埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第二百二十二回)

   第三十一話 近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま

〈その9>明治の仏像模造と修理 【修理編】

(13/13〜最終回)



【目次】


1.はじめに

2.近代仏像修理の歴史〜明治から今日まで

(1)近代仏像修理の始まるまで
(2)近代仏像修理のスタートと日本美術院
(3)美術院への改称(日本美術院からの独立)
(4)美術院〜戦中戦後の苦境
(5)財団法人・美術院の発足から今日まで

3.明治大正期における、新納忠之介と美術院を振り返る

(1)新納忠之介の生い立ちと、仏像修理の途に至るまで
(2)日本美術院による仏像修理のスタートと、東京美術学校との競合
(3)奈良の地における日本美術院と新納忠之介

4.明治・大正の、奈良の国宝仏像修理を振り返る

(1)奈良の地での仏像修理と「普通修理法」の確立
(2)東大寺法華堂諸仏の修理
(3)興福寺諸仏像の修理
(4)法隆寺諸仏像の修理
(5)明治のその他の主な仏像修理
(6)唐招提寺の仏像修理

5.新納忠之介にまつわる話、あれこれ

(1)新納家に滞在したウォーナー
(2)新納の仏像模造〜百済観音模造を中心に〜
(3)新納の残した仏像修理記録について

6.近代仏像修理について書かれた本

(1)近代仏像修理と美術院の歴史について書かれた本
(2)新納忠之介について書かれた本
(3)仏像修理にたずさわった人たちの本



【そのほか、仏像修理に携わった人々の本】


「仏像研究三十年」 太田古朴著 (S40) 綜芸社刊 【58P】 280円
 
「仏像彫刻技法〜造像法・木割法・寄木法・一木法」 太田古朴著 (S55)  綜芸社刊 【240P】 3000円
 

  
「仏像彫刻技法〜造像法・木割法・寄木法・一木法」

太田古朴氏は、昭和6年(1931)奈良の美術院で仏像彫刻の道に入り、その後奈良に在って、仏像の修理修復のほか、仏像彫刻、仏像研究の途を進んだ仁です。
大正3年(1914)生まれで、平成12年(2000)86歳で逝去しています。
西村公朝と同時代を生きた人といえるでしょう。

「仏像研究三十年」は、大田氏の30年の仏像研究による論考をまとめて収録したものですが、その中に「30年の記録」という項立てがされており、大田氏の諸業績を回顧することが出来ます。


「仏像彫刻技法〜造像法・木割法・寄木法・一木法」は、なかなか興味深い本です。
仏像制作者の立場に立ち、古代以来の仏師の仏像制作の根則、制作技法について追究実証した本です。

・仏像の姿・シルエットを決める各サイズの法則、「仏像根則」のパターンの分類・検証

・寄木造、一木彫の技法や法則の検証

など、仏師がそれぞれの時代に、どのような法則、ルールに則って、仏像を制作していったのかを明らかにしようとした、類例をみない本です。

仏像修理、仏像彫刻の実技者でないと著せない本だと思います。

 



「南都の匠〜仏像再見」 辻本干也・青山茂著 (S54) 徳間書店刊 【376P】 3500円
 

辻本干也氏は、大正10年(1921)、大阪生まれ。
昭和18年(1943)に美術院に入所、仏像修理一筋の道を進み、美術院国宝修理所副所長を務めるなどして、昭和45年(1970)に美術院を退任した仁です。
昭和48年には豊かな経験と高い技術を買われて、メトロポリタン美術館に招聘され、アメリカに渡った多数の仏像修理を行っています。

本書の帯には、
「40余年にわたって、直接、古仏に触れ、保存修理一筋に生きてきた仏匠・辻本干也の現場からの貴重な証言。
広隆寺の弥勒、法隆寺の塔本塑像、東大寺三月堂の仁王をはじめ、後にはメトロポリタン美術館の仏像など3000躰にのぼる修理に携わった彼の発言は、豊かで深みがあり、従来の観照的な仏像観を完全に払拭する。」
と、記されています。


