埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百十四回)

  第二十二話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その5〉  仏像の素材と技法〜木で造られた仏像編(続編)〜


 【22−1】木彫技法の基礎知識


【醍醐寺薬師如来坐像】
頭体部一木・膝前腕部別木

 ある仏像の展覧会。
 丈六程の大きな木彫如来坐像の前。
 こんな話し声が、自然に耳に入ってくる。

「この仏像、〈一木彫〉って書い てあるわよ。すごいわね!こんな大きな仏像を一本の木で彫っているんだって。
ほら、あの腕や指の先まで一つの木から彫ってあるのよ。脚を組んで座っている膝のところまで一木なのだから、よほどの凄い大木だったのでしょうね。」

「大きな仏様だね。これだけ大き いと、いくら木彫といっても相当重たいのだろうね。
何百キロぐらいあるのだろう?博物館へ運んでくるのも重くて大変だったろうね。」


 博物館などへ出かけると、こんな会話を耳にすることが、時々ある。


【浄楽寺阿弥陀如来坐像】
しっかりと内刳りが施されている

 「そうじゃないんだけどね」
 と、心の中でつぶやくのだけれど、
 折角の仲間同士の楽しい話をさえぎって、こんな話をするわけにもいかない。

「一木彫というのは、頭から胴の 部分が一本の木で作られていれば、腕や膝のところが別の木で作られていても〈一木彫〉というのですよ。
この仏像も、そのように造ってあるので、胸周りぐらいが一本の木で取れるぐらいの太さの材木を使っているのだと思いますよ」

「大きな木彫仏になればなるほ ど、〈内刳り〉というものが施されていて、結構軽く造ってあるのですよ。
この仏像も、しっかり内刳りされていますから、中は〈がらんどう〉といっても良い感じになっています。何人かの力で持ち上げられると思いますよ」


 仏像の技法や用語には、「字面」だけで理解しようとすると、難しいというか思い違いをしてしまうものが、結構ある。
 一木造、寄木造、割り矧ぎ、内刳り・・・・・などなど
 木彫技法について理解を深めようとすると、まずもって、その用語の意味や定義を良く知っておくことが必要だ。

 そういえば私も、こんな質問をして、間違った用語の使い方を、諭されたことがある。

「中宮寺の弥勒菩薩像は、一木造 ではなくて、不規則な木材を寄せ合わせた【寄木造】になっていますが、なぜあのように木を寄せて作る必要があったのでしょうか?・・・・」



【中宮寺 菩薩半跏像】

 専門家の先生から、このような説明があった。

「中宮寺の弥勒菩薩像の造り方 は、寄木造とは言いません。
確かに、いくつかの材を寄せ合わせて造ってあるけれども、寄木造という用語を使ってよいのは、計画的に法則にかなう木の寄せ方をした造像技法によるとき で、この像のように自由・不規則に工夫された木の寄せ方の場合は、寄木造と呼んではいけないのです。
【寄木造】は、10世紀後半から始まった技法です。」


 仏像の技法の用語というのは、なかなか素人には難しい。

 そこで用いられる「技法用語、構造用語」について、まずよく知っておくことが、一木造りから寄木造りへの発展展開を知るには、どうしても必要だ。
 少々、用語解説のような単調なものから始まることとなるけれども、「現代用語の基礎知識」ならぬ「木彫技法用語の基礎知識」ということで、用語の意味を 理解するところから始めたい。

 この木彫構造の調査研究については、西川杏太郎の業績に負うところが、大変大きい。
 その概要は、西川杏太郎著「一木造と寄木造」に纏められており、わかりやすく知ることができる。
 ここからの、構造技法の概説も、この「一木造と寄木造」の内容を、筆でなぞるようなものになっているので、詳細はこの本を買って読んでもらうのが一番で あろう。

 「一木造と 寄木造(日本の美術202号)」 西川杏太郎著 (S58) 至文堂刊 【89P】 1300円

 

