埃
まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百六回)
第二十話 仏像を科学する本、技法についての本
〈その2〉 仏像の素材と技法〜金属・土で造られた仏像編〜
【20−8】
3.乾漆仏像の技法についての本
長かった乾漆仏の技法の話。
少々疲れ気味というところだが、そろそろ終幕と致したい。
最後に、「乾漆仏の技法」について取り上げた本を紹介したい。
乾漆仏像の技法について最もわかりやすく、詳しく説明された本は次の2冊。
「乾漆仏 日本の美術254」 久野 健著 (S62) 至文堂刊 【98P】 1300円
定評ある至文堂「日本の美術」の仏像の素材シリーズとして刊行された。
国立文化財研究所で、仏像のX線透過撮影調査研究の第一人者であった、久野健の執筆。
乾漆諸像の名品を時代の流れの中で追うとともに、諸像の内部構造、心木構造の分類・類型や久野自身の考えが、詳しく説明されていて興味深い。
末尾に「阿修羅を造る」と題する、久野健と美術院所長の小野寺久幸の対談が10Pに亘り掲載されている。
これは、まことに面白い。
この対談は、美術院が文化庁からの依頼で、阿修羅像の模造を奈良時代の脱乾漆技法に復古して制作したときの、脱乾漆技法についての体験談や新しい知見な
どが、豊富に語られている。
塑像心木を抜き取り新たに心木を入れる話や、抹香漆の材料の話など興味深い話が、平明に語られている。
「天平彫刻の技法〜古典塑像と乾漆像について」 本間紀夫著 (H10) 雄山閣刊 【282P】 15000円
本書は、塑像の話の項でも、紹介した本。
東京藝術大学で仏像制作および仏像修復・復元などを行うとともに、古典彫刻の技法研究に従事してきた本間紀夫の、天平彫刻の技法研究書。
乾漆仏像の技法を勉強するには、最高峰の本。もっとも詳しく説明され、諸問題についての考究も深くなされている。
本間は、東京藝術大学彫刻家卒で、仏像制作、復元など古彫刻の研究をおこなっている仁。
本書の序文には、このように書かれている。
「本書では、筆者がまがりなりにも自らの手で制作する分野に限り、金銅仏は割愛した。
技術の流れといったものを縦糸に、実際の技法や材料の話などを横糸に、読み終わって塑像、乾漆像といった古代の彫刻像が内部から実感されるようなものに
できたらと考えている」
さすがに、実技者の立場からの研究で、乾漆仏制作の工程・有り様が手に取るように説明されていると共に、X線写真、内部構造図等が豊富に掲載されてい
る。
この「乾漆仏の技法」についての稿を書く上で、最も参考になり、新たに知ったことも数多く勉強になった本。
是非とも、ご推薦。
次に、木心乾漆像の【X線透過撮影調査】による、内部構造研究・論考書を紹介。
「光学的方法による古美術品の研究」 東京国立文化財研究所光学研究班著 (S30一刷・S59二刷増補版)吉川弘文館刊 【344P】 38000円
先にも記したように、終戦後、「X線透過撮影による文化財の調査研究」が、わが国で、実質的に初めて開始され、仏像関係は、久野健がその調査研究の任に
当たった。
昭和24〜30年、木心乾漆像を中心としたX線透過撮影調査がおこなわれ、その後四十八体仏を中心としたγ線透過撮影調査がすすめられた。
科学的調査研究黎明期の困難、辛苦はただならぬものがあったと記されているが、その集大成として出版されたのが本書である。
木心乾漆像については、十数体のX線透過撮影をおこなった結果、その調査結果を掲載するとともに、内部心木構造を4つに類型化、その技法的発展について
論じている。
わが国における、仏像のX線・γ線透過撮影研究の歴史と成果を振り返ることができる貴重な書。
「X線による木心乾漆像の研究」 本間紀男著 (S62) 美術出版社刊 【2分冊・994P】 27000円
本書は、我国に現存する木心乾漆像42体のすべてについて、X線解析によりその構造、技法、材質を実証的に明らかにした本。
本間は、その序文で、
「私とX線との係わり合いは、・・・・久野健先生をお訪ねして東京芸術大学で私の担当していた大学生にX線による古代彫刻の調査の講義にお願いに参上し
たときに始まる。・・・・
当研究は、久野健博士の開拓された道を、彫刻家として、また古代彫刻技法の研究者としての立場から実証的に展開させたものであるが、・・・・」
と述べている。
そのとおりで、久野健の木心乾漆像の内部構造の研究を、大きく発展完成させたのが本研究。
