埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第十二回)
近代日本の仏教美術のコレクターたちの本 (4/4)
3.日本美術の海外流出とそのコレクターたちをたどる本
これまで紹介した人物のほかにも、さまざまな外国人コレクターが、日本美術を蒐集した。
ここでは、近代日本の美術品流出の歴史とコレクターたちをたどる本を、追ってみたい。
《日本美術流出の歴史を知る本》
「日本美術の流出」瀬木慎一著(S60)駸々堂出版刊
『鎖国を超えたJAPAN』『輸出商の登場と日本ブーム』『輩出する欧米の大コレクター』という章立てで、記されている。
浮世絵を中心とする日本美術のヨーロッパ流出にウェイトが置かれているが、江戸から昭和までの美術流出の歴史とコレクターたちのことを、ポイントをおさえてトータルで知ることが出来る好著。
物語風に読みやすい本。
ゴンクール、ギメ、キヨッソーネ、ビングなどのコレクターと林忠正、小林文七などの美術商の話が、丁寧に書かれている。
「アメリカが見た東アジア美術」ウォレン・I・コーエン著 川嶌一穂訳(H10)スカイドア刊
アメリカにある日本と中国の美術品コレクションが、どのように形成されて行ったかを、鍵となる人物を中心に時代を追って詳述した本。
明治期のコレクターたちの話の他、これに続く大正昭和期の人々と蒐集の話が、しっかりとした調査研究を基に、詳しく記されており、
「フリーアとウォーナー、ロッジ、ファーガソン」「フラーのシアトル美術館とシャーマン・リー」「山中商会の次代を担う繭山竜泉堂」などについても、よく知ることが出来る。
また、「日本美術の恩人」とされている人物についても、彼等の行動への著者の倫理的判断が下されており、その欠点も含めて等身大に描かれており興味深い。
関連本としては
「アメリカに渡った仏教美術」今井雅晴著(H10)自照社出版刊
フィラデルフィア美術館客席研究員であった著者が、フェノロサ遺愛の百数十点の館蔵日本美術品の来歴をたどるほか、フィラデルフィア美術館の仏教美術品について記した本。
「美術商のよろこび」繭山順吉著(S63)
繭山龍泉堂は、前記コーエンの本で紹介したように、第二次大戦で国際美術商として決定的打撃を受けた山中商会の、次代を担った美術商といわれる。
本書は、龍泉堂二代目繭山順吉が、五十年余の美術商人生で取り扱った名品約50点の、写真とそのいきさつ因縁を丁寧に記した本。
益田鈍翁旧蔵、普賢菩薩画像(平安時代)を、フリーア美術館に納入した話(S38)。
国華118号掲載、益田鈍翁→細見良旧蔵、不空絹索観音画像(鎌倉時代)を、大英博物館に納入した話(S43)。
当麻曼荼羅図(鎌倉時代)が、ブランデージコレクションとなったいきさつ(S36)。
長尾欽弥旧蔵、天龍山石窟如来倚像(唐、重要文化財)を、ボストン美術館富田幸次郎に売約した所、文化財保護委員会から「待った」の声が掛かり、和辻哲郎らの委員が来店、東博購入となり今も東洋館に陳列されている話(S20年代)。
のほか、
陶磁器、絵画などを中心に、重文級名品の売買いきさつ話が、興味深く語られている。美術品移動資料としても貴重。
こうした流出美術品を、眼で見る手頃な写真誌は、
「海外へ流出した秘宝」別冊太陽21号(S52)平凡社刊
写真のほか解説、読み物も大変面白く必携書。
《コレクターたちを知る本》
