高 見 徹

第二日目

〜行程〜

11月2日(金)いわて沼宮内駅 天台寺(岩手県二戸市)→ 東楽寺(盛岡市) 盛岡市泊

11月3日(土)正音寺(紫波郡紫波町)成島毘沙門堂(花巻市東和町)凌雲寺(花巻市東和町)
         →立花毘沙門堂(北上市黒沢尻町立花)→ 水上市立博物館 
         → 藤里毘沙門堂(奥州市江刺区藤里) 水沢市泊

11月4日(日)黒石寺(奥州市水沢区黒石町)→ 正法寺 → 二十五菩薩堂(一関市東山町松川)


11月2日(金)
 天気は快晴、但し天気予報では寒い週末となりそうだとのこと。
このところ仏像旅行を控えていたため、久しぶりの旅行となる。しかも今回行く岩手のお寺は、学生時代以来、約40年振りの訪問となり、とても楽しみだ。
 感受性の高かった青春時代に受けたあの感動と同じ感動を再び感じることが出来るだろうか。ちょっと心配でもある。
 今回は現地集合であったが、結局全員が同じ新幹線に乗っていた。
 盛岡を過ぎると左右の山はすっかり紅葉が進んでおり、黄色から赤まで色とりどりに染まってすっかり秋めいている。
 盛岡の次の駅「いわて沼宮内」で下車。実は駅名の読み方が分らず降りる時がちょっと心配だった。正解は「いわてぬまくない」。
 いわて沼宮内駅は、観光案内所や地区の集会場などを兼ねた建物になっている。3階の改札口からは吹き抜けの広い階段が一階まで続いている。外観もホテル並みの豪華さだ。但し乗降客は我々だけで建物内も閑散としている。



 駅前から、マイクロバスで一路天台寺へ
 途中田代平高原の山越えを通り、紅葉見物を兼ねながら高速道路で浄法寺ICへ。
 道端にある温度計は8から10度を示しており、途中休憩で車を降りと肌寒いくらい。やはり関東とは5度以上温度が違うようだ。

 天台寺

 天台寺の登り口には、山号である桂泉山の名の元になったという大きな桂の木があり、根元からは今も滾々と水が湧き泉になっている。登り口からは仁王門まで長い石段が続いているが、マイクロバスであれば、石段の途中の駐車場まで登ることが出来る。
  天台寺では戦前に、当時の住職が山中の木を勝手に売り払い裁判になった事件があった。以前に来た時は未だ境内に大きな木が無く、広い空が広がっていたと記 憶しているが、現在は植林が進んだためか小振りながら随分杉の木が生茂っている。山門の脇では間引きであろうか、チェーンソーを使って杉が切り倒されてい る。その音が丁度バイクのエンジンを吹かした音に似ているため、近くに暴走族でもいるのかと勘違いしていた。
 前住職の瀬戸内寂聴さんのお陰で随分境内も整備されたのかと思っていたが新しい収蔵庫が出来ている他は境内の佇まいはほとんど変わっていない。
 しかしその収蔵庫はいただけない。以前の収蔵庫は、もう少し広い場所に仏たちが安置されていたが、今は、全面ガラス張りのケースの中に窮屈そうに多数の仏たちが安置されている。
  しかも、現在日本各地の高島屋系のデパートを循環展覧されている「瀬戸内寂聴展」のため、十一面観音立像や如来立像など3体がしばらくの間不在であるとい う。十一面観音立像は、国の重要文化財であり、本来は耐火構造の博物館など以外では展示出来ないはずだが、文化功労者になった寂聴さんになると違うのだろ うか。

● 本堂、仁王門 重文 江戸時代前期
● 聖観音立像 重文 像高116.5cm 素地 カツラ 一木造 平安時代後期
● 十一面観音立像 重文 像高171.8cm カツラ 一木造 素地
○ 伝多聞天立像 県文 像高175.5cm カツラ 一木造 平安中期
○ 伝広目天立像 県文 像高160.0cm カツラ 一木造 平安中期
○ 木造伝吉祥天立像 県文 像高152.0cm カツラ 一木造
○ 木造菩薩形坐像 県文 像高240.0cm カツラ 一木造
○ 如来立像 二体 県文 177.8cm 178.3cm カツラ 一木造 素地
 聖観音立像は、さすがに東北随一の鉈彫像である。やや小振りながら、その凛とした佇まいや姿勢は風格が感じられる。鉈彫像といえば、現在不在の十一面観音立像と共に必ず紹介される像であり、初期の鉈彫像の中でも、地方色の少ない中央風の優美な像である。
  しかし、天台寺の仏像の魅力を伝えるのは、これらの二体の観音像ではなく、本堂に安置される菩薩形像であり、収蔵庫に安置される如来形、吉祥天像である (一部は寂聴展で不在)。東北らしさという点ではこれらの像の存在感は大きなものがある。かつてはどこにでも居そうな素朴な娘さんを彷彿とさせる菩薩像、 吉祥天像など、この地の人々が護り続けた風土と歴史が感じられる像である(盛岡のホテルの前を闊歩していた、東京の渋谷と全く変わらない今風のギャルたち からは想像もできないが)。 
 二体の観音像もそうだが、蝦夷征伐の最前線であったやや南の東和町の成島毘沙門天像や、黒石寺薬師如来坐像などの厳しく威圧的な姿に対して、なんと穏やかな姿なのであろう。最前線は緊張感があっても、そこに住む人々の暮らしは長閑で平和だったのであろう。
  