 
東大寺法華堂・金剛力士像の修理にあたる辻本干也氏

 
メトロポリタン美術館で漆箔剥落止めをする辻本干也氏

この本は、対談集になっており、奈良通で知られる青山茂氏の第2対談集として発刊されています。
対談内容は、「仏師への道」「仏像の素材と造像技法」「仏像の復元と保存修理」「アメリカでの仏像修理」という章立て構成となっています。
修理現場に身を置いた辻本が、平易な語り口で自らの生い立ち、仏像の技法、修理経験を回顧しています。

極めて面白く、興味深い対談内容で、私は、惹き付けられて一気に読破しました。
仏像修理に携わった人の本では、一押しのお薦め本です。


「天平の阿修羅再び〜仏像修理40年・松永忠興の仕事」 関橋眞理編 (H23)  日刊工業新聞社刊 【183P】 1400円
 

松永忠興氏は、昭和16年(1941)、東京日本橋生まれ。
東京芸術大学彫刻科・修士課程修了後、美術院国宝修理所に入所し、西村公朝氏の下、多数の国宝仏像の修理に携わりました。
美術院・研究部長を務め、平成20年(2008)退任後、「和束工房」を主宰し、仏像修理や後継者育成にあたっている仁です。

松永氏は、仏像修理のほかに、美術院国宝修理所にて制作した、古仏像の模造制作にも携わりました、
昭和56年(1981)には、観心寺・如意輪観音坐像の模造
昭和60年(1985)には、興福寺・阿修羅立像の模造
平成14年(2002)には、円成寺・大日如来坐像の模造
の制作に携わったそうです。

本書の題名「天平の阿修羅再び」は、阿修羅像の模造制作に因んで名づけられたものです。
松永氏が修理、模造に携わった主要な仏像についての回顧、回想が語られています。



「仏像修理にたずさわった人たちの本」はここまでにして、最後に、文化財の保護保存という立場から、仏像彫刻の保存、・修理について解説した本をご紹介しておきます。


「彫刻の保存と修理〜日本の美術452号」 根立研介著 (H16) 至文堂刊 【98P】 1571円
 

おなじみの至文堂・日本の美術のなかで、文化財保護シリーズの一冊として刊行された本です。
文化財としての彫刻の「保存」と「修理」について、文化財保護の面から詳しく解説されています。

仏像修理については、
「修理にかかわる歴史と制度」「現在の修理と諸相」「修理の工程」
といった項立てとなっています。

江戸時代時代以前の修理から近代仏像修理方法の確立、仏像修理の具体的工程などが記されており、現代の仏像修理の進め方について解りやすく概観できる内容となっています。

巻末には、「修理工房を訪ねて」と題する、現美術院国宝修理所所長・藤本一氏と根立研介氏の対談が掲載されています。
対談では、「美術院の歴史、美術院の仕事、思い出に残る修理」といったテーマが語られています。


また、「『彫刻』の修理と日本彫刻史研究」(根立研介執筆)というコラムも掲載されています。

そこでは、仏像修理の際に発見された納入物、墨書などに限らず、その際に得られた知見などが、いかに日本彫刻史研究に寄与、貢献してきたのかといったことが記されています。
発見の具体例としては、
興福寺東金堂・維摩居士像からの定慶作墨書の発見、
円成寺・大日如来像からの運慶作墨書の発見、
興福寺・薬師坐像胎内からの長和2年(2013)奥書薬師経の発見
などの例が挙げられています。

その中で、コラムの最後に、大変興味深い問題意識のコメントが、記されていました。
このようなものです。

「『日本彫刻史基礎資料集成・平安時代編』は、やはり昭和40年代に出版が開始された『奈良六大寺大観』とともに、戦後の彫刻史研究に、きわめて大きな影響を与えることとなり、この両者で示されたいわゆる実証的研究が、近年に至るまで彫刻史研究の大きな流れとなっていった観がある。
ただ、こうした研究の動向は、日本彫刻史研究が絵画史研究などに比べると、新しい研究方法の導入に比較的冷淡であったことの原因の一つになっているように思われる。
・・・・・・・・・・
修理とも深く関わって確立してきた実証的研究方法が、彫刻史研究を近年まで拘束してきたという側面も無視はできないように思われる。」