「日本美術の恩人たち」矢代幸雄著(S36)文芸春秋社刊
美術史学界の大物、矢代幸雄(大著「日本美術の特質」の著者、大和文華館初代館長)の著。
チャールス・フリーア、ロ−レンス・ビニヨン(大英博物館東洋部長)、アウリティ(イタリア大使)、オット・キュンメル(ドイツ博物館総長)、ジョルジュ・サル(ルーブル博物館長)、フェノロサ、ビゲロー〜、リチャード・フラー(シアトル美術館長)、ティコティン(日本美術商)、ラングトン・ウォーナー、
などの、
思い出話、功績、エピソード、人となりが、愛情と敬愛を込めて語られている。
矢代は、本書執筆の動機を、次のように記している。
(外国人コレクターたちについて、日本美術を安価に購って、海外流出させた人達としてみるのではなく)
「日本美術の真価や素晴しさを理解し、それに対する愛を感じ、これを熱心に世界の人々に伝えたり、説いてくれた人々、即ち私が茲にいう《日本美術の恩人》や友達が幾人かあった。・・・・こういう人々の好意や努力が自然に堆積して、日本美術を次第次第に世界に解らせる地層を用意してくれているのである。・・・・・これらの《日本美術の恩人たち友人たち》を思い出してみる事は、その人々に対して日本人としての感謝の意を捧げることになろうし・・・・」
日本美術の蒐集や保存に関わった人物たちの足跡、功績を知るには、最適の書。
フリーアについて、書かれた本には他にも次のものがある。
『日本美術の推賞者、チャールズ・L・フリーア氏について』「私の美術遍歴」矢代幸雄著(S47)岩波書店刊所収
『チャールズ・ラング・フリーア』「ビッグ・コレクター」(S54)瀬木慎一著新潮社刊所収
「日本美術蒐集記」ハリー・パッカード著(H4)新潮社刊
ハリー・パッカードは、戦後最大の個人収集家といわれている。
とはいっても、パッカードは資産家、事業家という人物では無く、米軍の日本語専門将校であった。その後、米国奨学金で何とか早稲田大学へ通うなど、一般人とさほど変わらぬといった処。
このパッカードが、昭和21〜2年ごろから35〜6年頃にかけ、日本の古美術界に大旋風を引き起こす。戦後のインフレと財産税に苦しんだ蒐集家たちから、古美術品が大量に売りに出された時期、俊敏に立ち回って自らのコレクションを作り上げた。
このコレクションは、現在メトロポリタン美術館にある。「パッカードコレクション」の名前を残すことを条件に、市価の半額で譲渡された。
この本は、そのコレクション歴と蒐集のエピソードなどを自ら綴ったもの。
『仏教美術の蒐集』や『蔵王権現をめぐる駆け引き』の章では、奈良博上原昭一との購入を巡る駆け引きなどが、活き活きと語られ面白い。
《ウォーナー神話をめぐって》
ウォーナー神話あるいは伝説と呼ばれる、美談物語をご存知であろうか?
いわゆる「ウォーナー神話」とは、
「奈良、京都が空襲、戦災から免れ、貴重な文化財が無事であったのは、ウォーナー博士のお陰である。
ウォーナーは、米国政府のロバーツ委員会に、日本の重要な文化財を網羅したウォーナーリストを提出し、爆撃を控えるよう働きかけ、奈良京都を戦災から救った。」
というものである。
ウォーナーに感謝し、その功績をたたえる記念碑は、国内に法隆寺をはじめとして六つも建立されている。命日になると、欠かさず法要を営む寺院なども存在している。
よく知られている話で、日本人にとっては、一番の「日本美術の恩人」と呼ばれるべき人物といえるのであろうか?
