埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百五十五回)

   第二十六話 近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま

〈その3>明治の文化財保存・保護と、その先駆者

〜町田久成・蜷川式胤

(7-2/7)


【目次】


はじめに

1.明治の古美術・古社寺の保護、保存の歴史をたどって

2.古器旧物保存方の布告と、壬申検査(宝物調査)

・古器旧物保存方の布告
・壬申検査
・正倉院の開封調査

3.博覧会・展覧会の開催と博物館の創設

・博覧会の季節〜博物館は勧業か、文化財か?
・奈良博覧会と正倉院宝物、法隆寺宝物

4.町田久成と蜷川式胤という人

・町田久成
・蜷川式胤

5.日本美術「発見」の時代〜フェノロサ、岡倉天心の活躍

・古美術展覧会(観古美術会)の開催と、日本美術への回帰の盛上り
・フェノロサと岡倉天心

6.古社寺の宝物調査への取り組み

・日本美術の発見
・臨時全国宝物取調局による調査と、宝物の等級化

7.古社寺の維持・保存、再興への取り組み

・古社寺保存金の交付開始
・古社寺再興、保存運動

8.古社寺保存法の制定と、文化財の保存・修復

・文化財保護制度の礎、古社寺保存法
・奈良の古建築、古仏像の修理修復〜関野貞と新納忠之介〜

9.その後の文化財保護行政

・古社寺宝物の継続調査
・その後の、文化財保護に関する法律の制定




9.その後の文化財保護行政

【古社寺宝物の継続調査】

「古社寺保存法」が制定された明治30年(1897)以後も、古社寺保存会によって、古社寺宝物調査は続けられた。
岡倉天心は、官界を去った後も、終生、古社寺保存会委員の地位だけは手放さなかった。
保存会の重鎮として、精力的に古美術調査に出向くなどしており、「優れた日本美術に出会いたい、日本美術の愛護者たりたい」という天心の思いを伺うことができるように思われる。
岡倉天心が保存会委員として行った調査は、次のとおりだ。





このように、地方にも対象を拡げた古社寺宝物調査の取り組みにより、指定件数は飛躍的に増加した。
初年度指定件数が44件であった特別保護建造物は、明治末年には、約800件が指定され
初年度指定件数が155件であった国宝は、明治末年には、約2400件が指定されるに至った。

この頃の、古社寺調査のありさまについては、漆芸家の六角紫水が、詳細な調査日記を残しており、近年活字化、出版された。
明治初年に、蜷川式胤が残した調査日記「奈良の筋道」とは、また一味違った「日本美術発見の旅」のありさまや面白いエピソードを知ることができ、誠に興味深い。


「六角紫水の古社寺調査日記」 吉田千鶴子・大西純子編著 (H21) 東京藝術大学出版会刊 【332P】 2900円

六角紫水という人は、なかなか軽妙な人であったようで、「古社寺調査回想記」などは、漫談を呼んでいるようで、本当に愉しく面白い。
地方の調査が中心で、奈良京都とは違って優れた作品に出会えることは少なく、落胆の連続であったようだが、紫水にとっての「日本美術の発見」の最快事は、観心寺の秘仏・如意輪観音像の発見であった。

「観心寺の本尊は秘仏で、有名な極彩色の如意輪観音である。
拝むと、藤原式の非常に立派な彩色がその儘残っていて、その顔は、身も心も蕩ける様な素晴らしい仏像である」

と、発見の喜びを回想記に記している。

    
観心寺・如意輪観音像          六角紫水の古社寺調査日記



【その後の、文化財保護に関する法律の制定】

長かった、明治期における文化財保護保存と文化財指定についての話は、これでおしまいにしたい。
明治期のこのような古文化財の保存保護への取り組みを礎にして、今日の奈良京都の古寺や仏像、そして博物館が在る。

ちょっと付けたりになるが、大正以降、現在に至るまで、文化財保護に関する法律・制度がどのような道程をたどったのかを、おまけでざっと振り返ってみたい。


〈国宝保存法の制定〉

明治30年の「古社寺保存法」による特別保護建造物・国宝の指定は、あくまでも古社寺が所有する建造物、宝物のみを対象にしたものであった。
個人所有の宝物、国・公共団体所有の宝物は、何らの保存措置が講ぜられてはいなかった。
昭和に入り、深刻な経済不況の中で、旧大名家の所蔵していた宝物類の散逸が見られる状況にあった。
このような状況に対応する措置として、昭和4年(1929)、「国宝保存法」が制定される。
従来の特別保護建造物・国宝は、すべて国宝指定に統一され、これに加えて個人所有等の名品が国宝に指定されることとなる。

本願寺・三十六家人集
本願寺蔵「三十六家人集」が分売されるという事件もあったため、国宝の輸出移出や現状変更は、文部大臣の許可がなければできないこととした。
これにより個人所有の指定国宝も、勝手に売買できなくなった。
この「国宝保存法」による指定によって、国宝件数は飛躍的に増大する。
国宝は、宝物3,705件、建造物845件に昇った。


