埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第八回)

  古佛の修復、修理に携わった人々の本 (2/2)

 《太田古朴》

 次は太田古朴の本

 「仏像彫刻技法〜造像法・木割法・寄木法・一木法(合本)〜」太田古朴著(S48)綜芸社

 太田は、昭和6年奈良美術院で仏像彫刻の道に入る。
 本書の主旨について「佛像根則研究は故明珍恒夫先生が手をつけられ、高著『佛像彫刻』において少しく説かれたが、惜しむらく深く広く開拓されずして終わってしまった。私はここに佛像研究三十年の成果として、仏像根則を明らかにし・・・・・・・世に問おうとする。」と述べている。仏像造像の根則・技法の記述に終始しているので読むのはシンドイ。
 研究歴をまとめた自著に「佛像研究三十年」(S40)綜芸社、「美佛参籠」(S53)綜芸社があるが、『あとがき』に記された奈良市文化功労者受賞事由が、その人を語っている。
 「四十六年の長きにわたり仏像彫刻師としてその道に精進され、木彫仏像制作あるいは国宝・重文の仏像修理に貢献され・・・・・大和の石仏・仏像彫刻技法・飛鳥奈良など仏像鑑賞シリーズの著者として・・・・・功績は顕著であります」

 

 《辻本干也》

 よく知られた本と思うが、

 「南都の匠〜仏像再見」辻本干也・青山茂対話集(S54)徳間書店
 宮大工西岡常一との対話集に続く、青山茂の第二対話集。
 面白く、興味津々で愉しく読める本。

 辻本干也は大正10年生まれ、細谷三郎而楽に乾漆・塑像を、吉川政治に木彫技法を学ぶ。(細谷は、明治新補の新薬師寺波夷羅大将の作者。水門の入江(泰吉)邸は、細谷の旧宅。)昭和18年美術院国宝修理所に入り、三十三間堂の千躰佛修理を手始めに、数多くの仏像修理・修復を行った仁。

 本の帯には、
 「〜中宮寺の弥勒は一木でなかった〜飛鳥の木彫佛は一木という通説を覆す画期的な実証を中心に、四十年余にわたって、直接、古佛に触れ、保存修理一筋に生きてきた仏匠・辻本干也の現場からの貴重な証言。広隆寺の弥勒、法隆寺の塔本塑像、東大寺三月堂の仁王をはじめ、後にはメトロポリタン美術館の仏像など3000体にのぼる修理に携わった彼の発言は、深く豊かで重みがあり、従来の観照的な仏像観を完全に払拭する。」
 と記されている。

 青山茂の、幅広い奈良美術の知識に裏打ちされた質問・話題提供で、辻本からいろいろな修理技法や構造、貴重な体験談などを、平明な語り口で引き出している。
 構造図・修理図、修理途中の仏像写真も豊富で、対話集と思えぬほど、技法、構造の勉強になる。
 仏像修理・修復について知るには、一押しの必読・必携本。

 

 《西村公朝》

 「仏像修理に携わった人々」のトリでの登場は西村公朝

 美術院国宝修理所の院長を務めた人(S34〜42)であるが、近年はそれよりも、京都愛宕念仏寺住職としての活動や、「仏像の見方・見分け方やほとけの心」などをやさしく説いた、沢山の著作で有名。
 仏像修復の世界も、西村公朝が広く世に知られるようになり、少しばかりは興味、関心を持つ人が増えたのかもしれない。
 大正4年生まれ、東京美術学校彫刻科を出て昭和16年美術院に入所。夢殿救世観音を拝観した感動がこの道に入った動機という。やはり、三十三間堂千躰佛修理からスタート、数多くの仏像修復に携わる。36歳で仏僧として得度。東京芸大名誉教授。
 昨年(H15)12月逝去、88歳。愛宕念仏寺で盛大な葬儀が営まれた。

 ここでは、西村公朝の仏像修理・修復に関する本だけを取り上げたい。

 「仏像の再発見〜鑑定への道〜」西村公朝著(S51)吉川弘文館
 約千二百躰の修理経験を踏まえた、仏像の時代鑑定法の新研究の書。
 仏像の各部位(面相・手足等体躯・服装装身具など)や荘厳具別に、それぞれの時代別特徴、推移等を丁寧に説き起こした、労作、四百数十ページの大冊。
 こうした観点から整理・記述した類書があまり無く、文章も平易で読み易い。高レベルの好著と思う。

 「秘仏開眼」(前記)、「仏像は語る」自著(H2))新潮社、「祈りの造形」自著(S63)日本放送協会
 
は、仏像修理の苦労話やこぼれ話を、やさしく西村が語る本。

 

 以上が、仏像修復に携わった人々についての本
 その他の関連本を、二三紹介

 『国宝修理譚』安藤更正著「南都逍遥」(S45)中央公論美術出版所所収
 美術史学者の立場から文化財の修復態度のついて論じた文。
 奈良美術院の修理には批判的で、「新補と原初の部分に区別がつかないような古色仕上げをすることは問題」、「古代美術に対する知識が欠乏している」と指弾している。
 冒頭で話題にした広隆寺弥勒も、鼻の側面、両眉、額を大胆に削り直し、原初の姿を損じたと手厳しい。さらに百済観音の天衣の弧線、鑑真和上像の紙塑衣端の除去などにも問題提起している。
 確かに論点は判らぬでもないが、私から見ると、文化財研究がそれなりに進んでからの「後知恵」的議論で、その当時は、信仰の対象物でもある仏像の修理を「考え得るベストの対処」で行ったのだと、理解すべきではないだろうか。
 近代文化財保護に手探りで取り組んだ人達に対して、苛烈な舌鋒に過ぎないだろうか。

