埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百十二回)

  第二十一話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その4〉  仏像の素材と技法〜木で造られた仏像編〜


 【21−6】
 この辺で、ここまでの「平安初期木彫発生の謎」についての話に関する本を紹介しよう。

「唐招提寺論叢」 (S19) 桑名文星堂刊 【171P】 8.55円
〜 金森遵「唐招提寺様木彫像に就いて」所収〜

 書名のとおり、唐招提寺について12人の論考や随想が掲載されている。
「平安木彫・唐招提寺木彫群影響説」の嚆矢といえる金森の所論のほか、福山敏男の「唐招提寺の造営」という論考をはじめ、会津八一「唐招提寺雑詠」、北川 桃雄「境内逍遥」大塚五朗「唐招提寺の一夜」といった歌、随想なども幅広く収録された本。


「平 安初期彫刻史の研究」久野健著 (S49)吉川弘文館刊 【2分冊806P】43000円
〜 「大仏以後〜平安初期彫刻の一考察〜」 所収〜
「日 本仏像彫刻史の研究」 久野健著 (S59) 吉川弘文館刊 【561P】 20000円
〜 「平安初期木彫の誕生」 所収〜
「仏 像」 久野健著  (S36) 学生社刊 【250P】 480円
〜 「貞観木彫誕生の秘密」 所収〜

 

 久野健の「木彫民間発生説」についての詳しい論考が掲載されているのが、この3冊。
 「平安初期彫刻史の研究」は、久野の平安初期彫刻史に関する研究論考の集大成本。
 センセーションを巻き起こした論考「大仏以後」をはじめ、平安初期彫刻に関する16篇の論考が所載されており、久野の平安初期彫刻論のすべてを知ること ができる。

 「日本仏像彫刻史の研究」は、久野が三十数年間にわたって専門誌に発表した論考のうち、34篇を自ら選んで論集とした本。
 「平安初期木彫の誕生」は、「大仏以後」をはじめ、平安初期木彫発生に関する諸論考の総まとめとして、所論を簡潔に記したもの。
 久野の「木彫民間発生説」の主張する処が、わかりやすく整理して理解することができる。

 「仏像」は、久野の代表的論考を、一般愛好者向けに、平易かつ物語風に綴った本。
 所載の「貞観木彫誕生の秘密」は、前記の「平安初期木彫の誕生」を、平易に書き直した内容になっている。



「日 本古代における木彫像の樹種と用材観〜7・8世紀を中心にTI・II」(MUSEUM555・583)金子啓明、岩佐光晴、能代修一、藤井智之、共同研究 (H10・15)東京国立博物館刊
「特 別展 仏像〜一木にこめられた祈り〜」 (H18) 東京国立博物館刊 【284P】
〜 金子啓明「木の文化と一木彫」 岩佐光晴「初期一木彫の世界」 所収〜
「平 安前期の彫刻〜一木彫の展開〜(日本の美術457号)」 岩佐光晴著 (H16) 至文堂刊 【98P】 1571円


 この3冊は、平安初期木彫が「カヤ材」で造られていることを実証した、科学的調査研究の結果と、それに基づく平安初期木彫(一木彫)の成立を論じた本。

 

 「特別展 仏像〜一木にこめられた祈り〜」は、H18に、東京国立博物館で開催された通称「一木彫展」の図 録で、図版・論考ともに誠に充実した内容。
 「一木彫展」は、S46年開催の「平安彫刻展」の再現か、それにも勝る近年にない超圧巻の仏像展で、渡岸寺十一面観音像を始め、これぞという極めつけの 平安初期木彫の目白押しで、一木彫の迫力と魅力を心行くまで堪能させてくれるものであった。
 「平安前期の彫刻」は、新たな研究発見成果を採り入れて、一木彫の成立と展開を総括的に述べた本。
 岩佐は、平安一木彫を、檀造系、奈良系、天台系、真言系の4つの類型に区分して論述している。


 「平安初期木彫誕生の謎」の話も、だいぶ長くなり、少々疲れ気味という処。
もう少し頑張って、この他の研究者による「平安初期木彫の誕生・成立をテーマにした本」を、出来るだけ紹介しておきたい。