〈重要美術品等ノ保存ニ関スル法律の制定〉

昭和8年(1933)、「吉備大臣入唐絵詞」が海外流出し、ボストン美術館所蔵になっていたことが判明する。

吉備大臣入唐絵詞
貴重な古美術の名品が、知らぬ間に海外に流出したのは怪しからんと、国内ではマスコミも大騒ぎとなり、この絵巻を購ったボストン美術館の富田幸次郎は国賊呼ばわりされたという。
この絵巻物は、大正12年若狭酒井家売立てに出され、古美術商戸田弥七が188,900円で、手張りで落札したが、その年関東大震災がおこり、美術品どころではなくなってしまう。
誰も買い手が無く持ち越していたものを、ボストン美術館の富田幸次郎(昭和6年から東洋部長)が、大正13年に日本にきた際、これを購入したものであった。
この「吉備大臣入唐絵詞」は、国宝に指定されてはいなかった。

事件は国会でも取り上げられ、これを契機に、未指定の重要物件の海外流出を防止するため、「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」が、昭和8年(1933)に制定される。

「重要美術品に指定された物件の輸出又は移出は、主務大臣の許可を要し、許可申請があった場合、許可しない場合は国宝に指定し、そうでないときは重要美術品認定を取り消さねばならない」

というものであった。

この法律制定により、8282件が重要美術品に指定された
この重要美術品指定は、十分な調査をすることなく、兎にも角にも指定したという側面があることも事実。
今も、「重要美術品」と名付けられた文化財を目にすることがあるが、このようないきさつで指定されたものであった。


〈文化財保護法の制定〉

現在も施行されている「文化財保護法」が制定されたのは、昭和25年(1950)。
「文化財保護法」の制定には、このようないきさつがある。

敗戦後の激動のなか、戦後の混乱期に古美術品の大きな移動が起こる。
財産税の課税と超インフレが、古美術品を所有者の手から離れさせた。
津軽家の光琳作「紅白梅図」、河本家の「餓鬼草子」、久松家の「紫式部日記」などのいくつもの国宝が美術市場に出回ったほか、尾形光琳の「八ツ橋図」、海北友松の「月夜松梅図」、伊藤若冲の「鳥獣草木図」などは海外流出してしまう。

こうした文化財の保存や海外流出が問題化している矢先、大事件が起こる。
昭和24年(1949)1月、法隆寺金堂が失火により炎上したのである。
日本が世界に誇る「金堂壁画」が、無残にも焼失してしまったのであった。

    
焼失前・金堂壁画             焼失壁画前に立つ佐伯管長


この事件は国民にも強い衝撃を与え、世論は沸き立ち、文化財保存の危機に対する識者の憂慮は頂点に達する。
そして法隆寺金堂火災を契機に、法改正の動きが活発化、昭和25年(1950)「文化財保護法」が成立する。

新たな「文化財保護法」は、従来の「国宝保存法」「「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」「史蹟名勝天然記念物保存法」など、文化財保護に関する法を統合したもので、この法に基づいて従来の国宝すべては重要文化財に指定され、その中から特に重要なものが、新たに「国宝」に選定指定された。
地方の古寺の仏像などを拝むと、重要文化財なのに「国宝」という札が立っていることがあるが、それは旧来の国宝保存法による「国宝」指定がされていた名残だ。
戦後の文化財保護法による国宝を「新国宝」、旧来の国宝保存法によるものを「旧国宝」と呼ぶ場合もある。



文化財保護法施行時と現在の国宝・重要文化財指定件数は、この表のとおり。

国宝は、181件からなんと1082件へと飛躍的に増えている。
明治30年(1897)の「古社寺保存法」スタート時の指定件数が199件。
現在の重要文化財指定件数が12816件にのぼるまでに至ったのだから、隔世の感がある。

この指定件数の移りかわりを見ると、明治の文化財保存への懸命の取り組みの頃から、国民、国家の文化財への関心度、保存への意識が、ここまで高まったのだと、感慨深いものを感じる。



最後に、明治期の古文化財保存保護の歴史や有様について書かれた本を紹介して、このお話を終わりにしたい。


「〈日本美術〉の発見」 吉田千鶴子著 (H23) 平凡社歴史文化ライブラリー 【209P】 1700円

この話を書くのに、この本に一番お世話になった。定本と云っても良い。
この話で採り上げた人物、出来事はほとんど登場する。

本の帯には、
「“夫れ美術は国の精華なり”美術の国=日本の将来のため、古物保存に立ち上がった人々の物語」
とある。


副題には「岡倉天心がめざしたもの」と付され、
「明治の極端な欧化政策で危機に瀕した古物(古美術)を、岡倉天心はいかに『美術』品として再評価させたのか。フェノロサらと関わりつつ古美術保護に献身し、『日本美術』発見にいたる天心の足跡を、新史料を交え描く。」
といリード文が記されている。

説明文のとおりで、看板に偽りなしの中身の濃い本。
明治維新から始まる、明治期の古美術品、文化財の調査、保存保護の歴史とその取り組みについて、時系列に体系的に、きわめて判りやすく綴られている。
一般向けに、このテーマに絞って綴られた本は、これまでなかったように思う。
面白く興味深く、食い入るように何回も何回も読んでしまった。
「〈日本美術〉の発見」というフレーズの持つ意味・意義に、新鮮な充足感と感動をもらった。
お薦め本。


