埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第四十四回)

  第十一話 地方佛〜その魅力にふれる本〜

《その3》各地の地方佛ガイドあれこれ 【関東編】

 【11-2】

2.関東各県の仏像解説、案内書

 さて、ここからは関東各県の仏像紹介本を見てみたい。

【房総・北関東の仏像】

 

〈千葉県〉

 「房総の古彫刻」郡司幹夫著 (S43) 隣人社刊 【83P】

 ハンディな冊子だが、千葉県の主要仏像が時代別に整理され、しっかりした解説が付されている。
 竜角寺の金銅薬師仏を筆頭に、荘厳寺・十一面観音像、松虫寺・七仏薬師像、蓮蔵院・鉈彫観音像など、千葉県の仏像39躯が採り上げられている。
 著者は、千葉県庁の文化財担当を永く務める仁。
 千葉県の仏像について纏まった本は、文化財調査報告の類を除いては、この本ぐらいしかないかもしれない。
 ほかには、「房総の神と仏」という展覧会図録(千葉市美術館・H11)があるのだが、私は未見。

 ついでに、こんな本もあるので紹介しておきたい。

 「石井山 竺園寺の仏像〜十一面観音菩薩とその体内仏調査報告〜」 久野健著 (H2) 大正出版刊 【102P】

 市川市国分にある竺園寺の十一面観音坐像(46cm)の調査を、当寺に縁の石井久雄氏が、久野に依頼、その調査結果の内容を出版したもの。
久野によれば、この像は鎌倉末期の制作としている。

 

 

〈茨城県〉

 

    常北町薬師寺 薬師如来象     弥勒教会 弥勒如来像

 

 「いばらきの文化財」茨木新聞社出版部編 (S60) 茨木新聞社刊 【406P】
 「茨城の仏教遺宝」展覧会図録 (H16) 茨城県立歴史館刊 【146P】
 「茨城彫刻史研究」後藤道雄著 (H14) 中央公論美術出版社刊 【図版212P・本文195P】

 茨城の仏像といえば、西光院十一面観音、小山寺十一面観音、常北町薬師寺薬師三尊、笠間弥勒教会弥勒仏、楞厳寺千手観音、岩谷寺薬師如来あたりが、有名どころになるのだろうが、これら茨城県の仏像について纏った本は、この3冊。

 「いばらきの文化財」は、茨城県の重文・県指定の全文化財の図録・解説本。
 仏像は、130余点が掲載されている(カラー図版は35点)。各像の解説は簡素なものだが、写真図録としては重宝。

 「茨城の仏教遺宝」は、茨城県立歴史館開館30周年記念展として開催された仏像展の図録。
この展覧会は、H12年からの仏教美術品悉皆調査の成果を公開したもので、あまり知られていない仏像が多数展示された。

 「茨城彫刻史研究」は、茨城県立文化センター・歴史館で永く茨城県の仏像研究調査に携わってきた、後藤道雄が、その研究成果の集大成として出版。
 茨城の主だった仏像が網羅された豊富な図版と、古代から時代別にまとめられた多数の研究論文・仏像解説が掲載され、「茨城の仏像調査研究の決定版」とでも云うべき本。

 

 

〈栃木県〉

 「下野の仏像」野中退蔵著 (S51) 栃の葉書房刊 【184P】
 「栃木県の彫刻」野中退蔵著 (S52) 栃木県教育委員会刊 【174P】

 栃木県の仏像といえば、平安仏では、古いところで羽下薬師堂薬師如来、西刑部観音堂聖観音、後期では日光中禅寺千手観音、大谷磨崖仏あたりが、知られたところだろう。 
 5mを越えるすらりとした長身の中禅寺立木仏や、巨大な大谷石採石場のある大谷丘陵の洞窟大岩壁に彫られた大谷磨崖仏などには、なかなか圧倒されるものがある。
 また鎌倉仏では、最近、足利光得寺の大日如来像が「運慶作」とする研究が発表され、大きな関心を呼んでいる。

 

中禅寺 千手観音象             大谷磨崖仏    

 紹介した両書は、著者・野中の解説文は共に同じ内容なのだが、仏像の掲載順が違う。
 先に発刊された「下野の仏像」は、仏像を地域別(市郡別)に掲載しているのに対し、「栃木県の彫刻」は、制作年代順に掲載しており図版写真も豊富になっている。
県指定レベルの仏像まで、ほぼ100体の像が掲載されている。

 「仏像を旅する 東北線」佐藤昭夫編 (H2) 至文堂刊 【260P】

 「栃木県の仏像」(北口英雄〜栃木県博人文課長)というテーマで約30頁の解説文が掲載されている。

 

 群馬、埼玉の仏像についての本は、教育委員会の調査報告のようなものを除いては、仏像だけをまとめた本は、出てないのではないかと思う。
 「さいたまの名宝 国宝・重要文化財」埼玉県教育委員会(H3)平凡社刊という豪華本があり、ここにまとめて写真掲載があるようだ。〜未見〜

 

 【東京の仏像】

 東京都の仏像といえば、博物館美術館には名品の数々が収蔵されているが、寺社に祀られている仏像の優品は、さほど数がないようだ。
 古代金銅仏では深大寺釈迦、真覚寺薬師、平安仏では寛永寺薬師三尊、高幡不動三尊、鎌倉仏では人形町大観音、大円寺釈迦あたりが有名どころだろうか。

 東京都もまた、纏まった仏像の本は無いようで、ここでは所蔵本だけを紹介したい。

 

