埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第九十一回)

  第十九話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その2〉  仏像の素材と技法〜金属・土で造られた仏像編〜


 【19−3】

3.金属で造られた仏像

(1)金銅仏の技法

 金銅仏とは、「金鍍金された、青銅(銅と錫の合金)の仏像」のことを云う。
 この「金銅仏」という言葉を始めて聞いた人は、
 「金と銅で出来た仏像? 金銅という金属で造られた仏像?」
 という風に思うかもしれない。
 昔から「金」で造られているとか、金が大量に含有しているとか勘違いされ、泥棒に盗まれることも間々あったようだ。
 昭和18年に盗難に遭って行方知れずになっている、白鳳の金銅仏「香薬師像」も、賊は「金」狙いで盗みに入ったのでは?とも言われている。
 
        法隆寺 橘夫人念持仏            薬師寺東院堂 聖観音像

【鋳造技法】

 金銅仏の鋳造技法には、蝋型鋳造、土型鋳造、木型鋳造がある。
 古代の金銅仏は、巨大な東大寺大仏などを除いては、すべて蝋型鋳造で造られている。
 飛鳥白鳳の小金銅仏から薬師寺の金銅薬師三尊まで、蝋型という鋳造技法に変わりはない。
 因みに、東大寺大仏は、土型鋳造の一種で造られている。

 蝋型鋳造の技法については、皆さんよくご存知と思うが、ここで簡単にふれておきたい。

 蝋型鋳造とは、その名の通り、「蜜蝋」に彫刻した蝋型を原型として鋳造する技法。
 蜜蝋とは、蜂蜜に含まれている蝋分を集め、松脂などを加えたもので、熱すると70度ぐらいで軟らかくなり溶け出すという。蜜蝋は大変に高価なものであっ たらしい。
 蝋型法は、土で仏像の大体の形を造って(これを中型(なかご)と呼ぶ)、その外側に蜜蝋を塗りつけ、この蝋型に鉄箆を使って精密な原型を彫刻する。蝋型 には精密な彫刻が可能で、鉄箆で頭髪の毛筋一本一本に至るまで彫刻されるという。
 その外側に土の外型を厚く重ねて(これを外型(そとご)と呼ぶ)、型全体を加熱、原型の蜜蝋を溶かして流し出す。
 その後、土の型を高温加熱で焼きしめて堅固にし、流し出した蜜蝋の原型部分の隙間に、溶かした青銅を注ぎ込んで、鋳造する技術である。

 鋳造段階で中型と外型の位置がずれてしまうことのないように、土型の中心に中型、外型を貫く「鉄心」(心棒)を入れたり、中型と外型の合わせ目の要所要 所に「型持」という青銅の断片を入れて、両型を堅固に固定、結合する。
 型持の代わりや併用して、「笄」という大きな釘のようなものを、各所に差し込むこともある。
 こうしておいて、湯口から溶銅を注入、湯の出口を湯口と同じ高さのところに造っておいて、湯が出口に上がってくれば、溶銅が鋳型の中に行き渡ったことに なる。
 蝋 型鋳造による金銅仏の製作工程模式図(仏像鑑賞の基礎知識より転載) 
    
 こう書くと、簡単な鋳造のように感じるが、当時なかなか高度な技術を要したようで、大型の仏像になればなるほど、湯が一回でうまく回らずに何回か試みた り、鋳掛けをしたりが必要だった様だ。

 あの完璧ともみられる薬師寺の金堂薬師三尊も、鋳造技術的には、中尊、脇侍ともに一鋳ではうまくいかず、補鋳を経て造られているとみられている。
 月光菩薩の頸部三道下縁には、顕著な亀裂が昔からあり、そこを鋳掛けで補修していた。これは鋳造時の溶銅の収縮に起因する「引き割れ」といわれるもので ある。
 余談ではあるが、昭和27年の「月光菩薩像首切り事件」というのは、この亀裂に起因するものだった。
  「首切り事件」とは、その年7月の奈良吉野地震で、月光菩薩の首にはっきりした亀裂が生じ、文化財保護委員会で修理に着手。応急処置として、中心を通る鉄 心を切断して首を切り離したが、首を切り離さなくても修理はできるではないかという見解もあり、独断で切り離したことに非難が集中し、マスコミを賑わし た、という事件。
 この事件で、あの見事な薬師三尊にも、引き割れによる亀裂があったことや、月光菩薩の胎内中心に、太い鉄心が縦に通っていることが世に知られることと なった。
 
  薬師寺金堂 月光菩薩像首部の引き割れ          切断された首と鉄心

 因みに、鉄心は、胎内にそのまま残される場合と、鋳造後抜き去られる場合があるようで、薬師寺でも、東院堂の聖観音像は鉄心が抜かれて残されていない。
 法隆寺献納四十八体仏のγ線透過写真を見ても、鉄心が残されているもの、いないもの、まちまちのようだ。


【鍍金技法】


金鍍金が良く残る法隆寺
四十八体仏(菩薩半跏思惟像)
 金銅仏は、青銅の鋳造仏全身に、金鍍金を施し、頭の螺髪を群青に彩り仕上げられる。
 鋳造された仏像は、金鍍金が出来るよう、鏨などで鋳浚いして、表面を滑らかに磨き上げる。
 鋳浚いは、全身を一皮むくほどに削って仕上げるという。
 鍍金法は、水銀を用いるアマルガム鍍金法で、「滅金」(めっきん)または「銷金」(けしきん)とよばれていた。
 水銀は融点(マイナス38.86度)が低く、常温で液体となっている。これに金を溶解して金アマルガムを造り、青銅仏の表面に塗る。炭火などで加熱する と、水銀が蒸発して金鍍金が出来る、という技法である。
この技法での金鍍金の厚さは、現代の電気鍍金と比べるとはるかに厚くなる。
 その分、金が大量に必要になるわけだが、金銅仏の金色燦然とした輝きが、鍍金とは思えぬような純金の趣を示すように見えるのは、この金鍍金層の厚さによ るものといわれている。