「文化財の社会史」 森本和男著 (H22) 彩流社刊 【791P】 8000円


何度も何度も登場するおなじみの本だが、近代文化財の保存や保護の歴史を、詳細に知るには、この本は欠かせない。

明治以降の文化財の破壊と保存の歴史と出来事を、詳細かつ体系的に綴られており、その記述の綿密さには感服してしまう。

本テーマについても、「勧業の古器物から美術の宝物へ」「古社寺保存制度の展開」「各地でおきた古社寺保存運動」「古社寺保存法の成立と国民国家」という章が設けられている。



「東京国立博物館 目で見る120年」 (H4) 東京国立博物館刊 【112P】



同名の特別展の図録。


明治初期の博覧会、壬申宝物検査、上野の博物館に至るまでの博物館などの貴重な写真が豊富に掲載されている。
明治の古文化財保存と博物館の歴史が眼で楽しめる。





「文化財保護のあゆみ」 (S35) 文化財保護委員会編刊 【734P】 非売品

「文化財保護法十周年記念事業の一つとして、施行後10年間の業績と、明治以来の文化財保護のあゆみを明らかにするため、本書を刊行することにした。」
と、刊行の辞に書かれている。


古器物保存方から現在の文化財保護法に至るまでの歴史が、きわめて詳細に記されている。
発刊趣旨からいって、愉しく読めるといったものではなく、歴史的経緯と事実が丁寧に綴られた本だが、文化財保護行政のあゆみを知り、諸データを確認する資料としては貴重な本。



やっとのことで、息切れを何度もしながら「明治の文化財保存の歴史とその先駆者の物語」を書き終えることができた。
お話としては、随分に冗長で単調、面白味の少ないものになってしまったようで、反省しきりである。

書いている本人にとっては、ここに登場する人々に、ついついのめり込んでしまったというのが本音の処。

・明治維新の混乱、荒廃期から、文化財の保存や博物館建設に大志を以って立ち上がった、町田久成、蜷川式胤。

・日本美術の発見、発掘に熱情を注ぎ、宝物調査に取り組んだ、岡倉天心、フェノロサ。

・奈良の古建築の調査・修理修復に、在任中全身全霊をかけて没入した、関野貞。

・古仏像の修理に、奈良の地に身をうずめて生涯をかけた、新納忠之介。


これらの人々の成し遂げた偉業やそれに至る苦難を、知れば知るほど、ついつい彼らへの思い入れが強くなり、読んでいただいている方々のことに考えが及ばず、筆が走りすぎてしまった。

明治維新以来、古文化財の保存保護に力を尽くした人々に思いを馳せながら、この話をおしまいにしたい。







 参  考
  第 二十六話近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま
 〈その3〉 明治の文化財保存・保護と、その先駆者〜町田久成・蜷川式胤 

〜関連本リスト〜

書名
著者名
出版社
発行年
定価(円)
「奈良の筋道」 蜷川式胤  米崎清美編

S62
13000
正倉院小史
安藤更生
校倉書房
S47
850
追跡!法隆寺の秘宝
高田良信・堀田謹吾
徳間書店
H2
1800
博物館学人物史(上)
青木豊・矢島國雄編
雄山閣
H22
4400
博物館の誕生〜町田久成と東京帝室博物館〜
関秀夫
岩波新書
H17
780
好古家たちの19世紀
鈴木博之
吉川弘文館
H15
3900
観古図説〜陶器之部
蜷川式胤
歴史図書社
S48
130000
フェノロサ―日本美術に献げた魂の記録
久富貢
理想社
S32
300
フェノロサ(上・下)―日本文化の宣揚に捧げた一生
山口静一
三省堂
S57
11000
フェノロサと明治文化
栗原信一
六芸書房
S43
1900
岡倉天心―物ニ観ズレバ竟ニ吾無シ
木下長宏
ミネルヴァ書房
H17
2500
天心岡倉覚三
清見陸郎
中央公論美術出版
S55
5000
岡倉天心
宮川寅雄
東京大学出版会
S47
900
建築史の先達たち
太田博太郎
彰国社
S58
2200
建築の歴史学者 関野貞
関野克
上越市立総合博物館
S53

関野貞 アジア踏査
藤井恵介他編
東京大学出版会
H17
6500
新納忠之介五十回忌記念 仏像修理五十年

美術院
H15
非売品
新納忠之介展〜仏像修理にかけた生涯

鹿児島市立美術館
H16

六角紫水の古社寺調査日記
吉田千鶴子・大西純子編
東京藝術大学出版会
H21
2900
〈日本美術〉の発見
吉田千鶴子
平凡社
H23
1700
文化財の社会史
森本和男
彩流社
H22
8000
東京国立博物館 目で見る120年

東京国立博物館
H4

文化財保護のあゆみ
文化財保護委員会編
文化財保護委員会
S35
非売品




 


       

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