埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第九十七回)

  第十九話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その2〉  仏像の素材と技法〜金属・土で造られた仏像編〜


 【19−9】

 次に、塑像の心木などの構造についてみてみよう。

 塑像の内部構造は、塑土が崩れることがないよう、大きさや像の姿態に応じてさまざまな心木がつかわれている。
 単純に一本の棒を立てたものから、大型像では土の重量の負担を少なくするため内部の構造を空洞化する工夫をしたり、姿態の動きに応じて心木を構造的に丈夫にする工夫も行われている。
 像の大体の形を木彫によって粗彫りし、その木彫を心木としているものもある。
 また、頭髪・耳朶・指先・袖などに麻糸で巻いた銅線が用いられ、甲の縁や鰭袖、衣の垂下部などには薄板や銅板が用いられるなど、うまく素材を使い分け、自由な構造体を作り上げている。

 塑像の心木構造から、天平塑像を分類してみると、次のようになる。
 この表は、西川杏太郎と本間紀夫の著作から採った心木分類を一覧にしたものである。
 この分類の呼称を見ると、これらの有名な天平塑像の内部構造が、ほぼ想像されるだろう。

西川杏太郎
日本の美術「塑像」での分類
塑像尊像名本間紀夫
「天平彫刻の技法」での分類
角柱型心木法隆寺五重塔塔本塑像単純心木
天福寺塑像三尊像構成心木
骨格型心木三月堂執金剛神像構成心木
骨格型心木(像内空洞)新薬師寺十二神将像構成心木
骨格型心木(像内空洞)法隆寺中門仁王像構成心木
三月堂日光月光像複合心木
骨格型心木(下半身空洞)三月堂弁才天吉祥天像複合心木
人型心木薬師寺塔塑像心木造型心木
木彫心木法隆寺食堂梵天帝釈天像造型心木
西井戸堂区心木像造型心木
   造型心木とは、木彫化した心木、複合心木とは造型心木と構成心木の複合体の意

 これらの諸像の心木構造とその特徴については、ここで文章にして長々と綴るよりも、その構造図を、並べてみてみるほうがずっと判りやすいと思われるので、仏像写真と構造図を並べて掲載しておきたい。
 構造図は、すべて西川杏太郎著「日本の美術 塑像」に掲載されているものを、転載させていただいた。
 塑像の心木構造・内部構造をみてみると、結構、必要な機能に応じて、多様で自由自在・臨機応変に対応しているように思える。
 西川杏太郎も、「心木構造の違いによって制作年代の上下を判断することは出来ない」と述べているが、そのとおりなのであろう。

  なかなか興味深く、面白いのは、法隆寺食堂の梵天帝釈天の心木で、像の概形が楠の心木で彫出されているのであるが、帝釈天像の左足の沓の塑土が脱落し、心 木が露出しているところをみると、外から見えることのない心木に五本の指の形(指先)までが、はっきりと彫刻されているのである。
 この心木の彫出法が、後の木心部の構造形式や、一木彫像に影響を与えたようにも思われず、どうして、そこまでこだわって彫り出したのか、不思議といえば不思議である。

 
        薬師寺東塔・西塔塑像心木         西井戸堂区心木像(両脇は後世の鞘仏)

 
法隆寺五重塔塔本菩薩像            法隆寺五重塔塑像心木構造図       

  
法隆寺食堂帝釈天像  法隆寺食堂帝釈天像心木構造図  法隆寺食堂帝釈天像足先部

   
三月堂執金剛神像  執金剛神像心木構造図  法隆寺中門
金剛力士像  金剛力士像心木構造図

  
三月堂弁財天像    三月堂吉祥天像      弁財吉祥天心木構造図  

 
新薬師寺伐折羅大将像 伐折羅大将像心木構造図(迷企羅像)

【塑像についての本】

 塑像の技法についての本は、先に記した、
「塑 像   日本の美術255」 西川杏太郎著 (S62) 至文堂刊 【94P】 1300円
 が、最もわかりやすく詳しい。
 塑像の造像技法や心木等の内部構造などについて、詳細、丁寧に解説されている。


「天平彫刻の技法〜古典塑像と乾漆像について」 本間紀夫著 (H10) 雄山閣刊 【282P】 15000円

 本書は、東京藝術大学で仏像制作および仏像修復・復元などを行うとともに、古典彫刻の技法研究に従事してきた本間紀夫の、天平彫刻の技法研究書。
 著者は、まえがきで次のように述べている。
  「天平時代は捻塑を基軸とした時代、モデリングの時代といえる。これは我が国彫刻史上、唯一の時代であり、平安木彫時代(刻出時代)に変わってから鎌倉、 室町、江戸と再び訪れることのない時代である。・・・・・・このたび、その遠い昔、わずか一世紀の間に大輪のように咲き誇り、そして消えていったいくつか の技法や・・・・・・・・彫刻家の立場で興味のおもむくままに多少調べたことをまとめることになった。
 研究メモといったところである。
 技術の流れといったものを縦糸に、実際の技法や材料の話などを横糸に、読み終わって塑像、乾漆像といった古代の彫刻像が内側から実感できるようなものに出来たらと考えている。」
 塑像については、天平塑像の諸像の技法、敦煌塑像の技法、ストゥッコの仏像技法などが豊富な構造図をまじえて詳しく解説されている。



       

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