「古 佛〜彫像のイコノロジー〜」 井上正著 (S61) 法蔵館刊 【230P】 7800円
「7−9 世紀の美術」 井上正著 (H3) 岩波書店刊 【132P】 1900円
「出 現!謎の仏像〜美術史の革命・知られざる古代仏登場〜」芸術新潮H3年1月号特集 新潮社刊 1300円
「謎 の仏像を訪ねる旅〜出現!謎の仏像第2弾〜」芸術新潮H3年2月号特集 新潮社刊 1300円

 


 井上正は、久野健「木彫民間発生説」のはるかに先を往く、誠に大胆奇抜な説を提唱している。
 「平安初期〜中期といわれる一木彫のうち、奈良時代の制作と考えられるものが数多くある」との主張だ。
 しかも、それらの仏像は、強烈なインパクト・迫力があり、アクが強い異形・異容な仏像ばかり。
 井上正によると、これらの仏像のある寺々の開基伝承などを踏まえると、次のように制作年が一気に遡る。

制作推定年 寺名 仏 像名
白雉2年 651 兵庫 楊柳寺 観音菩薩立像
天武2年 674 奈良 金剛山寺 十一面観音立像
霊亀2年 716 福井 羽賀寺 十一面観音立像
養老4年 720 愛知 高田寺 薬師如来立像
神亀2年 725 三重 観菩提寺 十一面観音立像
天平6年以前 734 奈良 東明寺 薬師如来立像
天平7年 735 京都 海住山寺 十一面観音立像
天平17年 745 奈良 法華寺 十一面観音立像
天平19年以前 747 奈良 東大寺四月堂 千手観音立像
宝亀10年 779 大阪 勝尾寺 千手観音立像
延暦15年 796 三重 朝田寺 地蔵菩薩立像


 井上正は、「古仏〜彫像のイコノロジー」の冒頭所載の「古密教彫像序説」で、このように主張している。

 従来の「乾漆・塑像中心の天平 彫刻の時代から、大転換が起こり平安初期木彫が発生する」という定説は、再検討の余地がある。
  即ち「一木彫の本格的成立は9世紀であり、その流れが10世紀に及んだ」という考え方だけに固定するのではなくて、「行基、泰澄、良弁などの建立になる民 間布教系の寺院で造立・安置された本尊は、7世紀後半から8世紀にかけ請来された、古密教尊像系の彫刻などをベースにした、一木彫の薬師か観音ではなかっ たか?
 奈良時代創建伝承を持つ寺院の本尊には、創建当初の一木彫が伝えられているものもあると考えるべきだ。」


 井上によれば、制作が奈良時代まで遡ることが出来る一木彫は、先にふれたように、古密教系の「霊木化現仏」と呼ぶべきもので、「霊威表現」がされた像。
 霊威表現とは、「歪みの造型」「威相」「異常な量感の強調」「部分の強調と比例整斉の否定」「尋常でない衣文表現」「化現表現」などを特徴とする表現。
 上記の表に記した一木彫仏像の造立年は、いずれも論証には程遠いが、それぞれの寺の開基伝承、本尊仏造立伝承などの語る年代が制作年となる可能性の範囲 内にある、としている。


  楊柳寺 楊柳観音像      羽賀寺 十一面観音像  観菩提寺 十一面観音像

 この大胆な説は、なかなか一般に認められるところにはなっていないようである。

 しかし、そこに挙げられている仏像の数々は、私のとっては、強く惹かれる魅力あふれる仏像ばかりである。
 これらの仏像が、本当に奈良時代まで遡り得るのかどうかは、さて置くとしても、個々に登場する仏像たちには、不思議な引力がある。

 理屈ぬきに「強烈な磁気で吸い寄せられてしまう」仏像たちだ。
これらの本に採り上げられている仏像(地方仏)のなかで、未だ、拝したことがない像がいくつかある。
 何とか、これらの仏像すべてを訪ね拝したい、というのが私の願望である。


