埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第七十回)


  第十六話 中国三大石窟を巡る人々をたどる本
〈その1〉敦煌石窟編

 【16−4】

【敦煌文書流出物語について書かれた本】

 ここからは、敦煌文書流出について書かれた本を紹介していきたい。

 まず、いの一番に紹介しなければいけないのは、この本だろう。

 「敦煌物語」 松岡譲著 (S56)講談社刊 【258P】 700円

 この「敦煌物語」は、S12に雑誌「改造」に連載され、S18日下部書店より単行本で出版された。
 日本で、はじめて敦煌文書発見が紹介されたのは、明治42年(1909)11月のことで、朝日新聞が次のように報じた。

「敦煌石窟の発見物
千年前の古書巻十余箱
悉く仏国人に持去らる」

  このペリオの発見を報じた記事が、敦煌ブームや敦煌学の発端になったというが、その28年後、小説家・松岡譲が「敦煌物語」と題し、敦煌を舞台に演じた探 検家たちの敦煌文書持去りのいきさつをドラマティックに書き上げたことが、最初の敦煌ブームの盛り上がりを巻き起こしたそうだ。

 松岡譲は、夏目漱石の直弟子で漱石の娘・筆子と結婚、「法城を護る人々」という大ベストセラーもある作家。
 流石に小説家の文章と唸るほどに、平易な語り口調で生き生きとした物語に描かれており、面白くあっという間に楽しく読める。
 例えば、スタインが王道士に会いに行く場面などは、

「ところでなにか手みやげをもってってやるといいですね」「承知した。細工はりゅうりゅう見ていたまえ」「先生も相当の役者ですな」

 といった調子で、流行作家の新聞小説を読んでいる感じである。

 ストーリーは、老蒐集家の小博物館で、主人公がお茶を呼ばれながら、老人自慢の楼蘭経を見せていただくことから始まり、老人がスタイン、ペリオなど列強の探検隊が覇を争う「文化侵略の古戦場とでもいうべき敦煌の物語」を語っていくというもの。
 敦煌文書流出について知るには、一押しの必読書。



 このほかに、敦煌文書流出のいきさつについて書かれた本は、次のようなもの。

 「敦煌」 長沢和俊著 (S40) 筑摩書房刊 【230P】 300円

 「敦煌ものがたり」 中野美代子著 (H8) 中央公論社刊 【299P】 680円

 共に、敦煌の歴史と文化、それにまつわる物語について、研究者がわかりやすく解説した本(新書と文庫)。
 それぞれ「石窟秘庫の発見」ならびに「敦煌の発見」「敦煌文書入門」という項立てで、敦煌文書の発見と、その後の流出物語について、大変詳しく丁寧にドキュメンタリータッチでかかれており、興味深く読める。
 敦煌莫高窟の歴史と、敦煌文書の発見流出、文書の価値と意義などを知るには、この2冊を読めば、たいへん良くわかるし、この2冊で十分ともいえる良書。



 「敦煌ものがたり」東山健吾、松本龍見、野町和嘉著 (H1) 新潮社刊 【119P】 1500円

 「ドラマ敦煌」芸術新潮1988年5月号 (S63) 新潮社刊 【160P】 1000円

 「敦煌ものがたり」は、芸術新潮の特集「ドラマ敦煌」を再編集充実して「トンボの本シリーズ」の一冊として刊行されたもの。
 豊富なカラー図版とわかりやすい解説で、敦煌の歴史文化のムック的解説本になっている。
 敦煌文書については、「敦煌発見・流出史」「敦煌を売った男」というテーマ立てで、スタイン・ペリオ・大谷探検隊・オルデンブルグ・ウォーナーなどの古文書持去りについて詳しく採り上げられている。お勧め本。


 「シルクロード発掘秘話」ピーター・ホップカーク著、小江慶雄・小林茂訳 (S56)時事通信社刊 【336P】 1600円

 著者は、「ザ・タイムズ」の主任報道員など、記者・特派員としてアジア諸地域を取材するアジア問題の専門家で、中央アジア関係の稀書収集家としても知られているそうだ。
 本書の帯には

「秘 宝に憑かれた男たち。流砂に埋もれた中国古代遺跡から国外へ運び出された大量の秘宝は、現在13カ国に分散しているという。ヘディンをはじめ、スタイン、 ルコック、ペリオ、ウォーナー、大谷ら英独仏米日などの探検隊の探検競争や発掘の経緯・背景をたどり、秘宝搬出の功罪を問いかけたドキュメンタリー」

 とあるが、そのとおりの内容の本。



 スタイン、ペリオなどの探検記や評伝については、
 スタイン著「中央アジア踏査記」(白水社S59)や「考古学探検家スタイン伝〜上・下〜」杉山二郎著(六興出版S59)があるが〜所蔵していない〜、ほかの人々のは邦訳されたものがないようだ。

 大谷探検隊に関する本は、結構沢山出版されており、私が持っているものだけでも、次のとおり。

 「大谷探検隊 シルクロード探検」長沢和俊編 (S53)白水社刊 【396P】 1600円
 「大谷探検隊と本多恵隆」本多隆成著 (H6)平凡社刊 【277P】 2400円
 「特集 大谷探検隊」太陽1991年6月号 (H3)平凡社刊 【180P】 1000円
 「シルクロードと大谷探検隊」季刊文化遺産11号(H13)島根県並河萬里写真財団刊 【79P】 1500円

 