【金銅仏の技法についての本】

 「香取秀真」という名前を、聞いたことがあるだろうか。
 金銅仏をはじめ、鋳造技法の歴史を語るには、まずは「香取秀真」の著作を紹介しなければいけないだろう。
 仏像鋳造技法やこれに関する古い文献をたどると、必ず香取の書いたものに行き当たる。


香取秀真
 香取秀真は、鋳金工芸作家であったが、学問としての「金工史」を確立した研究者であった。
 明治7年生まれ。東京美術学校(今の東京芸術大学)鋳金科に入学。 卒業後は金工作家として活躍し、多くの賞を受けている。
 金工の歴史についても研究を深め、金工に関する著書を40冊以上記した。昭和28年(1593)に文化勲章を受章。翌昭和29年、81歳で死去した。

 代表的著作を紹介する。

「金 工史談(全2巻)」 香取秀真著 (S51) 国書刊行会刊 【正633P・続723P】 21000円

 本書は、昭和16年に正編、18年に続編が、桜書房から発刊されたものの復刻版。
 香取の永年にわたる、金工史研究に関する著述論文を集成した本。
 仏像についてのほか、鏡、梵鐘、茶釜等々金工について、歴史と技法についての論考が、幅広く収録されている。
 仏像鋳造については、
 「仏像鋳造法」という表題で、50ページに及ぶ鋳造技法、用材、代表的作品等の論考と、
 「大佛のこと」という表題で、東大寺大仏の歴史、鋳造技法と材料、鋳造工事についての詳しい論考と、鎌倉大仏についての論考が、141ページにもわたっ て、論述されている。
 古い本ではあるけれども、仏像の鋳造の技法についてしっかりと知ることが出来る本。


「日 本金工史」 香取秀真著 (S57) 藤森書店刊 【390P】 6000円

 本書は、昭和7年、雄山閣から発刊されたものの復刻版。
 日本の金工品について、幅広く時代別に、その作品・技法等について解説している。
 仏像についても、時代時代の重要作品として取り上げ解説されているが、仏像だけを体系的には解説されてはいない。


 このほかにも、類本として雄山閣から、講座シリーズの一本として、次の本が出ている。

「金 工史」 香取秀真著 (S5) 雄山閣刊「考古学講座第5巻」 【139P】
「造 像法概論・仏像鋳造法」 逸見梅栄・香取秀真著 (S11) 雄山閣刊「仏教考古学講座第1巻」 【80P】

 

 次に、金銅仏の鋳造技法について、詳しく解説した本を紹介。

「法 隆寺献納宝物 金銅仏㈵」 東京国立博物館編 (H8) 大塚工藝社刊 【566P】 28000円

 本書は、昭和58〜63年度に実施された「法隆寺献納宝物特別調査〜小金銅仏(いわゆる四十八体仏)と付属光背の総合調査〜」の研究報告・図録として刊 行された大著。
 献納小金銅仏のうち、33躯が採り上げられて、詳細な調査解説、γ線透視写真が掲載されている。続刊「金銅仏U」は、未刊。
 金銅仏の鋳造技法についての論考も載っており、「法隆寺金堂釈迦・薬師二像と献納金銅仏の鋳造技法」(西川杏太郎)、「真土(まね)式蝋型法による小型 小金銅仏の試作実験」(戸津圭之介)といった研究論文も収録されている。

 特に「小金銅仏の試作実験」の論考は、大変に面白い。
 「蝋型原型」と「土で作る中型」は、どちらが先に作られているかという制作順序に問題意識を持ち、その順序を変えて制作実験している。また湯口や型持・ 鉄心などについても制作実験を行っている。
注目すべき問題提起と意見が述べられている。
 実作検討や多くの作例検討によると,小金銅仏の制作は、蝋原型先行で、まず中空のまま蝋原型を先行して作り出す方法をとったと考えた方が、より合理的で はないか、(もしくは双方の技法が併用して作られた)というものである。
 まことに興味深い。


「古 代小金銅仏」 久野健著 (S57) 小学館刊 【255P】 33000円

 本書は、久野健の永年にわたるγ線撮影などによる小金銅仏調査の結果を踏まえた、古代小金銅仏の調査研究成果の集大成・大著。
 小金銅仏研究の基礎資料として、誠に貴重な本。
 鋳造技法等については「小金銅仏の制作者」「小金銅仏の技法」という章立てがされ、17ページの解説論考が掲載されている。


「古 代の技術」 小林行雄著 (S37) 塙書房刊 【306P】 950円
「続 古代の技術」 小林行雄著 (S39) 塙書房刊 【420P】 2000円

 著者・小林行雄は、三角縁神獣鏡の「同范鏡理論」で著名な京大の考古学者(1989没)。
  この本は、京都大学での講義「古代技術史の諸問題」「古代技術史の研究」の講義ノートをもとに単行本化されたもの。
 轆轤、機織、皮革、髹漆など古代の諸技術について、主として考古学的見地から詳細な解説がなされている。
 「鋳銅」という章が設けられ、成型の型、媒介の型、鋳鏡技法、東大寺鋳鏡、銅錫配合、銅錫鉱産という項立てとなっている。このなかで金銅仏の鋳造技法に ついても解説されているが、銅矛、銅鐸、銅鏡の技術などについての詳細に解説されており、面白い。

       

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