ウォーナー(1881生まれ)は、ハーバート大卒業後来日、岡倉天心に師事。後ボストン美術館、クリーブランド美術館を経て、フィラデルフィア美術館長となる。その後、フォッグ美術館長として、しばしば訪中訪日。
「推古彫刻」「日本彫刻史」「不滅の日本芸術」などの著書がある。
この「感動のウォーナー神話」は、実は「全くの事実無根の作り話」であった、と聞かされると、その耳を疑うに違いない。
そんな馬鹿な!学校で先生から、心を撃つ感動物語として教えられたのに。
残念ながら、現在では、ウォーナー神話には、きちっとした検討が加えられ、全く根拠無き話であることが検証確定されている。
さりとて、この美談、ウォーナーや米国サイドがでっち上げた話ではなく、日本サイドの全くの善意からの思い違い、好意の余りの独り善がり、誤解に起因するものであった。
ウォーナー自身も、生前これを「むきになって否定」していたとのことである。
このいきさつをたどる本を紹介して、「外国人コレクターたち」の話の幕を閉じることとしたい。
ウォーナー神話がはじめて紹介されたのは、昭和20年11月11日付朝日新聞。
「京都・奈良無傷の裏 作戦、国境も越えて『人類の宝』を守る。米軍の影に日本美術通」
という見出し記事が載せられた。
この美談を持ち込んだのは、先に紹介した矢代幸雄。
矢代が、「ウォーナーの功績とそのいきさつ」を述べた本は
『ラングトン・ウォーナー』「日本美術の恩人たち」矢代幸雄著(S36)文芸春秋社刊所収
『敗戦、進駐軍の美術保護、ウォーナーのこと』「私の美術遍歴」矢代幸雄著(S47)岩波書店刊所収
矢代は、GHQ文教部長ヘンダーソンから聞いた話から、この神話ストーリーを、まさに善意と好意で紹介した。
これが、国内で大変な感動と反響を呼び起こし、ウォーナーを顕彰し、感謝の気持ちを表そうという動きが高まる。
一方ウォーナーは「自分がどうこうしたのではない。恩人とは恥ずかしい」と強く否定するのだが、「東洋風な謙遜ぶり」などと報道され、益々神話化していった。
『ウォーナー神話の検討』「古寺辿歴」町田甲一著(S57)保育社刊
では、
このウォーナー神話が誤りで、善意の勇み足であることが触れられている。
ウォーナー神話を徹底検証し、その虚構性を明らかにした本がある。
「京都に原爆を投下せよ〜ウォーナー伝説の真実〜」吉田守男著(H7)角川書店刊
本書の帯の紹介文には
「第二次大戦下、100万都市京都が無傷で残った。それは、文化財ゆたかな古都だから(ウォーナー伝説)ではない。それどころか、投下第一目標は京都だった。〈原爆〉と〈ジェノサイド爆撃〉の間で翻弄された京都。『平穏な京都』の裏でたたかわされたアメリカの軍・政府内の葛藤を活写する。」
とある。
著者は、
京都が爆撃を逃れたのは、奈良京都の文化財を守ろうという、所謂〈文化財保護説〉によるものではない。事実は、京都が原爆投下の主目標として一貫して狙われ続けていたことと、深く関わっている。米軍では、原爆投下の目標候補に指定された都市には、通常爆撃が一切禁止されていた。そのために京都は、結果として、本格的な空襲を免れたのである、
と結論付けている。
ウォーナー神話の発生とそのいきさつをたどりつつ、事実を検証した、興味あふれる注目の書、必読。
ところで、ウォーナーは「日本美術の恩人」と称される一方、その行為が厳しく批判されてもいる。
敦煌石窟から壁画26面を剥ぎ取り、唐代塑像数体と共に持ち去ったことは、芳しからぬ行為として知られる。
また、コーエンは先に紹介した「アメリカが見た東アジア美術」のなかで、
「非西洋文化圏の美術品を蒐集する際に、しかるべき倫理規範が欠けていると、さまざまな誘惑に勝つのは難しいようだ」「美術界の偉大な冒険家にして略奪者、話し上手にして教師という伝説的な人物ラングトン・ウォーナー」
と述ている。
そうはいっても、我が国では、日本美術を愛するよき友人として親しまれ、敬愛されているウォーナー。
その良き人となりと人柄について、愛情を込めて書かれた心温まる本を紹介し、締めくくりとしよう。
『ウォーナーのことども』「忘れえぬ人々」矢代幸雄著(S59)岩波書店刊
「奈良登大路町」島村利正著(S47)新潮社刊
「日本美術の流出」という言葉。
どうしても、「よろしくないこと」といった、否定的な語感を感じさせるし、心情的には、「もったいないことをした」「残念」という気持ちになる。
でも、大英博物館やルーブル美術館で、世界の名品を鑑賞できるのは、この「流出〜略奪?〜」のお陰だし、国内の博物館、美術館で、居ながらに「中国など東洋美術の名品」「西欧名画」を愉しめるのも、「逆流出」のお陰に他ならない。
我々はどのような視点で、在外の古美術名品とそのコレクターたちを、受けとめていくべきなのであろうか?
