埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第三十四回)

  第八話 近代法隆寺の歴史とその周辺をたどる本

《その3》昭和の法隆寺の出来事をたどって(6/6)

【8-6】

3.昭和の資材帳の編纂

 「法隆寺昭和の資材帳の編纂事業」は、法隆寺が自ら主体的に取り組んだ、文化・学術的事業として最も貴重なものではないかと、私は思っている。
 高田良信(元管長・現長老)がこれを企画したのだが、まさに、法隆寺自体が、昭和から平成へ連なる「新法隆寺学」の展開を志向している、象徴のようだ。

 昭和の法隆寺の傑出した偉人が、佐伯定胤であることには誰も異論はないと思うが、
 佐伯定胤は、「太子への信仰」を絶対的盾に、文化財の公開、調査研究には、保守的・否定的であった。
 これに対し、高田良信は、諸記録や文化財の公開、調査研究に大変積極的で、法隆寺の近代史などについては自ら調査研究した新事実や発見秘話などを、どしどし公に発表している。
 法隆寺の近代史や秘話・実話などを、詳しく記した著書も数え切れないほどで、マスコミ・TVへも気軽に登場する。
 まさに、開かれた法隆寺を目指し、それによってまた、法隆寺の文化的価値、学術的価値を一層社会的に高めんとしているように伺える。

 「法隆寺昭和資材帳の編纂」は、まさに高田良信ならではの大事業といえるだろう。

 この昭和資材帳は、現在、小学館より「法隆寺の至宝―昭和資材帳」全15巻として、大部で公刊されているが(定価・約36万円)、その編纂事業が企画されたのは昭和56年のことであった。

 法隆寺の資材帳即ち財産目録は、「天平19年勘録 法隆寺伽藍縁起並流記資材帳」があるが、これ以後本格的資材帳を編纂したという記録は無く、明治年間には、そういった計画はあったが実現には至らなかったものである。
 法隆寺は、大変物持ちの良い寺で「捨てることを知らない寺」などと称せられているが、事実、法隆寺の宝庫に未整理のまま眠っている宝物も莫大なものがあった。
 また、彫刻、絵画、版画などは、堂内深く安置されているため、一般に公開されていないものが殆んどであった。
 これらの諸宝物を、完全に整理し、将来への保存を行い、公開もしていきたいということから、聖徳太子1360年の記念事業として、昭和資材帳づくりに着手することが決定した。

 昭和56年に、太田博太郎を委員長とする「法隆寺昭和資材帳編纂委員会」が組織され、57年に調査が開始されると、その当日、偶然にも「海獣葡萄鏡」二面(唐製と和製)をはじめ、多くの貴重な鏡が発見されたため、新聞・TVに大きく報道され、大きく注目を浴びるというスタートになった。
 その後も、わが国最古の蜀江大幡や、戊子年銘(持統2年〜688〜)完形幡、金堂釈迦三尊台座裏の12文字の墨書や墨絵天部像などの発見が相次いだ。

 

 ところで、この「昭和資材帳」という名称の誕生には、こんなエピソードがあるそうだ。
 この調査の呼称として、当初「法隆寺の文化財」などが考えられていたときに、東京国立博物館・次長(当時)の西川杏太郎が「まさにこの調査は、法隆寺の昭和の資材帳ですね」と、高田に話した言葉をそのままもらい、「法隆寺昭和資材帳」をもって正式名称とすることになったそうだ。

 そうして、昭和60年、第1巻「昭和資材帳〜木彫像〜」が刊行され、それから14年かかって、平成11年、第15巻「古記録・古文書」の刊行を持って完結。法隆寺の文化財のすべてを網羅した大写真集が完成した。

 昭和資材帳編纂に関連して、是非とも、ここで紹介しておきたいのは、この本。

 「伊珂留我 法隆寺昭和資材帳調査概報」全15号 法隆寺昭和資材帳編纂所編集(S58〜H6) 小学館刊

 本書は、その名のとおり調査概報・速報だが、無味乾燥な調査報告といった類のものではない。
 内容は、新発見・新事実レポートや調査報告に加え、著名な美術史・建築史・考古学者が、毎号「私と法隆寺」という題で、研究や出来事の思い出を綴ったり、法隆寺献納宝物や若草伽藍などの特集が組まれ、関係者の回想や研究の特別寄稿がなされるなど、読み物として内容豊富かつ興味深々、貴重な本。

 

 

 4.終わりに

 明治に始まる、近代法隆寺の歴史と出来事について、長々と綴ってきたが、なかなか語り尽きることがない。

 文化財に関してこれだけ語るべき出来事、エピソードが豊富なのは、間違いなく法隆寺を置いて他にない。
 法隆寺は飛鳥白鳳の貴重な文化財の宝庫、すごい寺だと、今更ながらにつくづくと感じる。

 そして、その法隆寺が、現在のような堂々とした姿であるのには、振り返れば、明治の千早定朝管主、大正・昭和の佐伯定胤管主、この二人の功績、尽力抜きには語れぬ処であろう。
 廃仏毀釈の嵐のなかから、宝物流失の危機を救い、寺の財政を維持、現在の礎を作った千早定朝、その遺志を引き継ぎ、頑なといわれるまでの強い信念と意思で、聖徳太子の奉讃と法隆寺の復興を果たした佐伯定胤。

 

