埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百二十一回)

  第二十二話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その5〉  仏像の素材と技法〜木で造られた仏像編(続編)〜

 3.木彫技法についての本

 さてここで、これまで綴ってきた、木彫技法・構造などについてふれた本を、いくつか紹介したい。

 何と云っても、先に紹介した、西川杏太郎著「一木造と寄木造」が、木彫技法についての定本といえるものだが、その他の関連本は次のとおり。

「南都の匠 仏像再見」 辻本干也・青山茂著(S54) 徳間書店刊 【376P】 3500円

 この本は、仏像好きにはこたえられないほどの、面白い対談集。
 仏像の構造技法や修理の裏話などが、次から次へと語られており、何度読んでも飽きない。
 元毎日新聞美術記者で奈良通第一人者の青山茂が、幅広い奈良美術の知識に裏打ちされた質問・話題提供で、辻本干也から仏像の構造、修理技法など貴重な体験談を、平明な語り口で引き出している。
 辻本干也は、美術院国宝修理所で長年にわたり仏像の修理、修復一筋に生きてきた仏師。
 仏像の修理現場で、実際に直に仏像を取り扱い、内部構造を覗くなどした人でないとわからない話が、続々登場する。
 仏像の技法や構造について知るには必読、一押しの必携本。

 木彫仏の技法と構造については、
 「高麗尺から判明した中宮寺菩薩半跏像の木取り」「鋳造仏の木型か、中宮寺の菩薩半跏像」
 という項立てで、不規則な木寄せの謎と、金銅仏の木型のような木彫仏について、
 「クスノキからヒノキに突然変わった木彫材」「彫刻材としては次善のヒノキ」
 という項立てで、クスノキ・カヤ・ヒノキの彫刻用材としての特性とその変遷について、誠に興味深い話が、体験に基づいて語られている。


「仏像の秘密を読む」 山崎隆之著 (H19) 東方出版刊 【206P】 1800円


 これまた、仏像の保存修復の現場に身を置いた研究者が、造像技法や内部構造などについて語った本。
 やさしく、判りやすい語り口で、著名な仏像の造形や技法の秘密について、解き明かしており、読み物として本当に面白い。
 山崎隆之は東京芸大の保存修復技術専攻、本書の中で、

「筆者は、大学で教育に当たる一方で、仏像の調査研究を続け、修復にも携わった。また技法研究の中で、制作実験や仏像創作も試みた。したがって、仏像に関しては、研究者の立場にありつつも、軸足は造り手の側に寄っている。」

 と、語っている。

 木彫技法に関する話としては、
 「見え隠れする原木の残影―樹勢に委ねた薬師の威力〜神護寺薬師如来立像」
 「縦木を束ねた腕と両脚―全身を覆う巨樹の姿〜新薬師寺薬師如来坐像」
 「一木造りと寄木造りの境界―越えがたいその一線〜同聚院不動明王坐像」
 「寸法直しからパッチワークまでー寄木造りの裏技〜興福寺仁王像を中心に」
 などの、項立てがある。
 そのフレーズを見ただけで、内容の面白さ、興味深さに、思わず惹きつけられてしまう。


 続いて、仏像修理、修復に携わった仏師が書いた、仏像の技法、構造などにふれた本を、3冊紹介しておきたい。

「佛像彫刻」 明珍恒夫著 (S11) 大八州出版刊 【303P】 85円


 明珍恒夫は美術院(国宝修理所)の二代目院長。
 長きに亘り、夥しい数の仏像の修理修復に携わった、当時の第一人者。
 一昔前の彫刻史の論文を読んでいると、「明珍の『仏像彫刻』によると云々・・・」という記述に、よく出会う。当時、修復技術者の眼・立場から、きちっと実証的かつ体系立って論述されたものは、本書をおいて無かった。
 本文、写真解説共に、実技者ならではの技術解説、修理の実見記録が豊富で、重用された本。


