埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第九十四回)

  第十九話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その2〉  仏像の素材と技法〜金属・土で造られた仏像編〜


 【10-6】
(2)鉄仏の技法

 「鉄仏」というのは、それほどポピュラーな仏像ではないので、そう見慣れないかもしれない。
 日本全国に100例ほどの作例しか残っていず、その9割が東日本に所在している。
 時代的にみると、鎌倉時代から室町時代、いわゆる中世の作がほとんどである。

 神奈川・大山寺の不動明王像や東京人形町・大観音寺の観音菩薩頭部が有名で代表格。
 鉄仏は、ザラザラの荒れた肌や、鋳バリの線や錆が目立ったりして、仏像の仕上がりとしては荒れすぎているように感じる。
 私には、そうしたところが、なかなかなじめないところでもあるが、この鉄仏の素朴、粗野で、荒々しく力強いところに大いなる魅力を感じ、惚れ込む人もい る。

 
神奈川 大山寺 不動明王像     東京大観音寺 観音菩薩頭部


 まず、鉄仏の技法について、みてみたい。

 鉄仏は、古代金銅仏の一般的鋳造法である蝋型鋳造ではなく、それよりも進んだ割込型鋳造という手法で鋳造されている。
 割込型鋳造の製作過程についてみてみたい。
 まず原型を土か木で造る。鉄仏の場合、大部分が土型で原型が造られたようだ。
 この原型に、砂と粘土を配合した鋳物土を押し当てて雌型をとる。この雌型が原型から抜けるようにするため二つ以上の部分に分けて型をとり、この雌型(外 型)を嵌め合わせて鋳造する。形が複雑なものになると、雌型を数個とか十数個に別けて型取りをした。
 原型を一皮向いたような中型を別に造り、嵌め合わせた雌型(外型)でおおって、外から鉄心・笄などを通して、中型がいざらないようにして鋳造した。
 雌型(外型)の合わせ目には、溶鉄が入り込んで、鋳バリの線が走ることになる。
 鉄仏の場合、硬質なことから、このバリをとるには大変な手間を要するので、鋳浚いをほとんどせず、鋳ばなしのままということが多い。
 鉄物を見ると、皆、バリの線がはっきり残っている。
 こうした技法で鋳造されるので、鉄仏の場合、同一の鋳型(原型)から抜いたのではないかと思われるような像が、何体もあるという特徴がある。



鉄仏の割込め型鋳造工程の模式図(「日本の鉄仏」より転載)

 さて、鉄という素材を使った「鉄仏」は、どうして造られるようになったのだろうか?
 何故、そのほとんどが関東にあるのだろうか?

 我が国で鉄仏が造られ始めたのは、12世紀末〜13世紀初頭の頃だ。
 その理由については、これまでいくつかの考え方が云われている。
 そのひとつは、宋代鉄仏の影響であるという説。
 「禅宗の勃興で、日本の禅僧が多く宋に渡った。宋では当時、鋳鉄仏像を盛んに造っており、その影響である」(柴田常恵、八橋徳次郎)
 というもの。
 もうひとつは、鉄仏の銅代用品説。
「鉄は銅像より施工も困難であり、鋳肌も美しくないのであまり行われなかったが、材料が低廉なため銅像に代えて造られた」(日本美術事典)
 というもの。

 鉄仏研究の第一人者で、「日本の鉄仏」の著者・佐藤昭夫は、
 これらの説に対して、次のような考え方、説を述べている。
 中国における鋳鉄像の歴史は古く、南北朝・北斉まで遡り、宋代ににわかに流行したものでない。中国は銅が潤沢ではなく、唐代には「禁銅令」が出され、鉄 仏が非常に多く造られている。
 単に「宋代鉄仏の影響」で造り始められたとするには無理がある。
 「銅代用品説」については、日本は銅が潤沢で、初期の鉄仏の発願者、檀那は地元権力者であることから(鉄仏銘文)、経済的理由で廉価な鉄を造仏に選んだ とは考え難い。

 鉄仏が制作された事由としては、
「武士の、鉄に対する信頼感」というものが、鉄仏を生んだベースとなると考えられる。
即ち、武士の身を守ってくれる刀、甲冑が鉄で造られているとおり、その鋼の硬質性、火災に強いといった、鉄の力への信頼が、鉄仏を造らせ流行させたと考え られる。

 鉄仏は、全国に分布しているが、特に東国で流行を見たのは、東国武士たちの気質に、粗野ではあるが力強い感じの鉄仏というものがぴったり合致したからで あろう。
 鉈彫りが、東国で流行したのと同じく、東国人が自らの手で自分たちの感覚に合った美しさを求めたひとつの現われといえる。

 この考え方が、現在のところ最有力な説といってよいのだろう。


【鉄仏についての本】

「日 本の鉄仏」 佐藤昭夫著 (S55) 小学館刊 【182P】 24000円

 「日本の鉄仏」は、鉄仏の本格的研究書として唯一のもの。
 鉄仏についての体系的論考と、全国約100体の鉄仏の図版と作品解説が収録されている。
 鉄仏の製作技法についても、詳細に解説され、鋳仏工程の模式図もわかりやすく、丁寧な図が収録されている。
 前記の、鉄仏発生、東国流行の事由についての佐藤の自説も、詳しく記されている。
 前掲の至文堂・日本の美術「日本の美術〜鉄仏〜」(佐藤昭夫著)は、「日本の鉄仏」の論考・解説の集約ダイジェスト版といった内容。


「鉄 仏の旅」 倉田一良著 (S53) 佼成出版社刊 【222P】 1300円

 在野の愛好家が著した鉄仏探訪紀行の本。
 著者は、一般企業(住友金属)に勤める会社員ながら、鉄仏の持つ魅力に惹かれ、鉄仏への愛情と執着を持って鉄仏探訪、拝観に全国を行脚する。
 約4年間の鉄仏行脚の足跡を、紀行文にまとめたのが本書。


「関 東の鉄仏」 (S48) 埼玉県立博物館刊 【40P】

 同名の特別展の図録。
 展示鉄仏39体の写真解説と、「関東の鉄仏」と題する解説論考が収録されている。

 


       

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