼が特別の機縁により、深秘の鑰を排し扉を開きて、霊佛を拝し渇仰を醫することを得たるは、恂に慶讃に堪へざる處なり。」
と記されており、その頃は、絶対秘仏に近い状況にあったようだ。
本書には、「宝城坊鉈彫薬師三尊の技法的考察」という仏像彫刻家・関野聖運の論考が、掲載されており、
「所謂鉈彫は我等の祖先の製作過程を遺品によって具体的に指示することが出来る如く、完成への途上にあるものであることは異論は無い思ふ。」
と、未完成論を主張している。
渋江二郎著「日向薬師」は、中公美術の美術文化シリーズの一冊で、寺史と仏像の綜合解説書。
渋江は、完成・未完成両説あるとして、明言を避けている。
その後、久野健が、鉈彫りの総合的研究書を発刊。
「鉈彫」久野健著・田枝幹宏写真(S51) 六興出版刊
本書で、その研究成果から、鉈彫は意識的に鑿目残しそれが様式となったもので、東国関東に集中しているのは、素木の荒彫りが東国人の荒々しい気性・好みに合っていたことによるという「鉈彫完成作品説」を主張。
今では、完成作品と見ることが一般化しているようだ。
久野は、本書「あとがき」で、堀口蘇山編「宝城坊の薬師三尊」出版のいきさつにふれ、このように記している。
「鉈彫りの仏像には不思議な魔力がある。ひとたび、鉈彫に魅惑された人は、熱病にでもかかったように、つぎからつぎに鉈彫を見てまわらないことには、おさまらないようになる。・・・・・・・・・・
昭和十年ごろに、芸苑巡礼社という古美術同好会があった。
当時の古美術の専門家や実技家の案内で、関東の古寺をまわって歩いたが、そのうち次第に鉈彫に魅せられ、他の寺は省略して宝城坊や弘明寺に集中して巡礼するようになり、その成果は、「宝城坊の薬師三尊」や「弘明寺十一面観音像」という本にまとめられ出版された。」
文中の「弘明寺十一面観音像」という本は、めったにお目にかかれない本で、長年探しているのだが、私も数年前に古書店の目録で一度見かけたのみ。
あわてて注文したが、残念ながら入手できず、その後も見かけたことが無い。
日向薬師・薬師如来坐像 弘明寺・十一面観音立像
【鎌倉の仏像】
さて、関東の仏像の締めくくりは、「鎌倉の仏像」ということになるだろう。
鎌倉には、鎌倉彫刻の優作はたくさんあるが、「地方仏」というテーマには、少々似つかわしくない。
また、鎌倉の古寺古仏についての本は、ここで紹介するには、あまりに数多くの本が出版されている。
そこで、ここでは「鎌倉の仏像」の概説書、専門書、写真集のそれぞれについて、私がこの本が一番と思う本を紹介して、この稿を終えることとしたい
〈概説書〉
「鎌倉の彫刻」三山進著 (S41) 東京中日新聞出版局刊 【218P】
少々古い本だが、鎌倉の仏像について、平明な文章、高水準な内容でまとめられた本は、この本が一番だと思う。
著者は、鎌倉彫刻研究では第一人者の三山進。鎌倉国宝館学芸員を経て跡見女子学園教授、鎌倉彫刻についての著作は多数。
「鎌倉彫刻の流れ(古代から江戸仏師まで)、仏像(写真)解説、社寺案内、鎌倉彫刻史年表」という項立てになっており、写真も豊富、内容も充実している。
「鎌倉地方の仏像〜日本の美術〜」田中義恭編 (S59)至文堂刊 【101P】
充実した内容で定評ある至文堂・日本の美術の、地方別彫刻シリーズ(全6冊)のうちの一冊。
本書の項立てを見ると「東国の平安彫刻、東国における運慶の造像と東国下向、運慶以後、鎌倉大仏、建長以後の鎌倉彫刻、肖像彫刻」となっており、鎌倉の仏像を、東国の古代仏像の流れから、時代を追って体系的に論じ解説されている。
鎌倉彫刻を、総合的視点から俯瞰できる、お薦めの一冊。
〈専門書〉
「鎌倉彫刻史の研究」渋江二郎著 (S49) 有隣堂刊 【271P】
鎌倉国宝館・館長を長らく務めた、渋江二郎の遺稿論文集で鎌倉彫刻に材をとった主な論文が収録されている。
渋江は、鎌倉を中心とした東国の彫刻史研究では、よく名を知られた人。
70頁余の「鎌倉地方仏像彫刻概説」(S39初版)をはじめ、浄楽寺・願成就院の運慶像、満願寺諸像、東慶寺観音像などについての論考、19編が収録されている。
「鎌倉彫刻史論考」三山進著 (S56) 有隣堂刊 【342P】
先に紹介した、三山進の鎌倉彫刻に関する論文集で、20編の論考が収録されている。
「鎌倉彫刻史の諸問題、東国における成朝と運慶、宋風彫刻と土紋について」といった、鎌倉彫刻史についての論考や、主要仏像についての論考が収められ、興味深い。
〈写真集〉
「佛姿写伝―鎌倉」駒澤晃写真集 (S61) 神奈川新聞社刊 【218P】
フリーのカメラマン・駒澤が、鎌倉の古寺を訪ね、著名仏像を撮影した写真集。続編も出版されている。
クリアーだが、ソフトで自然な温かみが伝わってくる仏像写真という印象。
本書に序を寄稿している井上禅定(浄智寺住職)は
「駒澤氏の写真は、自然光か蝋燭の火でじーっと感光を待つようとり方で、それにより文字どおり真を写す作品が生まれるのであろう。」
と述べている。
