埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第八十八回)

  第十八話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その1〉  仏像を科学する

 【18−7】

 【文化財を科学する本】

 さてここで、「文化財や古美術品の科学」をテーマにした本を紹介してみたい。

 概説書から専門的な解説書までいろいろな本が出ているが、アットランダムに紹介していこう。


 まずは、各種の「文化財の科学的調査研究手法」について、全般的に解説したり、その手法について紹介した本を挙げてみたい。

 「美術を科 学する」 田中卓著 日本の美術第400号 (H11) 至文堂刊 【96P】 1571円

 美術品の科学的調査研究法を、材質別にその手法の概説と具体的な調査事例を紹介している。
 「金属、ガラス、漆・膠、繊維・染料、きもの、顔料」の調査研究法について、それぞれ研究者が執筆している。
 そのほかに、光学的調査法(三浦定俊)、年輪年代法による年代判定(光谷拓実)、写真測量法(伊東太作)の項立てが設定されている。
 「美術を科学する手法とその現状、具体例」を総合的にわかりやすく知ることができる格好の本。


 「文化財と 科学技術〜東京文化財研究所のしごと」 鈴木規夫編 日本の美術第492号 (H19) 至文堂刊 【98P】 1571円

 東京文化財研究所の行っている、科学調査研究、保存修復といった仕事をわかりやすく解説した本。

 東京文化財研究所という機関は、われわれには普段なじみが薄いが、現在はわが国の「文化財保存科学の魁として、またその分野のナショナルセンター的存在 として」数々の成果を上げている。
 独立行政法人で「我が国文化財の基礎的・体系的調査研究、新たな調査手法の研究開発、科学技術の活用による文化財の保存科学・修復技術の調査推進」がそ の業務内容。
 東京文化財研究所の前身は、「美術研究所」で、昭和5年、黒田清輝の遺言により黒田の寄付した資金を元に設立されたという。

美術研究所
 光学的方法による調査研究の先駆・中根勝や、光学研究班を立ち上げた秋山光和、仏像のX線γ線透過撮影調査の久野健、登石健三など、先に述べた人々も本 研究所に籍を置いた。
 出版物では、伝統ある古美術専門研究誌「美術研究」を発刊するほか、仏教美術関係の最近の調査資料としては、「奈良国立博物館所蔵 国宝絹本著色十一面観音像」 「東寺観智院蔵五大虚空蔵菩薩像」「龍華寺菩薩半跏像」(共に中央公論美術出版社刊)を刊行している。
 そこには、X線、赤外線撮影などを駆使した、詳細な調査成果が掲載されている。

 本書の「作品の科学的調査」の項では、科学的調査手法の解説や、応用事例として「源氏物語絵巻」「光琳・紅白梅図」「高松塚古墳壁画」「運慶作といわれ る個人像大日如来像」などの調査事例が解説されている。

 また本書において、文化財の科学的調査手法を、次のように分類整理しているのでご紹介しておく。

状態・構造調査法放射線透過撮影材料分析手法蛍光X線分析法
X線CTX線マイクロ分析法
エミシオグフィーX線回析分析法
紫外線蛍光撮影鉛同位体比質量分析法
サーモグラフィー赤外吸収分光分析法
斜光線撮影ガスクロマトグラフィー
実体顕微鏡撮影年代測定法年輪年代法
電子顕微鏡撮影放射性炭素法


 「特集 美 術史と自然科学」 仏教芸術学会編 仏教芸術213号 (H6) 毎日新聞社刊 【133P】 2500円

 美術の科学調査的アプローチについて、それぞれの分野の専門的研究家が昨今の研究調査の状況などについての論考を寄稿している。
 私にとって興味深く読んだのは、以下の寄稿。
 *「日本における美術品の科学調査と研究」(秋山光和)
美術研究所における科学的調査の 沿革や、秋山自身が昭和24年に立ち上げた光学研究班の取り組みやパリ留学の成果、法界寺阿弥陀堂内陣柱絵の赤外線テレビ映像化などの各種調査事例がつづ られている。