この「明治の仏像模造と修理【修理編】」に話では、こうした仏像修理が、彫刻史の研究的側面に大きな寄与をしてきたということを述べてきましたが、一方では、このような側面もあったということを、深く考えさせられるコメントでもありました。




これで「明治の仏像模造と修理【修理編】」の話も、本当におしまいです。


振り返ると、今の我々が仏像の美しさを鑑賞できているのも、近代仏像修理のおかげであると、つくづく感じます。

また、文化財保護保存だけでなく、仏教美術研究に多大な寄与、貢献をしてきたことも、実感させられました。

仏像を愛好、鑑賞するものにとっては、

「岡倉天心、新納忠之介、美術院」

この3つのキーワードは、決して忘れることはできないものなのだという、強い思いを新たにしました。

今度、奈良に出かけて美麗な古仏を前にしたときには、そんなことに今一度思いを致して拝したいものです。






 

参  考
  第 三十一話近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま
〈その8〉 明治の仏像模造と修理 【模造編】

〜関連本リスト〜

書名
著者名
出版社
発行年
定価(円)
不滅の日本芸術 ウォーナー
朝日新聞社
S29
550円
日本彫刻史
ウォーナー
みすず書房
S27
480円
推古彫刻
ウォーナー
みすず書房
S33
900円
師弟愛で護った古代文化〜新納忠之介とラングトン・ウォーナー
宇宿捷
宇宿歴史研究所
S46

百済観音半身像を見た
野島正興
晃洋書房
H10
1500円
日本美術院彫刻等修理記録T〜Z・全14分冊
奈良国立文化財研究所編集

S50〜55

仏像修理百年展図録
奈良国立博物館編集

H22

「よみがえれ仏像!〜知られざる仏像修理の物語」
芸術新潮2015.5月号特集 
新潮社編集
新潮社
H27
1550円
美術院紀要第1号
「美術院70年の沿革」所収
西村公朝
美術院
S44

秘仏開眼
「美術院のあゆみ」所収
西村公朝
淡交社
S51
1500円
美術院紀要第7号「
日本美術院第2部設立前史〜文化財保護の視点から」所収
田辺三郎助
美術院
H17

ワタリウム美術館の岡倉天心・研究会「日本美術院による国宝修理〜明治30年代の彫刻修理を中心に」新納義雄執筆所収
ワタリウム美術館監修
右文書院
H17
2800円
岡倉天心と文化財展図録
茨城県天心記念五浦美術館編

H25

日本美術院史
斉藤隆三
中央公論美術出版社
S49
5000円
新納忠之介50回忌記念・仏像修理50年
財団法人美術院編

H15

奈良叢記
仲川明・森川辰蔵編
駸々堂書店
S17
3.5円
奈良の本
松本楢重・森川辰蔵編
大和地名研究所
S27
280円
没後50年〜新納忠之介展図録
鹿児島市立美術館編
新納忠之介展実行委員会
H16

大和百年の歩み〜文化編

大和タイムス社
S46
4000円
奈良百年

毎日新聞社
S43
500円
モノクロームの仏たち〜新納忠之介コレクションから〜展図録
大阪府近つ飛鳥博物館編集

H7

モノクロームの守り神〜画像石と十二支像〜展図録
大阪府近つ飛鳥博物館編集

H13

仏像彫刻
明珍恒男
大八州出版
S21
85円
奈良百題
「明珍恒男氏の急逝」所収
高田十郎
青山出版社
S18
5.1円
明珍恒男撮影写真資料の美術史的研究〜仏像彫刻修理写真を中心に
山本勉編集

H9

仏像の再発見〜鑑定への道
西村公朝
吉川弘文館
S51
4800円
祈りの造形〜評伝・西村公朝の時空を歩く
大成栄子
新潮社
H27
1500円
仏像研究三十年
太田古朴
綜芸社
S40
280円
仏像彫刻技法〜造像法・木割法・寄木法・一木法
太田古朴
綜芸社
S55
3000円
南都の匠〜仏像再見
辻本干也・青山茂
徳間書店
S54
3500円
天平の阿修羅再び〜仏像修理40年・松永忠興の仕事
関橋眞理編
日刊工業新聞社
H23
1400円
彫刻の保存と修理〜日本の美術452号
根立研介
至文堂
H16
1571円



 


       

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