〈深大寺〉

 まずは、深大寺釈迦如来倚像についての本。
 白鳳金銅仏の名品といわれるこの像、昔は拝観をお願いし、やっと拝することができた。私も、事前に連絡せずに訪ねていって断られたこともある。
 今では、ガラス張りの釈迦堂(収蔵庫)に収められて、いつでも自由にその青年のような凛々しく美しい姿を拝することができる。

 深大寺釈迦については、数冊の本が出ているが、出版年を追って紹介すると、

 「深大寺金銅釈迦如来倚像」堀口蘇山編 (S14) 芸苑巡礼社刊 【図版19P・本文17P】

 本書は、鋳金研究の大御所、香取秀真の還暦を祝し、芸苑巡礼社が世話人となり、深大寺釈迦如来参拝と香取の現地講話、ならびに香取の功績記念会を開催、その記念図録として210部印刷された。
 大判の図録に、香取秀真の現地講演「深大寺釈迦像鋳作方法に就いて」と、柴田常恵「深大寺金銅釈迦如来倚像の発見に就いて」という文が収録されている。

 本書で初めて知ったのは、この仏像が、明治42年に発見されたということ。
 発見者・柴田常恵によれば、本尊両脇の檀の下の地袋のようなところに、位牌や花筒などと一緒に本像が突っ込まれていたという。

「始めは、お尻の方が見えて居たので、仏像とは拝しましても全く予期せぬこととて左程に結構な御像とも思わず、寺男に聞くと『サァ何ですかネー』と云って居りますから、取り出してみようと思いますと埃だらけで却々重い、寺男に手伝って貰って、漸く東側の演椽に出したのであります。」

 と発見の有様を語っている。
 その後、数寄者の目にも触れるようになり、2千円とか3千円で購うというような話も持ち上がったが、大正2年に(旧)国宝に指定されるに至ったそうだ。
 この金銅釈迦如来は、その昔から深大寺伝来としてよく知られていたものと思い込んでいただけに、この発見物語を読んでビックリした次第。

 「深大寺釈迦如来像の研究」豊島寛彰著 (S29) 綜合出版社刊 【22P】

 著者がどういう経歴の人か知らないのだが、在野の愛好研究家の個人出版の本ではないだろうか。
小冊子だが、本像について丁寧に解説考究している。

 「深大寺及付近の歴史」大久保清次著 (S41) 五輪社刊 【183P】

 題名どおりの内容の本。「白鳳釈迦如来」という項立てもある。
本書著者略歴によると、大久保は当地生まれの深大寺小学校卒、実業界で活躍したが、教養文化人でもあり、本書を著したようだ。

 「深大寺学術総合調査報告書」水野敬三郎監修 (S62) 深大寺刊 【3分冊・511P】

 本書は、深大寺開創1250年慶讃法会記念出版として発刊された。
 東京芸大教授・水野敬三郎をチーフに学術調査団を組成、5カ年計画で総合調査を実施した成果を集大成したもので、500ページを超える大著。
 深大寺研究調査の決定版。

 釈迦如来倚像についても詳述され、X線写真をはじめ詳細な写真が掲載されている。
本書によれば、この像の伝来は辛うじて江戸末期にさかのぼれるまでで、それ以前については記録に全く現れないそうだ。
これだけの優品が、古記録に全く見られないというのは、謎のようななんとも不思議な話。

 

 

〈高幡不動〉

 日野の高幡不動、正しくは高幡山金剛寺の不動明王・二童子像。
 S60~61に、西川新次を団長とする文化財集中調査により、文化財としての評価が高まり、平安末期の大作である事が明らかになった。
 その後、H9〜12に美術院で保存修理が行われ、その修理報告が発刊されている。

 「高幡山金剛寺 重要文化財木造不動明王及二童子像保存修理報告書」鷲塚泰光監修 (H14) 高幡山金剛寺刊 【171P】

 この不動三尊像は、最近、東京国立博物館にかなりの長きに亘って展示されていたので(H13から一年以上)、3m近い像高の、迫力ある威容を観た方は多いだろう。
 美術院修理完成後、金剛寺に戻るまで東博に展示されていたが、今は高幡不動でいつでも拝観できるそうだ。

 実は、この不動明王は古くから「高幡不動」の名で広く信仰を集めていたが、大護摩が修される特別な機会のほか開扉されず、しかも暗い室内その実態を見極めるのは困難という状況であった。
 「関東彫刻の研究」(S39)「関東古寺の仏像」(S51)をみてみると、暗くて不鮮明な写真が掲載され、鎌倉期の制作とされている。
 S60~61の調査で、平安末の優作であることが明らかになり、S63に都指定文化財に指定され、H6には重要文化財にスピード出世した。

 本書は、3年5ヶ月、1億2600万円を要した不動三尊大修理事業の完了を記念して、金剛寺で発刊されたもの。詳細な修理・調査報告のほか、修理途上の図版が豊富で、充実した研究報告書。

 

 

 ほかに、東京都の仏像についての所蔵本は、次の3冊。

 「関東の古刹 塩船観音寺」武蔵書房編集部編 (S45) 武蔵書房刊 【46P】

 塩船観音寺は、行基開基伝説のある青梅の古刹。
 文永元年(1264)快勢・快賢作銘のある千手観音(重文)ほか、数多くの仏像を遺しており、本書に詳しく解説されている。

 「小田急沿線の仏像」 町田市立博物館図録 (H9) 【67P】
 「町田市の仏像」 町田市仏像調査報告書」(S63) 町田市立博物館刊 【143P】

 見るべき平安仏としては、野津田薬師堂薬師如来坐像、福生寺観音菩薩立像・菩薩立像が、掲載解説されている。

 

 


      

inserted by FC2 system