 *「金銅仏研究への近年の科学的アプローチ」(浅井一春)
γ線透過撮影、蛍光X線分析法、 鉛同位体比測定法の研究調査の現状と課題が、判りやすくまとめられている。

 *「年輪年代学による木彫像の制作年代推定」(光谷拓実)
年輪年代測定法の原理と方法と、 山口県・岩崎寺、法光寺、月輪寺の諸仏像、東大寺南大門仁王像の年輪年代調査結果について、詳しく解説されている。


 「古美術を 科学する」 三浦定俊 (H13) 廣済堂出版刊 【205P】 1000円

 「テクノロジーによる新発見」という副題がついている。
 読んでいて大変面白い。
 著者自身が携わった文化財の調査の中から、代表的な科学的調査手法別に、新たなる発見や解明できた事柄が、物語風にドキュメンタリータッチで語られてい る。
目次を見ると、
 「煤だらけの柱〜法界寺阿弥陀堂と赤外線リフレクトグラフィー」「入院した仏像〜浄源寺阿弥陀如来像とX線CTスキャン」「浮かび出た銘文〜江田船山古 墳銀錯銘太刀とエミシオグラフィー」「首に亀裂ができたわけ〜鎌倉大仏とガンマ線透過撮影」
 などといった、興味深い項立てが目白押しに並んでおり、読みやすい文章であっという間に読破してしまった。
 著者は、東京文化財研究所保存科学部長、東京藝術大学大学院教授で、長らく光学的方法による文化財の保存修復に携わってきた仁。
 お勧めの一冊。


 次に採り上げる3冊は、それぞれの著者の長年の研究成果をまとめた著作。

 「古文化財 の科学」 山崎一雄著 (S62) 思文閣出版刊 【352P】 6300円 
  「古美術の科学」 小口八郎著 (S55) 日本書籍刊 【222P】 1600円
  「古美術品材料の科学」登石健三著(S54)第一法規出版刊【218P】 2300円


 山崎一雄は、法隆寺壁画の保存、科学的調査、美術研究所の源氏物語絵巻、醍醐寺五重塔壁画の調査、古文化資料自然科学研究会の正倉院宝物の調査などに従 事、学士院恩賜賞を受賞している。
 「古文化財の科学」では、調査事例の解説論考、陶器、ガラス、金属器の科学的調査の解説が収録されている。

 小口八郎は、東京芸術大学で美術工芸の材料等の研究に従事。
 その研究成果を踏まえ、古美術の材料・技法に関するテーマを分野別に解説している。
 仏像については、金銅仏、塑像、乾漆仏に区分し、その材料組成や具体的技法について詳しく解説されている。

 登石健三は、東京文化財研究所で物理研究室長保存科学部長を務め、コバルト60を用いたγ線照射による金属製彫像の調査、X線による木像文化財調査など で鎌倉大仏、中尊寺の修理に指導的役割を果たした。
 本書は、古美術品の材質とその特性、経年保存上の留意点などを専門的に解説した本。
 仏像については、木彫の干割れ、寄木造の変形、乾漆像・塑像の強度などについて述べられている。


 最後に、いろいろな角度から、文化財の科学的調査について採り上げた本を数冊紹介。

 「文化財を まもる」 江本義理著 (H5) アグネ技術センター刊 【246P】 3500円

 著者は、長年、東京国立文化財研究所に籍を置き、文化財や古墳などの史跡の保存に携わってきた人物。
 本書は、これまで研究誌等に発表された論文、解説を整理編集したもので、著者の体験した数々の事例をもとに、文化財保存科学の黎明期より現在までの歩み を語る1冊となっている。


 「科学の目 でみる文化財」 国立歴史民族博物館 (H5) アグネ技術センター刊 【286P】 2800円

 本書は平成4年に開催された「第11回歴博フォーラム〜科学の目でみる文化財〜」の、講演内容を単行本化した本。
 13名の研究者の、それぞれのテーマでの研究報告が収録されている。
 仏像関係のテーマでは、田辺三郎助の「自然科学への招待」が収録され、東大寺南大門仁王像の科学的調査などについて語られている。


