埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第二十六回)

  第七話 近代法隆寺の歴史とその周辺をたどる本

《その2》再建非再建論争をめぐって(3/5)

【7−3】

2.再建非再建論争史・研究史をたどる本

 「法隆寺」という名前がついた本、「飛鳥時代建築・美術」についての本を見ると、どの本にも、大なり小なり再建非再建論争の話が採り上げられている。
 それほどに、再建非再建論争について書かれた本は、数え切れないほどあるが、ここでは、独善的に割り切って、論争史がよく理解できそうな本をピックアップしてみたい。

 

 【わかりやすい論争概説本】

 まず、論争史・研究史をわかりやすく、コンパクトに纏められた本を、2冊紹介したい。

 『法隆寺は再建か非再建か』町田甲一「日本史の争点」和歌森太郎編(S38)毎日新聞社刊

 この本は、日本史における色々な論争を採り上げ、その経緯、論点などをわかりやすく解説・紹介したもの。毎日新聞夕刊に、10ヶ月に亘り連載されたものを単行本化した本。
 邪馬台国論争、薬師寺論争などもラインアップされている。
 新聞に連載されたものだけに、この論争のいきさつやエピソードが、誰にもわかるようやさしく語られているが、33ページに亘って論点・研究史について、キッチリと丁寧に書き込まれており、論争史を知るには、最適必読の本。

 『法隆寺は再建か非再建か〜法隆寺再建非再建論争の展開〜』藤井恵介「寧楽美術の争点」大橋一章編著(S59)グラフ社刊

 本書は、上代美術史上の主要問題の論争・研究史を美術史研究者が分担執筆して、発刊したもの。テーマごとに、これまでの諸研究の経緯と論点が、コンパクトにまとめられ説明されている。研究発表者、論旨、発表論文、発表誌もきちっと載せられている。
 法隆寺再建非再建論争をはじめ、〈法隆寺釈迦・薬師の銘文と制作時期〉〈広隆寺弥勒は朝鮮渡来か〉〈薬師寺論争〉〈(平安初期)木彫の出現と唐招提寺〉など興味深いテーマが盛り沢山。

 仏教美術史の各種研究史を纏めた本は、それまで全く出版されておらず、本書が初めての本だと思う。仏教美術史に興味ある者にとっては、これほどありがたい本は無く、この本が出たとき、私も思わず快哉の声をあげた。
 必読必携の好書。

 その後、大橋一章を中心に、此の種の研究史本が次々と発刊されている。
 「論争奈良美術」「法隆寺美術〜論争の視点〜」「薬師寺〜美術史研究の歩み〜」「東大寺〜美術史研究の歩み〜」という書名。
 それぞれ、誠に重宝で、研究史がよくわかる本。

 【論争史・研究史をテーマにした本】

 次には、法隆寺再建非再建論争のみをテーマとして発刊された本を紹介。

 「法隆寺論抄」(財)聖徳太子奉賛会編(S2)丙午出版社刊

 本書は、明治以降の法隆寺(再建非再建)研究論文など110編の要旨・論旨のポイントをまとめて、単行本として発刊したもの。明治・大正の法隆寺研究(論文)早わかり、虎の巻とでもいう本。
 本書はしがきには、
 「明治より大正に亘り、・・・・これ(法隆寺)に関する研究、実に百を越えて居る。然るに、それらの論説は、或は単行本に、或は雑誌に、或は新聞に発表せられたものであって、今では、悉くこれを蒐集することは容易でない。そこで・・・・・法隆寺に関する各種論文の便概の起草を委嘱して、それを公にすることにしたのである。」
 とある。
 当時、法隆寺論争が、こうした単行本発刊を可能とするほどに、多くの人々の関心の的であった証左とも云うべきであろうか。

 「法隆寺再建非再建論争史」足立康編(S16)龍吟社刊

 本書は、非再建論最後の旗手であった足立康が、法隆寺再建非再建論争の推移を、論争に登場する主なる研究者の代表的論文により辿るべく、出版した本。
 明治以降の主要論文が、そのまま全文掲載されている。
 黒川真頼「法隆寺建築説」小杉榲邨「法隆寺の建築年代」や北畠治房「法隆寺二寺説」など、他の単行本では見ることが難しい論文も収録されている。
 論争主要論文が、そのまま読める貴重な本。

 足立本人の主要論文も、全て本書に収録されている。ただ、再建論の雄、喜田貞吉の主要論文が、収録されていないのが残念。(前年、喜田の論集「法隆寺論攷」が刊行された関係上、転載出来なかった)
 結果として、非再建論の主要論文集的色彩の本となってしまった。
 足立自身が書き下ろした論争の概説、論文解説も載っている。

 「法隆寺の研究史」村田治郎著(S24)毎日新聞社刊
 「法隆寺の研究史」村田治郎著作集二(S62)中央公論美術出版刊

 東洋建築史学の泰斗、村田治郎が、大いなる熱意を注いで著した、本格的法隆寺研究史本。村田は、昭和24年刊本の序で、
 「この本は、法隆寺、とくに金堂・塔婆・中門を中心とする諸問題についての、諸学者の研究の経過と現在到達している点を明らかにして、多くの人々の理解に役立たしめ、かつ新たに研究を始めようとする人達の手引きになることを、目標としている。」
 と、語っている。

 昭和62年刊本は、法隆寺研究史の集大成本とも云える本。
 前著・昭和24年刊本のベースとなっていた「論争をめぐる研究史」に加えて、「法隆寺創立の研究史」「法隆寺再建の研究史」「方位問題の研究史」「法起寺・法輪寺の研究史」などの章が付加された、400頁余の大冊。
 法隆寺研究史が詳細に述べられると共に考究され、まさに「研究史の研究」本ともいえる。
 本書は、昭和60年、村田が90歳で没後、前著の大幅増補原稿が残されていたことが判り、「(新)法隆寺の研究史」として出版された。

 なお、村田自身の法隆寺研究論文は、次の本に所収されている。

 「法隆寺建築様式論攷」村田治郎著作集一(S61)中央公論美術出版刊

      

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