千早定朝              佐伯定胤

 定朝、定胤の人となり、功績などを語った評伝的著作を紹介して、この二人の言い知れぬ労苦や偉業に、敬意と思いを致しつつ、この稿の幕を閉じることとしたい。

 「近代法隆寺の祖 千早定朝管主の生涯」 高田良信著 (H10) 法隆寺刊

 千早定朝の第百回忌(文政6年1823〜明治32年1899)にあたって、その功績を後世に伝えたいと出版された本。
 著者・高田良信は、「定朝和上は法隆寺の苦難を一身に背負うために出家したようなものであった。・・・・・明治維新という大変革の時代に遭遇した師は、衰頽した法隆寺を復興するために表舞台に登場したのである。・・・・・・師はまさに『近代法隆寺の祖』であり、『法隆寺の救世主的存在』といっても憚らないのである。」と、あとがきで述べている。 

 「まぼろばの僧 法隆寺・佐伯定胤」 太田信隆著 (S51) 春秋社刊 

 「新・法隆寺物語」と改題、集英社文庫で復刊(S58) 260円

 本書は、法隆寺の近現代史に、佐伯定胤の生涯を重ね合わせ物語風に綴った本。
 信仰と信念の人、佐伯定胤(慶応3年1867〜昭和27年1952)を活写している。
 著者・太田信隆は、「聖徳太子の奉賛と法隆寺の復興が、定胤の終生の念願であった。
 貧苦のどん底時代に寺を担った定胤は、ある時は、宝物の一部を手放してでもという悲壮な決意で、寺を興した。文化財を守るというよりは、聖徳太子のこの寺を興隆させるために身を挺し、太子の遺風の顕揚に生涯を捧げた。」と、記している。

 

 この偉大な二人を知るには、とにかく、この2冊を読むことをお薦めしたい。
 読んで絶対損はない、必読本。

  「法隆寺秘話」 上田正二郎著 (S26) 富山房刊

  佐伯定胤の人となり、信念・心情について触れることの多い本。

 

 -了-

 


 参  考

 第八話 近代法隆寺の歴史とその周辺をたどる本

《その3》昭和の法隆寺の出来事をたどって〜関連本リスト〜

書名
著者名
出版社
発行年
定価(円)

金堂落成供養会

法隆寺・間中定泉

 


S30

非売品

斑鳩の匠 宮大工三代

西岡常一・青山茂

徳間書店

S52

2000

飛天の夢 古寺再興

長尾三郎

朝日新聞社

H2

1400

宮大工棟梁・西岡常一〜口伝の重み

西岡常一著・西岡常一棟梁の遺徳を語り継ぐ会監修

日本経済新聞社

H17

1600

法隆寺を支えた木

西岡常一・小原二郎

NHKブックス

S53

600

木に学べ 法隆寺・薬師寺の美

西岡常一

小学館ライブラリー

H2

720

蘇る薬師寺西塔

 


草思社

S56

2200

木のいのち木のこころ(天・地・人)

西岡常一・小川三夫・塩野米松著

草思社

H4〜5

4400

趣味の古建築

池田谷久吉

福音社書店

S3

1.5

法隆寺日記をひらく
 〜廃仏毀釈から100年〜

高田良信

日本放送協会

S61

750

まぼろばの僧 法隆寺佐伯定胤

太田信隆

春秋社

S51

1300

古寺解体

浅野清

学生社

S44

570

法隆寺

浅野清

アテネ文庫・弘文堂

S23

30

法隆寺の建築

浅野清

中央公論美術出版社
芸術選書

S59

2000

法隆寺重脩小志

服部勝吉

彰国社

S21

30

法隆寺建築

太田博太郎

龍吟社

S18

5.5

建築技法から見た 
 法隆寺金堂の諸問題

竹島卓一

中央公論美術出版社

S50

5000

信仰の仏画師 鈴木空如

大岸佐吉著

春秋社

H4

3914

法隆寺壁画保存方法調査報告

文部省印刷所

彰国社

T9

非売品

法隆寺の壁画

夢殿論誌編纂所

鵤故郷舎夢殿選書

S16

1.3

蛍光燈下の法隆寺壁晝

春山武松

いかるが舎

S23

150

法隆寺ノート
 美しきものとの出会い所収

井上靖

文芸春秋社

S48

1500

阿弥陀院雑記

荒井寛方

鵤故郷舎

S18

5.5

大和路・信濃路

堀辰雄

岩波文庫

S41

80

失われた金堂壁画特集
仏教芸術第4号

 


毎日新聞社

S24

250

法隆寺

町田甲一

時事通信社

S62

2800

回顧・金堂罹災

法隆寺

小学館

H10

表示なし

法隆寺 金堂炎上

遠山彰

朝日新聞社

H1

1300

法隆寺 壁画と金堂

石田茂作・亀田孜監修

朝日新聞社

S43

17000

法隆寺再現壁画

法隆寺監修

朝日新聞社

H7

2500

再現・法隆寺壁画 
 まぼろしの至宝が甦った

坂田俊文監修・NHK取材班編

日本放送協会

H4

1600

伊可留我 法隆寺昭和資材帳調査概報(全15号)

法隆寺昭和資材帳編纂所編集

小学館

S58〜H6

17920

近代法隆寺の祖 
 千早定朝管主の生涯

高田良信

法隆寺

H10

表示なし

法隆寺秘話

上田正二郎

富山房

S26

150

 

 


      

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