「仏像の再発見〜鑑定への道〜」 西村公朝著 (S51) 吉川弘文館刊 4800円

 
 西村も同じく、美術院国宝修理所の院長を勤めた仁。東京芸大名誉教授でもあった。
 H15に没したが、京都愛宕念仏寺住職としての活動や、「仏像の見方・見分け方やほとけの心」などをやさしく説いた、数多くの著作で有名。
 本書は、約千二百躰の修理経験を踏まえた、仏像の時代鑑定法の新研究の書。
 仏像の各部位(面相・手足等体躯・服装装身具など)や荘厳具別に、それぞれの時代別特徴、技法等を丁寧に説き起こした、労作、四百数十ページの大冊。
こうした観点から整理・記述した類書があまり無く、文章も平易で読み易い。
高レベルの好著。


「仏像彫刻技法〜造像法・木割法・寄木法・一木法〜」 太田古朴著 (S48) 綜芸社刊 【258P】 3000円

 大田古朴は奈良美術院で仏像彫刻の道に入り、仏像彫刻師としてスタートし、木彫仏像制作に従事するとともに、国宝・重文の仏像修理を手がけた仁。
 内容は、題名と副題のとおりで、木彫仏像の造像根則・法則を研究、解析した本。
 仏師の立場で、仏像の各部位の尺寸法量の定め方の根則や技法が詳細に記されている。
 少々とっつきにくいが、参考本として紹介しておきたい。
 

 ここまで、美術院国宝修理所の仏師たちの著書を紹介してきたが、重要文化財級の仏像の修理修復を一手に引き受けている、美術院の修理修復研究成果をまとめた本がある。

「日本美術院彫刻等修理記録T〜Z」 (S50〜55) 奈良国立文化財研究所刊 図解編解説編計14冊

 本書は明治33年から昭和19年に及ぶ旧日本美術院における仏像修理事業の記録を公刊したもの。
 著名仏像の修理図解、写真などから、その構造、技法を知ることが出来る、貴重な資料。
  

 ついでに、平安木彫像の技法、構造をはじめ、調査記録の学術的研究資料集成といえる本も紹介しておこう。
 材質、技法、構造などの詳細な調査記録と写真、図解が収録されており、学術的の高い、最高峰の調査研究資料。


「日本彫刻史基礎資料集成 平安時代 造像銘記編8巻 重要作品篇5巻」 (S41〜H9) 中央公論美術出版社刊 126000円

「日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記編既刊7巻」 中央公論美術出版社刊〜出版継続中〜



 次に、東大寺南大門仁王像の技法に関する本

「仁王像大修理」 東大寺南大門仁王尊像修理委員会編 (H9) 朝日新聞社刊 【237P】 3000円


 S63〜H5にかけて行われた仁王像の解体修理を機に編集された本。
 修理の概要や経過から、運慶、快慶、重源についてまで、諸研究者が寄稿している。
 技法と構造については、松島健が「そして一本の檜材に〜寄木造り彫刻の構造と技法〜」という解説を寄せており、鎌倉時代の巨像、仁王像の木寄せの構造について、詳細に記している。




 最後に、一木彫から寄木造りへの展開、寄木造りの技法などについて、研究者が論じた論考が掲載された本をまとめて紹介しておきたい。

「寄木造りの形成」 毛利久著
「日本仏教彫刻史の研究」所収 (S45) 法蔵館刊 【337P】 5500円

「寄木造り彫刻の性質」 中野忠明著
「日本彫刻史論〜様式の史的展開」所収 (S53)木耳社刊 【285P】 1600円

「寄木造りについて」 久野健著
「日本仏像彫刻史の研究」所収 (S59) 吉川弘文館刊 【561P】 20000円

「寄木造りと藤原様式」 清水善三著
「平安彫刻史の研究」所収 (H8) 中央公論美術出版刊 【525P】 30900円

「日本の木彫像の造像技法(―木割矧造りと寄木造りを中心に)」 根立研介著
「木の文化と科学」 伊藤隆夫編所収 (H20) 海青社刊 【218P】 1800円

「古代木彫史論序説」 田中義恭著
「東京国立博物館紀要 第24号」所収 (H1)東京国立博物館編集発行 【162P】
 

 


       

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