貞観の息吹き 
高見 徹

5. 蓮長寺 十一面観音立像滋賀県野洲市) 


 野洲市比留田には、延喜式内社・比利多神社の論社の一つと伝える浅殿神社があり、地名は祭神の比利多神に由来するとされる。この地は早くから開け、聖徳 太子がこの地に寺院建立を発願したと伝えている。
 蓮長寺もまた、聖徳太子の開基と伝わるが開創年は不明である。延文4年(1359)、教寛が開基となって中興されたという。
 本寺の十ー面観音立像は、かっては天台系の高福寺という寺院に伝わった像といわれ、火災によって廃寺となった後、本像のみが飛地境内にあった観音堂に安 置 されていた。永年信徒によって守られてきたが、現在は蓮長寺の管理となって境内の収蔵庫に安置されている。
 ほぼ等身大の像高166cmの像であるが、宝髻から裳裾まで全体をヒノキの一木から彫出しており、内刳は施されていない。頭頂仏を失うほか、右指先や足 先、化仏の一部が後補となっているが、全体に保存状態は良い。
 右手を垂下し左手に未開敷の蓮華を挿す水瓶を持つ通例の十一面観音像で、化仏の面相も玄奘三蔵が翻訳した「十一面神呪経」に従ったものであることが分か る。
 彫りは全体に深く明瞭で粘りのある彫法を示している。右足を遊足とし、インド彫刻を思わせるように 腰を大きくくねらせた姿勢はバランスもよく、また膝前の大振りの衣文や、天衣の下端に表された旋転文は貞観彫刻に見られる力強さを感じさせる。
 彩色は全く施されない素木像であり、中国から請来された檀像を基に我が国で造られた、いわゆる壇像様彫刻である。壇像様彫刻は各地に見られるが、本来の 檀像の精神を的確に伝える素木像は多くはない。
 平安仏を多く残す近江地方において、面相や姿体などに同様の印象を与える像として、常教寺・聖観音立像、来迎寺・観音立像、園城寺・十一面観音立像、渡 岸寺・十一面観音立像、比叡山・干手観音立像などがある。
 しかし、本像はこれらの像に感じられるような初発性に欠ける。特に、左肩から右脇腹に掛かる条帛や腹前の衣褶の表現はやや技巧的で、肉付きも少なく面相 も穏やかになっている。
 これらの像に倣って造られたか、あるいは請来された図像などに基づいて造られた像と考えられ、天台系の遺品として貴重である。


 




 


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