埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第五十八回)

   第十四話 地方佛〜その魅力に ふれる本〜

    

《その6》各地の地方佛 ガイドあれこれ 【中国・四国・九州地方編】

1.中国地方の仏像

(1) 山陽路の仏像

 「私の好きな、山陽路の古佛」
 選ぶとなると、なかなか難しいが、思い切っ て挙げて見た。

 NO1は、広島山県郡、古保利薬師堂の薬師如来像・千手観音像をはじめとした仏像群
 NO2 は、広島世羅郡、竜華寺福智院の十一面観音像
 NO3は、岡山邑久郡、余慶寺の薬師如来像

  こんなところが、私の好きな仏像BEST3。
 結構、オーソドックスで月並みなような気がするが、いかがだろうか?

  古保利薬師堂は、広島駅からバスに揺られて2時間近く、中国山地のど真ん中、山県郡千代田町にある。
 「明るくのびやかな魅力、豊か で頼もしい魅力、人々の豊穣の喜びの息吹がそのまま吹き込まれたような魅力」
 収蔵庫に立ち並ぶ木彫仏たちは、そんな魅力を私に向け て発散してきた。
 ひときわ眼を惹く薬師如来像や千手観音像は、圧倒的なパワーだ。
 「好きだ!」素直にそうい う気持ちになる仏像達であった。

古保利薬師堂仁王門

 古保利薬 師堂には、十数体の平安前期の一木彫仏が安置されている。
 解説風にいえば、
 「明るい瀬戸内文化圏の風土性を そのまま反映し、9C貞観仏の豊かな塊量性をそなえた、造形表現の優れた地方作品」
 ということになるのだろうが、
  この諸像を拝した人は、そんな話とは全く無関係に、誰もが、その魅力的なフォルムの虜になり、理屈抜きに好きになってしまうに違いない。

古保 利薬師堂・四天王像(S47撮影)

  平安前期仏、いわゆる貞観仏といえば、
 「緊張感ある迫力、強烈な個性や森厳さ、シャープで鋭い彫り口」
 と いった言葉で形容され、その気迫やインパクトが大きな魅力である。
 古保利薬師堂の仏像たちの前に立つと、そんな緊張感あふれる貞観 仏に気合を入れて対するというのではなく、おおらかで伸びやかに表現された豊かな造形に、明るい共感を率直に覚えるのではないだろうか。
  この像を彫った仏師は、きっと何にも縛られず、この地の風土に相応しい仏像造りに、のびのびと、その腕を振ったに違いない。

  古保利薬師堂の仏像は、現代芸術や彫刻の感性に通ずる魅力があるようだ。

 丸山尚一は、

「カ メラを千手観音に向けた。頭部と右腕の空間をピントグラスに見たとき、思わず『ムーアの空間だ』と叫んでしまった。貞観仏とムーアの彫刻。現代彫刻のなか でもっとも革新的なヘンリームーアのフォルムを咄嗟に頭に浮かべたのだから、この千手観音の生んだ造形を、ぼくは心から愛してしまったのかもしれない。」 (生きている仏像たち〜読売新聞社〜)
と語っているし、


ま た田中恵は、

「そ の視点で古保利の薬師像を見ると、ピカソと同じ視点がある。我々20世紀人がこの造形を見て感動するのは、仏教像としての薬師像ではなく、もっと根源的な 存在として造形化されたことによる。・・・・・・・・・・・・・・・・・それこそ『量による表現』を古保利の薬師像に用いることができた前衛性なのであ る。・・・・・まさに、20世紀の芸術の方法が、そのまま9世紀において用いられていたことが知られるのである。これは驚嘆に値することである」(里のほ とけ〜東京美術〜)

 と述べている。

 そんな 感動を、私も覚えたような気がした。
 私流に云えば、「暖かで、心豊かな感動を心に残した、忘れがたき古保利の仏像」であった。
  諸手を挙げて、圧倒的に「大好きな仏像NO1」にラインアップする仏像である。

 

古保利薬師堂・薬師如来坐像       千手観音立像   

 古保利の古佛たちとの出会 い。あれから、もう35年も経ってしまった。
 当時私は、奈良・京都の整って完成した造型の仏像を観る事から、粗野だが土地の風土に 根ざした個性の主張が聞こえる地方佛の魅力を、新たに知り始めた頃であった。
 そして「田舎の寺を巡り仏像に出会う」ことに、一種の 快感を覚え、せっせと地方仏探訪旅行に出かけた。
 「個性あふれる地方仏との出会い」それぞれが新鮮な感動であった。
  そんなとき、古保利薬師堂の古佛たちに出会ったのだった。

 何とか今一度、古保利を訪れ、あのときの感動を蘇え らせてみたいと念じている。
 20歳過ぎの時、「好きだ!」と叫んだ新鮮な感動を、その時また覚えることができるだろうか?