各像の調査内容について詳述するとともに、X線透過写真と構造図が掲載されている。
その内容は、まさに「微にいり細にいり」という言葉そのままに詳細を極め、構造、技法などが細かく記してある大著で、「X線による木心乾漆像の構造・技
法・材質の研究」として提出した博士論文を出版したもの。
久野健は、本書に寄稿した序文で、
「本書は近年まれに見る高度な研究書である事にかわりはない。今後、古代彫刻を研究する者は、必ずや本書を一読せずには白鳳・天平・平安初期の彫刻を論
ずることは難しいのではないかとさえ私は考えている・・・・」
と記している。
先に紹介した「天平彫刻の技法〜古典塑像と乾漆像について」には、本書での、調査の内容、論考の主旨などがまとめて述べられている。
最後に、その他、乾漆仏に関する本を二冊ほど紹介しておこう。
「私の古美術論集」 本間正義著 (S62) 私刊・非売品
国際国立美術館長、埼玉県立近代美術館長を歴任した著者の若き日の仏教美術史論文を集めた本。
「塑像および乾漆像の制作と衰微に対する一解釈」
「上代の塞技法について」
「天平時代の仏師と造仏所」
という論考が掲載されている。
共に、昭和27年に研究誌に発表された古い論文だが、乾漆像の制作日数や費用という観点から、遺された古文書等を分析研究した貴重な論考を読むことがで
きる。
「南都の匠〜仏像再見」辻本干也・青山茂対話集(S54)徳間書店
この本は、長らく美術院で仏像の修理修復に携わった辻本干也が、仏像の修理、保存などについてのこぼれ話、経験談などを交えて自らの人生を語った対話
集。
辻本干也は大正10年生まれ、細谷三郎而楽に乾漆・塑像を、吉川政治に木彫技法を学ぶ。昭和18年美術院国宝修理所に入り、三十三間堂の千躰佛修理を手
始めに、数多くの仏像修理・修復を行った仁。
「仏師への道〜仏像の素材と技法〜仏像の復元と保存修理〜アメリカでの仏像修理」という章立てになっており、構造図・修理図、修理途中の仏像写真も豊富
で、対話集と思えぬほど、技法、構造の勉強になる本。
「仏像の素材と技法」の章では、乾漆像にとどまらず、各種の素材と技法について語られているが、乾漆像については「乾漆像の造り方〜三月堂仁王像の内部構
造〜天平期は抹香漆、平安以降は木屑漆〜聖林寺十一面観音と木心の内刳り」などの項立てで、本稿で取り上げた各テーマに対する、興味深い話や体験談が豊富
に盛り込まれている。
ぜひ一読をお勧めしたい、楽しく読める仏像技法の本。
了
参 考
第 二十話 仏像を科学する技法についての本
〈その2〉仏像の素材と技法〜漆で造られた仏像編〜
〜関連本リスト〜
書名
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著者名
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出版社
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発行年
|
定価(円)
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天平彫刻 |
編集代表・児島喜久雄 |
小山書店蔵版生活百貨刊行会 |
S29 |
1500 |
古寺細見 ほろびの美 |
寺尾勇 |
日本資料刊行会 |
S58 |
4800 |
古寺巡礼 |
和辻哲郎 |
岩波書店 |
T8 |
|
天平彫刻の典型 |
町田甲一 |
座右宝刊行会 |
S22 |
25 |
日本美術全史〜世界から見た名作の系譜 |
田中英道 |
講談社 |
H7 |
5800 |
乾漆仏 日本の美術254 |
久野 健 |
至文堂 |
S62 |
1300 |
天平彫刻の技法〜古典塑像と乾漆像について |
本間紀夫 |
雄山閣 |
H10 |
15000 |
光学的方法による古美術品の研究 |
東京国立文化財研究所光学研究班 |
吉川弘文館 |
S30・S59 |
38000 |
X線による木心乾漆像の研究 |
本間紀男 |
美術出版社 |
|
27000 |
私の古美術論集 |
本間正義私刊 |
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S62 |
非売品 |
南都の匠〜仏像再見 |
辻本干也・青山茂対話集 |
徳間書店 |
S54 |
3500 |
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