 『仁王像が鳴いた〜仁王像の修理経過〜』鈴木喜博
 「仁王像大修理」東大寺南大門仁王尊像修理委員会編 (H9)朝日新聞社所収

 美術院スタッフによって行われた、解体修理の作業工程や銘文発見の興奮などが実録として綴られている。

 『鼎談 仏像修理と仏像制作に生涯をかけて』仏像彫刻の鑑賞基礎知識(H11)至文堂所収
 美術院国宝修理所長・小野寺久幸、佛師・龍谷短大講師・江里庚慧、奈良博名誉館員・光森正士の鼎談。東大寺仁王像修復時の知見をはじめ仏像の用材、制作について語られているが、サラリとした話の流れでやや標題だおれの内容の感あり。

 

 最後は、現役の仏像彫刻師「京仏師」たちの本を一冊ずつ。

 「京佛師六十年」松久朋琳著(S48)日貿出版社
 「京仏師〜佐川定慶とその周辺〜」松崎しげ子著(S62))東方出版

 職業としての仏師の仕事や生活、仏像制作の工程や儀式などを知ることが出来る。
 自分たちの仕事の痕跡を一切感じさせないことが、仏像の修理、修復に携わる人達の使命であり、「良い仕事」なのかも知れない。

 このつぎは、こんなことにも思いを致して古寺古佛訪れてみたいものだ。
 「三月堂を訪れるときには新納忠之介の若き苦悩に、三十三間堂千躰佛の前では西村、辻本等美術院の長きに亘る修復への労苦の道のりに・・・・・・・・」

-了-

 

〈追記〉

 最近、大変興味深い本が2冊発刊された。

 「新納忠之介五十回忌記念仏像修理五十年」(H15)財団法人美術院刊

 この本は、美術院初代院長新納(にいろ)忠之介の五十回忌を記念して、生前に残された談話等の記録をすべて収録集大成したもの。年譜、修理目録、参考文献付。

 本文中で紹介したもののほか、『飛鳥時代から藤原時代に至る仏像の変遷』『国宝保存修理の思い出(座談会)』『古拙翁懐旧談叢(松本楢重記)』など、13編が載せられている。
 近代仏像修復の草創期を知るには、誠に貴重な本。良くぞ出版されたものと喜ばしい。

 この本を、頒けて貰おうと美術院にTELしたところ、電話口に出た方が「新納さん」であった。エェー?と聞き返すと、お孫さんにあたるそうで、本書にも『昭和二十一年の古拙』という回顧文を寄稿されている。

 「彫刻の保存と修理」根立研介著(H16)日本の美術452号至文堂刊

 おなじみ至文堂「日本の美術」文化財保護シリーズの一冊として発刊された。
 類本が無いだけに、必読必携といえる本。保存修復について総合的に書かれているが、本テーマとの関連では『修理に関わる歴史と制度』『彫刻の修理と日本彫刻史研究』の項は興味深く面白い。

 

 

 仏像彫刻技法          仏像の再発見

太田古朴           西村公朝

綜芸社刊          吉川弘文館刊

参 考

古佛の修復、修理に携わった人々の本 関連本のリスト

書名

著者名

出版社

発行年

定価(円)

美の秘密
〜二つの弥勒菩薩像〜

西村公朝
ほか5名

日本放送協会

S57

3800

秘仏開眼

西村公朝

淡交社

S51

1500

美術院紀要創刊号
(美術院七十年の沿革)

(西村公朝)

美術院

S44

非売品

奈良叢記
(奈良の美術院)

森川辰蔵編
(新納忠之介)

駸々堂

S17

3.5

奈良の本
(仏像修理と奈良)

松本楢重
森川辰蔵編
(新納忠之介)

大和地名研究所

S27

280

大和百年の歩み文化編
(明治初年の保存状態・
新納忠之介・美術院)

大和タイムス編

大和タイムス社

S46

4000

百済観音半身像を見た

野島正興

晃洋書房

H10

1500

佛像彫刻

明珍恒夫

大八州出版

(初版S11)
S21

85

奈良百題
(明珍恒夫氏の急逝)

高田十郎

青山出版社

S18

5.1

仏像彫刻技法

太田古朴

綜芸社

S55

3000

佛像研究三十年

太田古朴

綜芸社

S40

280

美佛参篭

太田古朴

綜芸社

S53

1400

南都の匠〜仏像再見〜

辻本干也
青山茂

徳間書店

S54

3500

仏像の再発見
〜鑑定への道〜

西村公朝

吉川弘文館

S51

4800

仏像は語る

西村公朝

新潮社

H2

1900

祈りの造形

西村公朝

日本放送出版協会

S63

1800

南都逍遥
(国宝修理譚)

安藤更正

中央公論美術
出版社

S45

1200

仁王像大修理
(仁王像が鳴いた
〜仁王像の修理経過〜)

東大寺南大門仁王尊像修理
委員会編
(鈴木喜博)

朝日新聞社

H9

3000

仏像彫刻の鑑賞基礎知識
(鼎談・仏像修理と仏像
制作に生涯をかけて)

小野寺久幸
江里庚慧
三森正士

至文堂

H11

3689

京佛師六十年

松久朋琳

日貿出版社

S48

950

京仏師
〜佐川定慶とその周辺〜

山崎しげ子

東方出版

S62

1800

新納忠之介五十回忌記念仏像修理五十年

美術院

H15

非売品

彫刻の保存と修理
(日本の美術452号)

根立研介

至文堂

H16

1571

      

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