埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第二百三回)

   第三十一話 近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま

〈その8>明治の仏像模造と修理 【模造編】

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【目次】


1.はじめに

2.明治の仏像模造〜模造された名品仏像

3.模造制作のいきさつを振り返る

(1)仏像模造に至るまで
(2)岡倉天心による仏像模造事業の企画
(3)仏像模造制作の推進と途絶
(4)その後の模造制作

4.仏像模造に携わった人々

(1)竹内 久一
(2)森川 杜園
(3)山田 鬼斎

5.昭和・戦後の仏像模造

6.仏像模造についてふれた本

(1)模造作品展覧会図録・模造事業の解説論考
(2)仏像模造に携わった人々についての本・論考



2.明治の仏像模造〜模造された名品仏像


さて、明治20年代に、当時の帝国博物館に展示することを目的として、名品仏像の模造が8体制作されたと記しましたが、それらの模造仏像はどのようなものであったのでしょうか?

幸いに、これらの模造仏像は、全て、東京国立博物館に残されています。
現在展示中の薬師寺東院堂・聖観音像模造のように、折々作品を変えて展示されています。

まずは、当時制作された、8体の模造仏像の写真をご覧ください。




竹内久一作、東大寺法華堂・執金剛神像模造(明治24年制作)



   

竹内久一作、東大寺法華堂・伝月光菩薩像模造(左)興福寺北円堂・無着像模造(右)(明治24年制作)



   

竹内久一作、東大寺戒壇堂・広目天像模造(左) 興福寺東金堂・維摩居士像模造(右)(明治25年制作)





森川杜園作、法隆寺・九面観音像模造(明治25年制作)



   

山田鬼斎作、薬師寺・聖観音立像模造(左) 興福寺北円堂・世親像模造(右)(明治25年制作)




如何でしょうか?

ご覧のとおり、云われなければ「本物」と見紛うほどの、見事な出来の模造です。

全て、木彫で製作されています。
三月堂・執金剛神像、月光菩薩像や戒壇堂・広目天像は、本物は塑像ですが、木彫で見事にその質感まで表現されています。

ご紹介した8体は、明治20年代、東京美術学校に制作が委嘱されて、竹内久一、山田鬼斎、森川杜園の手によって製作されたものです。


ほかに、新納忠之介、関野聖雲が明治30年〜昭和初年に制作した模造が3体あります。
これらもまた、帝室博物館の所蔵となり、現在も東京国立博物館に残されています。

写真を、ご紹介しておきます。




新納忠之介作、中尊寺・一字金輪菩薩像模造(明治30年制作)



   

関野聖雲作、浄瑠璃寺・吉祥天模造(左)、新納忠之介・鷲塚与三松作、百済観音模造(昭和6年制作)




平成17年(2005)7月、東京国立博物館で

「模写・摸造と日本美術〜うつす・まなぶ・つたえる〜」

という展覧会が開催されました。

ご覧になられた方も、沢山いらっしゃるかと思います。
この時、ご紹介した模造仏像などが、10体以上勢揃いして展観されました。

なかなかの壮観な光景でした。

「あまりの精妙さに、息を呑む!」

こんな気持ちに襲われました。

ただ、超絶技巧で写したという工芸的な素晴らしさというのではないのです。
模造の仏像なのですが、それぞれの作品に

「魂が注入されている!」

と感じます。


正確に再現するというだけでよいのなら、型取りなどによる複製によって、精密に再現することができます。
昨今は、デジタル技術などが高度化されていますので、寸分違わない作品を模造することは、比較的容易なのかもしれません。

しかし、展示された模造仏像を観ていると、

「これは、科学技術では、絶対にできる作品ではないな!」

と、唸ってしまいました。

単に見事に模しているというレベルを超えて、
「名品仏像の造形精神」
までもが写し取られ、
作品に注入されているからなのだと思います。
並の技量では、出来るものではないでしょう。
制作した竹内久一や山田鬼斎は、当時、東京美術学校の教授であった優れた美術作家でした。


竹内久一・月光菩薩模造の指
岡倉天心は、東京美術学校における日本美術史の講義で、竹内久一制作の月光菩薩像の模造を採り上げ、

「彼の博物館に於ける竹内教授の模造を見よ。

彼の手指を見よ。

人間以上の人の手指は、斯くならんか。」

と、論じています。

内なる造形精神まで写し取る模写・模造ことを「伝移模写」とか「真写し」とかと云うそうです。

創意ある優れた美術作家の手によって
「造形精神まで写し取られた、伝移模写の美術」
を、まさに目の当たりにしました。

展観された、それぞれの模造仏像が、「模造という作品」ではなく「美術作品として優れた価値を持った作品」なのだと、つくづく実感した次第です。


 


       

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