法華寺 十一面観音像

 「古仏〜彫像のイコノロジー」は、井上の所論、古密教・霊木化現仏と考えられる仏像について「日本美術工 芸」や「学叢」に発表した研究解説から、36躯の仏像の論考分をまとめたもの。古密教・霊木化現仏の不思議と魅力を十二分に堪能できる。

 「7−9世紀の美術」は、「岩波日本美術の流れ・全7冊」の第2巻として発刊された。
 仏像を中心とする美術通史であるが、「檀像と霊木化現仏」という章が設けられており、霊木化現仏の成立についての考え方が詳しく述べられている。

 芸 術新潮の2冊「出現!謎の仏像〜美術史の革命・知られざる古代仏登場」「謎の仏像を訪ねる旅〜出現!謎の仏像第2弾」は、井上正の説に基づき、梅原猛との コラボで、奈良時代・開基伝承のある寺々の異形・地方仏の強烈なインパクトを、グラフ写真で紹介。その考え方を解説するとともに、各地の異形・地方仏を巡 る旅をガイドする、という内容。


「悔 過の芸術」 中野玄三著 (S57) 法蔵館刊 【228P】 1800円
〜 「8世紀後半における木彫発生の背景」 所収〜

 本論考は、大変よく知られた論考で、「神護寺薬師如来立像の制作事情を中心として」という副題がつけられ ている。
 井上正はこの論考について、このように評価している。

「高 雄神護寺の本尊薬師如来立像の異常な精神性に心を打たれないものはいないであろう。・・・・・・・・すでに二十余年も以前に、この奥行きに相当する部分に 光を当て、この像の持つ異常な精神性を解き明かしたのは中野玄三氏であった。この卓説はすでに古典的な名篇として声価が確定し、いまや若い世代のバイブル のようになっている。」

 中野は、神護寺薬師像について、

 道鏡を左遷失脚させた和気清麻 呂は、河内神願寺造営にあたり、道鏡の怨霊に対する 防衛を考えたに違いなく、道鏡の怨霊や一派の厭魅(咒詛)に対して、薬師如来の名号を聞いて相手の咒詛から免れよう、また逆に咒詛しようとしたと思われ る。神護寺薬師像の異様とも思える森厳な相好は、このような理由から出現した。

 とするとともに、
 平安初期木彫の発生事由については、

「8 世紀後半に仏教が固有信仰―特に怨霊の崇りをおそれる信仰と習合して、次第に木彫技術を発達させ、唐招提寺の新しい外来文化を摂取して、神護寺薬師像を中 心とする平安初期彫刻を開花させたと考えることができる。・・・・・・・その内容として盛られたものは、わが国で8世紀後半から次第に成熟してきた神仏習 合による成果であった。」

 と述べている。


 このほかにも、平安初期木彫発生をテーマにした論考・本は数多くあり、その一つ一つの内容について紹介していくと膨大になってしまう。
 ここでは、書名・論考名のみ紹介しておくことにしたい。

「平 安初期彫刻の謎〜天平の終焉と新時代の仏師たち〜」 松村史郎著 (S63) 河出書房新社刊 【214P】 1800円
「日 本彫刻史論集」 西川新次著 (H3) 中央公論美術出版刊 【473P】 28000円
〜 「木彫の成立」 所収〜
「日 本彫刻史の視座」 紺野敏文著 (H16) 中央公論美術出版刊【884P】 36000円
〜 「平安彫刻の成立〜木彫の成立」 所収〜
「平 安彫刻史の研究」 清水善三著 (H8) 中央公論美術出版刊【524P】 30900円
〜 「平安前期彫刻の検討」 所収〜
「奈 良古美術断章」 町田甲一著 (S48) 有信堂刊 【374P】 5800円
〜 「日本彫刻史における反古典様式としての弘仁様式の成立と展開」 所収〜
「日 本古代と唐風美術」 斉藤孝著 (S53) 創元社刊 【259P】 3600円
〜 「仮称『唐招提寺派』木彫仏群への一つの試み」 所収〜
「寧 楽美術の争点」 大橋一章編 (S59) グラフ社刊 【317P】 1800円
〜 稲木吉一「木彫の出現と唐招提寺」 所収〜

  

 


       

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