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V 大 正 編
〈その1-3〉 【 目 次 】
1.「仏像鑑賞」が、美術趣味として広まっていく大正時代
2.和辻哲郎著「古寺巡礼」にみる仏像評価
(1)和辻哲郎「古寺巡礼」に登場する仏像の評価コメント
(2)和辻が絶賛する仏像 (3)和辻が厳しい評価を下す仏像 3.大正の時代精神と仏像評価 〜古典的理想美と抒情的感傷美への共感、思い入れ 1.「仏像鑑賞」が、美術趣味として広まっていく大正時代 「大正」という時代は、仏像の評価の変遷というテーマにとって、どんな時代であったのでしょうか? 一言でいえば、「古寺巡礼」とか「仏像鑑賞」という世界が、一般の人々に中に広がっていった時代と云えるのではないでしょうか。 【教養人を中心に広まる「古寺巡礼」「仏像鑑賞」】 明治時代が、官製美術史書の例に見られるように、
「美術作品としての仏像彫刻の評価が、官の力を背景にした、美術の専門家、権威によって形成されていた世界」
とするならば、 大正時代というのは、
「仏像の鑑賞とか古寺巡礼というものが、限られた人々の世界から、一般の人々のなかに裾野を広げていく時代」
のように思えます。 その流れは、文化人、教養人といわれる人々の間から、始まっていったようです。 浅井和春氏は、「仏像と近代」という論考で、そんな潮流についてこう語っています。
「明治41年(1908)、3人の若者が奈良を散策していた。
志賀直哉、木下利玄、山内秀夫(里美ク)というのちの白樺派の中心人物たちである。 まず奈良の博物館に赴いた三名は、法隆寺の百済観音はどうだ、聖林寺の十一面観音はこうだと、互いに意見を出し合い、とどまるところを知らなかった(「旅中日記寺の瓦」)。 その後、この志賀直哉や武者小路実篤ら『白樺』(明治43年創刊)の同人達が一時期奈良に居住し、同地の文化人たちと交友を深めて独特のサロンを形成したことに象徴されるように、この明治末年から大正年間にかけては、奈良が、当時の知識人たちの教養文化のメッカとなる注目すべき時期とみなされる。 こうした奈良をめぐる文化人、というよりは、その後の大和古寺巡礼のブームを定着させた人物が、和辻哲郎であることに異論はないだろう。」 (「仏像と近代」浅井和春〜大和の古寺と仏たち展図録・東京国立博物館1993年刊所収) 【仏像鑑賞、古寺巡礼ガイド本も、続々出版】 古美術、仏像鑑賞、古寺巡礼のガイドブック的な本も、大正時代になると続々と出版されています。 今では、眼にすることはないと思いますが、いくつかご紹介すると、こんな本が世に出るようになっていたようです。
「奈良の美術」佐々木恒清著 アカギ叢書刊 大正3年(1914)
「古美術行脚」黒田鵬心著 趣味叢書刊 大正3年(1914) 「古美術行脚 大和」足立源一郎、小島貞三、辰巳利文著 アルス刊 大正12年(1923) 「奈良帝室博物館を見る人へ」小島貞一著 木原文進堂刊 大正14年(1925) これらの本をみても、
「仏像を観ること」「仏像の美を論評すること」
が、専門家の世界から、一般人の世界へと開かれていったことが判ると思います。 とりわけ、教養人とか文化人といわれる人たちの間で、古寺巡礼や仏像鑑賞といった美術趣味が、大いに高まっていったのが、大正時代と云って良いのでははないでしょうか。 2.和辻哲郎著「古寺巡礼」にみる仏像評価 そして、その極めつけが、和辻哲郎の「古寺巡礼」と云えるでしょう。 この本を、一度も読んだことがないという方は、いらっしゃらないと思います。 奈良の古寺を巡り、仏像を観る人々のなかで、必携の書として読み継がれ、刊行後ほぼ100年を経た現在でも、未だに、親しまれている本です。 これほど長きにわたって、古寺、古仏を愛する人に、影響を与え続けた本は、この「古寺巡礼」を置いてほかにありません。 和辻哲郎著「古寺巡礼」 初版 第15刷(S14・1939刊) 和辻哲郎著「古寺巡礼」は、大正8年(1919)、岩波書店から出版されました。 前年の大正7年、和辻が29歳の時、原善一郎夫妻(原三渓の子息)らと奈良を旅した時の古寺巡礼随筆です。 この「古寺巡礼」のなかで、和辻は、奈良の古寺の仏像の印象、感想を、たいへん素直、率直に語っています。 和辻哲郎 いわゆる権威、専門家でない文化人、教養人が、仏像の美についての評価、コメントを記すということは、それまで無かったようです。 この古寺巡礼の書をもって 「日本の仏像鑑賞史の事実上の発端をなす。」(矢代幸雄)
ともいわれています。(1)和辻哲郎「古寺巡礼」に登場する仏像の評価コメント さて、名著「古寺巡礼」の中で、奈良の著名な仏像は、どのように評されているのでしょうか? 「古寺巡礼」の本の中で採り上げられている仏像と、それらの和辻の評価コメントを一覧表にしてみると、次のとおりです。 文中の登場順に一覧にすると、ご覧のとおりです。 仏像の評価コメントの叙述部分は、私がエッセンスだと思う処を、適宜抽出しましたので、的を射てないかもしれませんが、ご容赦ください。 各仏像の行頭の 〔◎〜×〕 までの評価マークは、それぞれの仏像の記述を読み込む中で、全体としての 「和辻の、各仏像の評価ランク」
と感じたものを、私の独断でマークで示してみたものです。この「古寺巡礼」の和辻哲郎の仏像評価コメントは、大正期代の仏像評価観、美のモノサシを、概ね象徴しているように思えます。 【2019.1.26】
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