 【一木造(一木彫)】

 「一木造」というのは、その言葉のとおり、一本の木材から仏像の姿を彫り出していく技法である。
 「一木彫」と呼ばれることも多く、その方が馴染みがあるのかもしれない。
 一木というのだから、頭のてっぺんから足先まで、すべての部分が一本の材木から刻みだされているかというと、そういうわけではない。
 立像の場合、腕・手先やひるがえる天衣などは、別の木材を矧ぎ付けている場合がほとんどだ。
 坐像の場合は、前に張り出した膝前の部分は、別の材を横木で矧ぎ付けているのが一般的である。
 「なーんだ。一木、一木といっても、本当に一木で彫っているのじゃないんだ。ずるいじゃないか」
 と、感じる方もいるだろう。
 そもそも、この「一木造」という呼び方は、古い時代からあった言葉ではない。
 この用語は、「寄木造」の対語として、明治以降の美術史の先駆者たちによって名付けられた新造語なのだ。
 それぞれの用語の定義は、必ずしも明確なものとは言い切れなかった。
 戦後、文化財修理・修復が進められる中、木彫像の構造技法の調査研究が進展し、これらの用語など木彫技法に関する技術用語が整理され、定義付けられるよ うになった。

 現在、「一木造」という用語は、

 「像の中心となる頭部と躰部の 主要な部分が一材から彫り出されているものを、すべて一木造と呼ぶ」

 と定義されている。

 要するに、頭から胴までの部分が一材であれば、後は別材でも、どのように造ってあっても、「一木造」と呼ぶということだ。
 一木造の代表作とされている、神護寺薬師立像、元興寺薬師立像も両手(先)は別材を矧ぎ付けているし、法華寺十一面観音像も両手首とそれに連なる天衣は 別材だ。

  

【神護寺薬師如来立像】    【元興寺薬師如来立像】    【法華寺十一面観音立像}

 
【慈尊院弥勒如来像】          【勝常寺薬師如来像】

ともに、膝前部も含めた一木材から彫り出されている


【醍醐寺薬師如来坐像】
膝前部は横木の別材を矧ぎつけ

 坐像では、慈尊院弥勒像、勝常寺薬師像は膝前部も含む一材で彫り出しているが、室生寺釈迦像、醍醐寺薬師像 は膝前部を別材・横木で矧ぎ付けている。
 一木彫といえば平安前期彫刻の代名詞のようなものだが、その頃は、用材とする木を、単なる素材として考えるのではなく、神の依代としての霊性をもったも のとして、その材から仏像の姿を顕そうと考えていたのだろうと想像される。
 そういった面からは、身体のすべての部分を、一木彫り出したかったのであろうが、等身以上のそれなりの大きさの仏像をすべて一木で彫るには、想定以上の 巨材が必要となっただろう。


 膝前や躰部から離れた腕・手先、ひるがえる天衣などを巧みに表現をしようとすると、材の大きさの制約からも、技術的にも、その部分は別材矧ぎ付けとする ほうがやりやすかったのであろう。
 そんなことから、必要に応じて一部を別材矧ぎ付けとしたのであろう。


【法隆寺九面観音立像】
全てを一木から彫り出している

 完璧に一材から彫り出した一木彫は、檀像と呼ばれる小像ぐらいで、唐渡来と伝える法隆寺九面観音は耳のイヤ リングまで一木から彫出していることで、大変有名だ。

 平安前期(9世紀まで)の木彫像は、すべてこの一木造りの技法により造られている。
 その造形表現は、一木彫という技法らしい表現となる。
 一木彫は、ひとつの木材を木取りし、荒彫り、小作り、仕上げという段階を踏んで、彫り進めていく。
 木材を、削り落とし、刻み出しながら造形していくこの技法では、一度彫り入れたノミは、もう修正することが出来ず、一刀一刀ゆるがせに出来ない仏師の緊 張感が造型に反映され、捻塑的技法には見ることが出来ない、力強さ、鋭さ、緊張感などを生み出していくことになる。
 それが、平安一木彫の仏像が我々を惹きつける魅力なのである。

 
   荒彫りの段階【元興寺薬師如来立像模作】

 

 この「一木造」という技法は、その後の時代へも長く継承されていく。
 大型の仏像は、10世紀末頃から「寄木造り」で造られるようになるが、小型の仏像は時代が下っても一木造りで造られていることが結構多くある。

 


       

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