貞観の息吹き 高見 徹
36.
三本松 地蔵菩薩立像(奈良県宇陀市室生区三本松)
女人高野として知られる室生寺は、続日本紀によれば、奈良時代末期の宝亀年間(770年−781年)、山部親王(のちの桓武天皇)の病気平癒のため、室生
の地において延寿の法を修したところ、竜神の力で回復したので、興福寺の僧・賢m(けんきょう)に命じてここに寺院を造営させたという。
室生寺の前から室生川に沿って約一キロさかのぼった所に竜神を祭る竜穴神社があり、古くから、朝廷の崇敬厚く度々雨乞いが行われた。その奥の峡谷の清冽な
流れに面して、雨や雲を支配する龍王が住むという龍穴があり、ここから流れ出る水が宇陀川、室生川を通じて、麓の室生区の田畑を潤している。
三本松の地蔵菩薩立像は、室生川と宇陀川の合流点に当たる三本松中村地区の安産寺に安置されており、地区の人々によって大切に護られている。
安産寺はかつて真堂と呼ばれており、宇陀川の対岸にある海神社が竜穴神社の末社であったことから、安産寺は海神社の神宮寺であったものと考えられる。
地蔵菩薩立像は、カヤの一材から頭体部を彫出する一木造で、背面から長方形に大きく内刳が施されている。面相はやや下向きの大きな目鼻立ちを深く明瞭にあわらした森厳な姿である。
体躯は頭部体部共に奥行きがあり、体に纏わりつくような薄手の大衣を右肩を覆う偏袒右肩に着け、右肩からもう一度前膊部に掛けて体部に沿って垂下させる。
衣文線は細やかな襞を平行線状に浅く且つ明瞭にあらわし、襞の峰に沿って截金線を置くなど、腹前から膝前にかけて文様のような美しさをあらわしている。
肉身部に漆、衣部には茶がかかった赤色が施されているが、現在は、彩色がほとんど剥落し素地を表している。
これらの衣文の様式は、室生寺金堂の本尊・釈迦如来立像と全く同じであり、両像が同一作者によって造られたことを想定させる。
現在室生寺金堂の本尊の隣に安置されている地蔵菩薩立像の光背が像に対して大きく、本像の像高と一致することからも、本像が元は室生寺金堂にあったもので、ある時期に当地に移されたものと考えられる。
また、本像は足に沓(くつ)を履く姿にあらわされているが、地蔵菩薩像が沓を履く例は、大津市常信寺の地蔵菩薩像や石仏などに見られるものの、極めて珍しい。
これは中国・宋の影響とも言われるが、本像の場合造像の経緯からあるいは僧形神像として造立されたためであるのかも知れない。
三本松・地蔵菩薩立像 膝前衣文 室生寺・釈迦如来立像