 
 NO2 は、竜華寺福智院の十一面観音像。

 この像は、拝する前から私の眼に、何度もしっかりと焼きついた仏像だ。
  というのも、「続 日本の彫刻」(美術出版社)という大型本の表紙写真は、この福智院・十一面観音のアップ写真であったからだ。
 こ の本は、若き日の地方仏探訪の座右の書であったので、そのページを開くたびに、この像の華麗な色彩と端麗な顔を眺めることとなり、早く観てみたいものだと の期待感は高まるばかりであった。
 そして程なく、直接その姿を拝することができた。
 果たして期待に違わぬ、 平安中期の素晴らしき像であった。
 堂々たるなかにも官能的な美しささえ感じさせ、端麗、端正、優美、流麗といった言葉がよく似合 う。
 小浜・羽賀寺の十一面観音とともに、美しく華麗な彩色を残す、鄙にはまれな観音像だ。
 この地は、高野山 領の荘園として栄えた土地柄で、その中心が今高野山と称し12院を擁する竜華寺であったそうだ。
 その由緒を納得させる、地方には珍 しい美作で、心惹かれる仏像である。

 

竜華寺福智院・十一面観音像

 私の好きな仏像NO3にあげたのは、岡山余慶寺・薬師如来坐像。

  やはり、なんと言ってもこの薬師如来は、岡山を代表する仏像だ。
 坐像でありながら、2メートル近い大像。眼前に拝すると、その堂々 たる重厚感と迫力に押されてしまう。
 国宝・醍醐寺薬師如来像を少しやさしく穏やかにしたような雰囲気で、醍醐寺薬師のあの森厳さや 威圧感、ものすごいボリューム感までは感じさせないが、どっしりとした量感の見事さは、流石とうならせる魅力的な仏像である。
 今年 (H18)4月、年一回のご開帳日にあわせて、同好の人たちと余慶寺を再訪した。
 車で往くと、小高い山上にある伽藍まであっという 間で、ひときわ高い三重塔が、すぐに見えてくる。

 

余慶寺・薬師如来坐像        余慶寺・伽藍   

 

 その昔訪れたとき は、「大 富」という国鉄の無人駅で降り、真夏8月の酷暑のなか、汗をかきかきテクテクと長い坂道を登ってやっと辿りついた。
 あの時はすごい 仏像だなと感動したが、こんなにイージーにやってきてしまうと感動、喜びも半減してしまうのじゃないだろうか?
 そんな気持ちで、本 堂に上がり、奥の収蔵庫の扉の向こうに座した薬師如来像を拝した。果たして、その堂々たる素晴らしさ、見事さは全く変わることなく、私の眼前にその姿を現 した。
 やはり間違いなく、私の好きな山陽路の古佛、岡山随一の優作だと、心密かに納得した。


 さ て、「山陽路の仏像」について、まとまった本は、次の本。

 「仏像を旅する〜山陽線〜」  斎藤孝編 (H3) 至文堂刊 【269P】 

 岡山県、広島県、山口県の仏像につ いて、それぞれ地元の博物館に所属する上薗四郎、浜田宣、臼杵華臣が、詳しい解説論文を書いている。

 【岡山 県の仏像】

 岡山の平安仏で眼を惹くのは、先の余慶寺薬師如来をまず別格として、あとは備前では、明王寺聖観音 像、法界院聖観音像、理性院薬師如来像、備中では竜泉寺聖観音像、美作では高野神社随身立像、明徳寺聖観音像といったところだろうか。
  私も、法界院、理性院、竜泉寺、明徳寺の像は、写真でなかなか良いなと思っているだけで、いまだ拝したことがない。

 

明王寺・聖観音立像      竜泉寺・聖観音立像

 岡山県の仏像を紹介した本 は、次のとおり。

 「岡山の仏たち」脇田秀太郎著  (S53)日本文教出版社刊 【192P】 

 シリーズ岡山文庫の第7巻として発 刊、初版はS40年。
 岡山の古佛70余体のハンディーな写真解説文庫本。著者は、当時岡山女子短大教授。


 「おかやまの仏」柳生尚志・ 文、人見文男・写真 (S61) 山陽新聞社刊 【262P】 

 岡山県の古佛 100体が、見開き1ページに一躯ずつ、美麗な写真と親しみやすい平易な解説で掲載されている。
 未指定仏も含めて、岡山の古彫刻の ほとんどすべてが網羅されているといってよい。
 巻末には、各寺の住所、TEL番号、拝観事情などが掲載されており、探訪にもたいへ ん便利な本。
 著者は山陽新聞社文化部の記者。
 仏像の美に惹かれ、前掲「岡山の仏たち」の著者、脇田秀太郎の 教示のもと、岡山の古佛を取材探訪、その連載記事を新聞紙上に掲載するなどし、本書の出版に至ったという。


 「吉備の知られざる世界」石本 均著 (H14) 人見写真事務所刊(吉備人出版発売) 【116P】 

 書名のと おり、知られざる未指定文化財を渉猟探訪し、ハンディな写真集にまとめた本。
 簡易だが的確な解説も付されている。
  本書帯には「岡山県内104ヶ所の寺院を訪ね、未公開を含むかくれた吉備の秘仏や仏画を撮影、吉備文化の豊かさにふれる名品がここに!」とある。
  仏像(彫刻)は、約60躯収録されているが、ここには先に名前を挙げた仏像は、一体も採り上げられていない。
 まさに、「知られざる 世界」である。


おかやまの仏(内容)

 注目すべきは、近時、岡山県 木彫最古の平安初期仏(9C初)といわれている秘仏「大賀島寺・千手観音立像」のカラー写真が掲載されていること。
 本像は、浅井和 春が仏教芸術に「岡山・大賀島寺の本尊先手観音立像とその周辺」(03/3)という論考を発表、異形・雄大な平安初期仏の出現と注目を浴びている像。
  秘仏で拝することは叶わず、出版物での写真掲載もまずないが、なかなかの姿と彫り口の素晴らしき仏像。
 先般、余慶寺に寄ったついで に、せめてお寺とお堂だけでも見ておきたいと、車もあえぎあえぎ登る急坂を大雄山の山頂までたどり着いて、本堂前で「ここに千手観音が安置されているのだ な」と納得してきた。
 是非、一度は拝したい魅力あふれる仏像である。

大賀島寺・千手観音立像         大賀島寺・本堂   


 


       

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