貞観の息吹き 
高見 徹

53.  並木神宮寺 普十一面観音立像千葉県香取郡神崎町並木


 神崎(こうざき)神社は、利根川の右岸に面して建つ神社である。本来下総国一宮である官幣大社香取神宮の末社であったが、地理的に常陸国とを結ぶ水運の要所であり、しかも付近は渦を巻く難所であったことから、水運の神として独自の信仰を集めた。

 神崎神社の南約1kmにある並木神宮寺は神崎神社の別当寺として創建され、かつては現在の神崎神社の近くに建立されたが、元禄年間の山崩れで大破したため、現在地に移したという。
 仁王門を入って長い石段を上ると高台に観音堂が建つ。

  厨子の中に安置される本尊十一面観音立像は、ほぼ等身大のカツラ材の一木造で、眉、眼や口髭及び胸前の瓔珞など墨書の跡が残されている。しかし墨書はやや 稚拙であることから、あるいは当初は彩色が施してあったのが剥落し素地となったため、後世墨書が施されたものとも考えられる。左手は肘を曲げて華瓶を持 ち、右手は下げて数珠をとっている。
 顔立ちは穏やかで、衣文の彫りも浅く、他の一木像の中では一番新しい様式を伝えており、平安中期の制作と考えられる。左肩の外側と両手先、足先が後補である以外は、保存状態も良く、粗彫りで表された頭部の化仏や天衣も当初の姿を残している。

 厨子の中には、本尊とは像高も時代も異なる如来立像、菩薩立像、天部像の各像が納められている、
  本寺に伝わる像で注目されるのは、厨子の両脇に安置されている四天王像であろう。一体は盗難に遭ったといい、現在3体が残されている。全て岩座まで含めて 一本の木から彫り出し、内刳も施さない一木造の像である。像の表面はかなり摩滅しており、肩先、肘先も失われて顔立ちも明確ではないが、太造りの体躯や動 きのあるバランスのとれた姿勢を示している。
 3体の内、像高のほぼ同じ2体は兜を深く被り、短躯で量感のある体躯など古様である。またこの内一体は足に沓をつけず裸足であるのが珍しい。四天王像などの神将像で裸足の像は、本像以外では長野市保科清水寺の広目天像だけであるという。

  この他、堂内には、等身大の菩薩立像と天部立像がある。両像とも傷みが激しく、木心部が朽損して空洞化し自立できない状態だが、造形的には古い様式を持っ ている。特に天部立像の膝前の衣の表現は独特で、地方仏ながら平安前期の彫刻に近いものを感じさせる。本像は甲冑を付け直立する姿から見ると、兜跋毘沙門 天像であるとも考えられる。

 一地方神社の神宮寺として、これだけの平安仏を残している例は少なく、地元の方の尽力もさることながら、平安時代の延喜式神名帳で伊勢神宮と並んで神宮として挙げられた香取神宮、鹿島神宮を中心とする当地の宗教文化圏の存在という背景があったのかも知れない。


 
本尊 十一面観音立像

  
          四天王像                 毘沙門天立像






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