仏像を科学する

 X線透視法、赤外線鑑識

 電磁波の一種であるX線やガンマー(γ)線を照射して古文化財の内部構造や納入物を明らかにしたり、赤外線写真を使って肉眼では見えない墨書銘や文様等を検出する方法を光学的研究という。物の一部を削り取ったり、溶かしたりして分析する方法に対して、物を傷つけずに検査するこれらの方式を非破壊検査と称し、貴重な文化財である古美術品の解析に適した分析方法である。

 これらの光学的方法を応用した研究は、欧米諸国の光学的方法による美術品の鑑識方法に触発され、昭和七年より東京国立文化財研究所の前身である美術研究所写真部の中根勝により始められた。中根は赤外線・紫外線・X線等を広範囲に利用し、長尾欽弥旧蔵の薬師如来像-現在文化庁保管-と弘明寺の十一面観音像を赤外線を利用して撮影し、古色におおわれ肉眼では見えない眉や眼、ひげの線などを検出することに成功した。また、法隆寺五重塔塑像をX線で透過撮影を行い後補の釘やその心木の状態等の検出にも成果をおさめている。戦後、美術研究所員秋山光和や久野健が中心となり、東京大学の中山秀太郎が技術面での協力者となり再開され、木彫の造像法の解明や木心乾漆造の木心部の究明、脱乾漆像の構造等を明らかにし、画期的な成果をあげることができた。

 その後、東京国立文化財研究所保存科学部の登石健三と久野健が、わが国に医療用として輸入されたアイソトープ、コバルト60から出るγ線を利用した金銅仏の透過撮影に成功し、東京国立博物館の四十八体仏および各地の古代小金銅仏の透過撮影を行い、その内部構造を明らかにすることができた。

 また、近年、中性子を利用した分析技術も開発されており、X線やガンマー線では透過して観察できない紙や木材のような物質、及び金属と木、紙などが組み合わさったものなども、中性子とγ線を組み合わせて撮影し、画像処理ソフトを使ってもより鮮明に表示することもできるようになった。中性子等による放射能汚染の問題も、超高感度フィルムの開発により、撮影時間を最短にすることにより、影響ない程度までに抑えることが出来るようになっている。

 日本の彫刻は、木彫・乾漆像・塑像・金銅像・石彫像等多種多様であり、その材質や大きさによって電磁波の線透過率が違ってくるため、これらをすべて、透過可能にすることは、きわめて困難であったが、分析機器、技術の開発によりしだいに、木彫・乾漆像・塑像・金銅仏は、ほとんど可能の範囲に入った。

古美術品の光学的研究の特徴をまとめると、

1. 体内の構造がわかる。いいかえればその彫刻の造像法が判明する。

2. 表面からでは見えない木目や釘の新旧によって後補の部分やつけ加えた部分がわかる。

3. 彩色の当初の部分や塗り直した所がわかる。

4. 像内の納入物について、分解することなく検出することができる。

 これらの結果を利用して、偽物の多い小金銅仏の真偽の鑑定にも役立っている。また、古彫刻の修理の際、あらかじめ光学的方法により撮影し、内部構造や弱点を知った上で最適な修理方法等を検討できるようになった。清凉寺本尊釈迦如来像の修理でもこの方法が応用され、体内に残された納入物を検出することに成功し、また鎌倉大仏や薬師寺薬師三尊像のような巨大な金銅仏を修理する際にもγ線透過撮影を行い、その弱点や金属構成の検出が実用化されている。

 

 

 

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