 境内の案内所でお伺いすると月毎の寂聴さんの法話の際は、参拝者がぞろぞろと来られ、境内は人で一杯になるという。住職を辞められたとはいえ、その人気は相変わらずのようだ。

 国道から天台寺への入り口に浄法寺漆の漆器展示販売所がある。漆塗りの工房が併設されており、当地の漆器家が作った漆器が名前付で展示販売されている。
 塗り箸を買った会長の話では、東京で買うよりかなり安いとのこと。
  浄法寺町には、古代から日本最大の漆の産地として知られているが、現在でも町内に25万本の漆の木が植栽されており、浄法寺漆林は文化庁が文化財保護事業 の一環として、国宝や重要文化財など文化財建造物などに使われる木材や漆、屋根材の檜皮や茅などの資材の安定的確保・関係技能者の育成のために、今年度創 設した「ふるさと文化財の森」に漆林として唯一指定された。
 漆は、かつては漆の木 を弱らせないように長年にわたって、毎年一筋ずつ傷をつけて、樹液をその分だけ採取する「養生掻き」という採取が行われていたが、明治時代に入ってから は、より効率的に漆を採取するため、ある程度大きく育ててから、一度に傷をつけて一年間で全ての樹液を採ってしまう「殺し掻き」という採取が取り入れられ ているそうだ。
 漆も使い捨てのサラリーマンのように厳しい時代になったものだと、思わず同情してしまう。

東楽寺

 いわて沼宮内駅から紅葉を楽しみながら峠越えの道を辿ったため、東楽寺に到着したのは夕方になってしまった。
 東楽寺は、破損仏を安置するお寺で小さなお寺かと思っていたが、立派な境内と堂宇を持つお寺だった。
 この寺に伝わる仏像は、もと盛岡市の北東に位置する修験道の霊場である姫神山に伝えられたもので、廃仏毀釈で行き先を失い、転々とした後姫神嶽神社に集められ、昭和初年になって、姫神嶽神社から一括して東楽寺に移された。

○ 十一面観音立像 像高360.6cm ハリギリ 一木造
○ 仁王像(2体)県文 阿形 像高218.7cm 吽形 像高203.0cm カツラ 一木造
○ 十一面観音菩薩立像(5体)附 木造立像(1体) 県文 平安時代
 1号 像高190.0cm ハリギリ。
 2号 像高176.0cm カツラ。
 3号 像高130.0cm ハリギリ。
 4号 像高164.0cm ハリギリ。
 5号 像高177.0cm カツラ。
 6号 像高88.0cm カツラ (附木造立像)。

  山門の脇にコンクリート造りの六角のお堂があり、その中に像が安置されている。ほとんどが平安時代の制作になる一木造の像であるが、朽損が激しく流転の歴 史を感じさせる。二体の仁王像を除く七体の菩薩像は、すべて十一面観音立像であるが、十一面の化仏が残るものは1体だけで、他は全て頭頂の化仏を失ってい る。
 中央の本尊十一面観音像は像高3.6mを越え、東北地方では成島毘沙門天像に 次ぐ大像である。頭頂の化仏と左腕を失っているが、堂々とした量感ある像である。巨像ながらバランスもよく、中央風の像である。背中から大きく内刳が施さ れて薄い背板が当てられており、裳裾あたりはスカートを履いたように薄くなっている。
 本尊後方両脇の十一面観音立像は両腕を失うなど痛みが激しいが、共に耳前の髪の毛を天部像のように逆立てているのが特徴的である。
 また本尊の前方両脇に立つ等身大の十一面観音立像は一番原形を留めている。面相は理知的で、衣文、条帛、裳の表現も丁寧で量感もあり、本尊十一面観音立像に先立つ様式を示している。
 これらの像はほとんどが、ハリギリという東北地方ならではの材料が使用されており、それぞれ時代や様式は異なるものの、いたって中央風の雰囲気を表している。
 これは、地方作の特色の顕著な天台寺の諸仏とは対照的な存在であり、姫神山の十一面観音信仰の奥深さを見る思いがする。

  手前の仁王像は手足を失っており、体部は彫りもほとんど摩滅して、腰の部分に所々に大きな穴が開いている。特に阿形像は、首部を大きく欠いており、頭部は 体部とほんの一部でしか繋がっておらず、抽象彫刻のモニュメントを思わせる像であるが、仏像というジャンルを越えて訴えかけるものを感じる。

 これらの像が木塊となってもなお我々に訴えかけるのは、東北のという、かつては辺境であったこの地の風土とそれを護り続けた人々の力なのであろうか。


  盛岡市は県庁所在地だけに結構賑やかな町だ。夕食は盛岡市の中央通りから少し入った南部百姓屋。店中の壁や天井一杯に、古民具や鮭の燻製、とうもろこしな どを所狭しと並べたお店で、三陸海岸の海産物などの郷土料理店だ。ホヤの刺身、ホヤと蛍イカの塩辛、舞茸と野菜のかき揚げやサラダなど珍しい山海の珍味が 出てくる、しかも一人前の量が多い。かき揚げは大きな皿一枚分、焼きおにぎりは直径15cmはあろうかというサイズ。どう見ても4人前という大きさだ。
 それでいて安い。全員満足して帰宿。

 

第二日目

 

 

 


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