 大谷探検隊は、浄土真宗本願寺派第22代門主であった大谷光瑞が組織した中央アジア探検隊であった。
  それは明治35年、大谷光瑞26歳のことであった。探検という大事業に巨額の資金を投入できたのは、当時、「本願寺の予算は京都市の予算とほぼ同額で、本 願寺御殿の生活は、百万石の大大名の格式であった」という資金力があったことと、大谷光瑞本人が「歴代門主の中でも、とりわけ気宇壮大で並外れた才覚の持 ち主であった」といわれる人物であったことに負うものが大きい。
 探検は3回に亘って行われ、第一次は1902〜04年、大谷光瑞自身も参加して カシュガル、ヤルカンド、ウルムチなどを調査した。第二次は1908〜09年に、第三次は1910〜14年に実施されたが、吉川小次郎が敦煌で王道士から 約1000巻の古文書の買取に成功したのは、第三次探検の1911年のことであった。
 その有様については、先に記したとおり。


大谷探検隊探検行

  一般の日本人の関心がシルクロードや中央アジアに未だ向いていなかった時代に、国の支援も受けず英断を持って探検隊を派遣した壮挙は、多くの出土品や古文 書などの貴重な資料をわが国にもたらした事とも相俟って、やがて国内の学会で評価され、一般にも歓迎されるようになった。
 一方、諸外国の大谷探検隊に対する評価は必ずしも高くはなかった。それは隊員のフィールドワークに要する知識と経験が不足していたことなどによるもので、英・露政争の場の中央アジア地域で、スパイ活動をおこなっていたのではないかと疑われる始末であった。
  探検隊の収集品は、神戸の六甲山中腹に建てられた、巨大でユニークな別荘「二楽荘」に集められていたが、その後、光瑞が多岐にわたる事業への巨額の出費の 責任をとって38歳で門主を辞職するに及び、二楽荘と共に売却された。現在では、さまざまな経緯を経て、日本、中国、韓国に分散してしまっている。

 
大谷探検隊収集仏頭・絵画

二楽荘

 「大谷探検隊 シルクロード探検」は、S12に大谷探検隊の探検記録として出版された「新西域記」の主要記録を採って再構成した本。
 大谷光瑞ほか、探検に参加した主要人物の書いた探検旅行記が収録されている。

 「特集 大谷探検隊」と「シルクロードと大谷探検隊」は、豊富な写真を収録した〈大谷探検隊のすべて〉という感じの、ムックスタイルの本。ムック本ながら、内容も充実しており、探検隊のことを知るには重宝なよくできた本。


 「大谷光瑞と西域美術」 臺信祐爾著 (H14)日本の美術NO434 至文堂刊 【98P】 1571円

三次に亘った大谷探検隊の中央アジア探検によって収集された、西域美術品の数々について、それぞれの地域の美術文化と共に、丁寧に解説されている。
大谷探検隊の収集美術品の全貌と、三次の探検の概要が、コンパクトに収録・解説された本。


 「仏教東漸」龍谷大学350周年記念学術企画出版編集委員会編 (H4) 思文閣刊 【240P】 5400円

  本書は、龍谷大学350周年記念シンポジウムの論文集であるが、写真集「大谷探検隊の足跡」と特別寄稿「大谷コレクションの現状」が収録されている。探検 隊の貴重な写真や大谷コレクションの写真が大変豊富に掲載されているほか、大谷コレクションの転々とした分散移動について、詳しく述べられており、興味深 い本。



 また、大谷光瑞の伝記本としては、次の2冊がある。

 「大谷光瑞」杉森久英著 (S50) 中央公論社刊 【378P】 1250円
 「天の伽藍」津本陽著 (H8)角川書店刊 【461P】 1800円




 最後に、いわゆる「敦煌学」に関して書かれた本を紹介して、【敦煌文書流出物語】を終えることとしたい。

 「敦煌学五十年」 神田喜一郎著 (S55) 筑摩書房刊 【276P】 750円

 本書は、東洋史学者で書誌学者であった神田喜一郎の東洋史学随筆集。
 「敦煌学五十年」「敦煌学の近状(1)(2)」という文が、80頁余、収録されている。
わが国において、敦煌文書のことが知られ学問化していく学史をわかりやすく綴っており、明治42年の朝日新聞の敦煌文書発見記事から始まって、昭和30年代に至るまでの我が国「敦煌学」の発展史を興味深く読める本。
 元版は、S35に二玄社から出版されている。


 「敦煌学とその周辺」 藤枝晃著 (H11)ブレーンセンター刊 【202P】 680円

 「敦煌在中国、敦煌学在国外」
 著者・藤枝晃が、中国の大学で敦煌学を講じた際、その現状を嘆じ話した言葉だそうだ。
 藤枝晃は、わが国での敦煌学および西域出土の古写本研究の第一人者。
 本書は、その藤枝が、敦煌学についてやさしく語った対話講座「なにわ塾」の内容をそのまま新書化したもの。
 「日本には骨董屋の持ち込んだ模造写本が千点以上あり、これが真物並みの扱いを受けて研究の妨げになっている。大谷探検隊将来の古文書群にも疑問のあるものが相応にある。」といったことも書かれており、なかなか面白い。


 「敦煌千仏洞」 萩原正三編著 (S53) シルクロード刊 【158P】 3500円

 本書は、蘇瑩輝著「敦煌学概要」(1964年台湾刊)を、邦訳編集したもの。
 著者・蘇瑩輝は、国立敦煌芸術研究所の研究員として敦煌に在ったが、その後台湾に移り住み、自らの研究成果をまとめて発表したのが、この「敦煌学概要」。
 「敦煌文書の中国学術史上における貢献」「敦煌文化財の内外流布の状況」「新発見による写本巻子」といった項立てで、敦煌学の現状等が紹介されている。

 
敦煌文書

 

                敦煌文書(新修本草)

 


       

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