 「考古学・ 美術史の自然科学的研究」 古文化財編集員会編 (S55) 日本学術振興会刊 【620P】 6300円

 本書は、昭和51〜53年度に実施された、文部省科学研究費特定研究「自然科学の手法による遺跡・古文化財の研究」の研究成果の総括報告書として出版さ れた。
 科学分析のデータ等を駆使した専門的かつ難解な内容の連続で、私などが読んでも「何がなんだか」という中身になっている。
 仏像関係については「古彫刻の構造・材質・技法に関する科学的研究方法」(久野健、石川陸郎、本間紀夫、猪川和子)という研究報告が、15頁にわたり収 録されており、当時の研究調査成果が、コンパクトにまとめられている。




 「美術を科学する」という仕事は、きわめて地味で地道な世界と、ミステリーや推理小説のような知的興奮の世界という二つの世界が、同居しているような気 がする。

 文化財の保存や修復を万全、盤石にするために取り組む文化財の科学という世界は、まさに地味な取り組みの積み重ねの世界だろう。
 従来の定説を覆す新事実の発見、新たな考え方の問題提起に取り組む文化財の科学という世界は、まさに科学の力で美術史や考古学の世界にチャレンジし一石 を投じるという、好奇心への刺激、知的興奮の渦といった世界のようだ。

 現実には、そのように区別できるものではなく、保存、修復、学問的調査研究といったフィールドが一体となった、地味で地道な取り組みのなかから、衝撃の 新事実や科学的事実に基づいた新説というものが提起されてくるのであろう。
 われわれが、マスコミや雑誌で知る「新事実発見」の裏には、本当に大変な努力と積み重ねの結晶があるに違いない。

 これからも、「仏像を科学する」「文化財を科学する」研究レベルや手法は、どんどんと進化していくのだろう。

 今度は、どんな衝撃の新事実が、発見されたり証明されたりするのだろうか?



 参  考
  第 十八話 仏像を科学する技法についての本

〈その1〉文化財を科学する本編
〜関連本リスト〜

書名
著者名
出版社
発行年
定価(円)
仏 像 久野健 学生社 S36 480
法 隆寺壁画保存方法調査報告 文部省 彰国社 T9 非売品
光 学的方法による古美術品の研究 東京国立文化財研究所光学研究班 吉川弘文館 S30
S59増補版
38000
運 慶の彫刻 久野健 平凡社 S49 18000
古 代小金銅仏 久野健 小学館 S57 33000
法 隆寺献納宝物特別調査概報
X〜] 金銅仏1〜6
東京国立博物館編 S60〜H2 非売品
法 隆寺献納宝物金銅仏T 東京国立博物館編 大塚工藝社 H8 28000
日 本古代金銅仏の研究 薬師寺編 松山鉄夫 中央公論美術出版社 H2 22000
科 学的方法による仏教美術の基礎調査研究 奈良国立博物館編 S57 非売品
X 線による木心乾漆像の研究 本間紀男 美術出版社 S62 27000
古 代木彫用材の調査資料(1) 小 原二郎 S35 私 家版
木 の文化 小 原二郎 鹿 島研究所出版会 S47 780
日 本人と木の文化 小原二郎 朝日新聞社 S59 600
法 隆寺を支えた木 小原二郎・西岡常一 日本放送協会 S53 600
年 輪年代法と文化財
(日本の美術421号)
三 谷拓実 至 文堂 H13 1571
美 術を科学する
(日本の美術400号)
田中卓 至文堂 H11 1571
文 化財と科学技術〜東京文化財研究所のしごと〜
(日本の美術第492号)
鈴木規夫編 至文堂 H19 1571
特 集 美術史と自然科学
(仏教芸術213号)
仏教芸術学会編 毎日新聞社 H6 2500
古 美術を科学する 三浦定俊 廣済堂出版 H13 1000
古 文化財の科学 山崎一雄 思文閣出版 S62 6300
古 美術の科学 小口八郎 日本書籍 S55 1600
古 美術品材料の科学 登石健三 第一法規出版 S54 2300
文 化財をまもる 江本義理 アグネ技術センター H5 3500
科 学の目でみる文化財 国 立歴史民族博物館 ア グネ技術センター H5 2800
考 古学・美術史の自然科学的研究 古文化財編集員会編 日本学術振興会 S55 6300

 


       

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