駒澤も、あれこれと技術を凝らすことなくできるだけ自然光で撮影するように努めたと記しており、それが鎌倉彫刻なのにじんわりとした温かさを感じさせるのだろう。
一押しの写真集。
「佛姿写伝」より覚園寺・薬師如来像
了
参 考
第十一話 地方佛〜その魅
力にふれる本〜
〈その3〉各地の地方佛ガイドあれこれ
【関東編】〜関連本リスト〜
書名
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著者名
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出版社
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発行年
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定価(円)
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古社寺行脚
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黒田鵬心
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趣味普及会
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S28
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300
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関東古寺
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井上政次
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羽田書店
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S23
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210
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関東古寺巡礼
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井上 章
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鷺の宮書房
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S43
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400
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関東芸術紀行
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井上 章
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宝文館出版
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S38
|
320
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関東彫刻の研究
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久野健編
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学生社
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S39
|
8000
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関東古寺の仏像
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久野健監修
川尻祐治編
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芸艸堂
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S51
|
1300
|
日曜関東古寺めぐり
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久野健・後藤真樹写真
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新潮社とんぼの本
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H5
|
1400
|
わが心の木彫仏 東日本
|
丸山尚一
|
東京新聞出版局刊
|
H10
|
1800
|
東国の古寺巡礼
|
氏平裕明
|
芸艸堂
|
S56
|
1500
|
日本の鉄仏
|
佐藤昭夫
|
小学館
|
S55
|
24000
|
日本の美術〜鉄仏〜
|
佐藤昭夫
|
至文堂
|
S62
|
1300
|
鉄仏の旅
|
倉田一良
|
佼成出版社
|
S53
|
1500
|
関東の裸形像
|
堀口蘇山
|
芸苑巡礼社
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S35
|
2500
|
房総の古彫刻
|
郡司幹夫
|
隣人社
|
S43
|
380
|
石井山 竺園寺の仏像
〜十一面観音菩薩とその体内仏調査報告〜
|
久野健
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大正出版
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H2
|
3000
|
いばらきの文化財
|
茨木新聞社出版部編
|
茨木新聞社刊
|
S60
|
23000
|
茨城の仏教遺宝
|
(特別展図録)
|
茨城県立歴史館
|
H16
|
1500
|
茨城彫刻史研究
|
後藤道雄
|
中央公論美術出版社
|
H14
|
25000
|
下野の仏像
|
野中退蔵
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栃の葉書房
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S51
|
1200
|
栃木県の彫刻
|
野中退蔵
|
栃木県教育委員会
|
S52
|
非売
|
仏像を旅する 東北線
|
佐藤昭夫編
|
至文堂
|
H2
|
2480
|
深大寺金銅釈迦如来倚像
|
堀口蘇山編
|
芸苑巡礼社刊
|
S14
|
非売
|
深大寺釈迦如来像の研究
|
豊島寛彰
|
綜合出版社
|
S29
|
非売
|
深大寺及付近の歴史
|
大久保清次
|
五輪社
|
S41
|
350
|
深大寺学術総合調査報告書
|
水野敬三郎監修
|
深大寺
|
S62
|
非売
|
高幡山金剛寺 重要文化財
木造不動明王及二童子像保存修理報告書
|
鷲塚泰光監修
|
高幡山金剛寺
|
H14
|
|
関東の古刹 塩船観音寺
|
武蔵書房編集部編
|
武蔵書房
|
S45
|
500
|
小田急沿線の仏像
|
町田市立博物館図録
|
|
H9
|
|
町田市の仏像 町田市仏像調査報告書
|
町田市立博物館
|
|
S63
|
|
神奈川縣文化財圖鑑 彫刻編
|
|
神奈川県教育委員会
|
S50
|
非売
|
神奈川の彫刻
|
(特別展図録)
|
神奈川県立博物館
|
S52
|
|
仏像を旅する〜東海道線〜
|
清水真澄編
|
至文堂
|
H2
|
2480
|
神奈川の文化財めぐり
|
|
神奈川県教育委員会
|
S50
|
|
ふるさとの文化財 絵画・彫刻・書跡編
|
|
神奈川県教育委員会
|
S59
|
|
ほとけさまのお姿拝観
|
園田敏男
|
有隣堂
|
S50
|
1500
|
古仏微笑 かながわの仏像
|
山田泰弘文
湯川晃敏写真
|
朝日新聞社
|
S60
|
3300
|
かながわの平安仏
|
清水真澄
|
神奈川合同出版
(かもめ文庫)
|
S61
|
630
|
神奈川の金銅仏〜銅・鉄の仏たち〜
|
|
神奈川県立博物館
|
S63
|
|
よこはまの古寺と仏像を訪ねて
|
松本茂夫
|
個人出版
|
H3
|
2800
|
仏教彫刻〜仏像と肖像〜
|
三山進
|
川崎市文化財団
(かわさき叢書)
|
H1
|
1450
|
川崎市文化財図鑑
|
|
川崎市教育委員会
|
H4
|
1900
|
秦野市の仏像〜秦野市内仏像調査報告書〜
|
|
秦野市教育委員会
|
S63
|
非売
|
ふるさとの寺と仏像
|
|
茅ヶ崎郷土会
|
S52
|
非売
|
宝城坊の薬師三尊
|
堀口蘇山編
|
芸苑巡礼社
|
S10
|
0.12
|
日向薬師
|
渋江二郎
|
中央公論美術出版
|
S40
|
200
|
鉈 彫
|
久野健著田枝幹宏写真
|
六興出版刊
|
S51
|
38000
|
鎌倉の彫刻
|
三山進
|
東京中日新聞出版局
|
S41
|
2800
|
鎌倉地方の仏像〜日本の美術〜
|
田中義恭編
|
至文堂
|
S59
|
1300
|
鎌倉彫刻史の研究
|
渋江二郎
|
有隣堂
|
S49
|
4800
|
鎌倉彫刻史論考
|
三山進
|
有隣堂
|
S56
|
5200
|
佛姿写伝―鎌倉
|
駒澤晃写真
|
神奈川新聞社
|
S61
|
12000
|
|