-了-
参 考
仏教美術を蒐集した外国人とその周辺をたどって〜関連本リスト
書名
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著者名
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出版社
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発行年
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定価(円)
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名品探索百十年、国華の軌跡
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水尾比呂志
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朝日新聞社
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H15
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非売品
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拈華微笑−仏教美術の魅力−
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田邊三郎助解説
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ロンドンギャラリー
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H12
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2500位
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大茶人益田鈍翁
(奈良古物と益田翁)
|
大閑堂玉井久次郎
|
学芸書院
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S14
|
3.60
|
日本文化史(第7巻明治時代)
|
辻善之助
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春秋社
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S45再刊
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1000
|
回顧七十年
|
正木直彦
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学校美術協会出版部
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S12
|
2.50
|
名品流転(岡倉天心から横取りした毘沙門天像)
|
三山進
|
読売新聞社
|
S51
|
2500
|
大和百年の歩み(文化編)
|
|
大和タイムス社
|
S46
|
4000
|
モースの発掘〜日本に魅せられたナチュラリスト〜
|
椎名仙卓
|
恒和出版
|
S63
|
1400
|
東洋美術史綱(上・下)
|
フェノロサ・森東吾訳
|
東京美術
|
S53
|
7200
|
フェノロサと明治文化
|
栗原真一
|
六芸書房
|
S43
|
1900
|
フェノロサ〜日本文化の宣揚にささげた一生〜(上・下)
|
山口静一
|
三省堂
|
S57
|
11000
|
フェノロサ〜日本美術の恩人の影の部分〜
|
保坂清
|
河出書房新社
|
H1
|
1600
|
フェノロサ〜日本美術に献げた魂の記録〜
|
久富貢
|
理想社
|
S32
|
300
|
フェノロサと魔女の町
|
久我なつみ
|
河出書房新社
|
H11
|
1600
|
日本美術の恩人ビゲロー略伝「古美術35号」
|
村形明子
|
三彩社
|
S46
|
1200
|
画商林忠正
|
定塚武敏
|
北日本出版社
|
S47
|
850
|
海を渡る浮世絵〜林忠正の生涯〜
|
定塚武敏
|
美術公論社
|
S56
|
1800
|
林忠正とその時代
|
木々康子
|
筑摩書房
|
S62
|
2900
|
山中定次郎傳
|
|
故山中定次郎傳編纂会
|
S14
|
非売品
|
名品流転〜ボストン美術館の日本〜
|
堀田金吾
|
NHK出版
|
H13
|
1900
|
岡倉天心
|
宮川寅雄
|
東京大学出版会
|
S47
初版S31
|
900
|
岡倉天心アルバム
|
茨城大学五十浦美術文化研究所
|
中央公論美術出版社
|
H12
|
3800
|
日本美術の流出
|
瀬木慎一
|
駸々堂出版
|
S60
|
1500
|
アメリカが見た東アジア美術
|
ウォレン・I・コーエン
川嶌一穂訳
|
スカイドア
|
H10
|
3300
|
アメリカに渡った仏教美術
|
今井雅晴著
|
自照社出版
|
H10
|
1500
|
美術商のよろこび
|
繭山順吉
|
私家版
|
S63
|
非売品
|
海外へ流出した秘宝(別冊太陽21号)
|
|
平凡社
|
S52
|
1600
|
日本美術の恩人たち
|
矢代幸雄
|
文芸春秋社
|
S36
|
850
|
私の美術遍歴
|
矢代幸雄
|
岩波書店
|
S47
|
2000
|
ビッグ・コレクター(チャールズ・ラング・フリーア)
|
瀬木慎一
|
新潮社
|
S54
|
800
|
日本美術蒐集記
|
ハリー・パッカード
|
新潮社
|
H4
|
2800
|
古寺辿歴(ウォーナー神話の検討)
|
町田甲一
|
保育社
|
S57
|
3800
|
京都に原爆を投下せよ〜ウォーナー伝説の真実〜
|
吉田守男
|
角川書店
|
H7
|
1300
|
忘れえぬ人々(ウォーナーのことども)
|
矢代幸雄
|
岩波書店
|
S59
|
3000
|
奈良登大路町
|
島村利正
|
新潮社
|
S47
|
700
|
|