埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第五十五回)

  第十三話 地方佛〜その魅力に ふれる本〜

    《その5》各地の地方佛 ガイドあれこれ 【近畿 編】

 【13−4】

〈大阪府の仏像〉

 大阪の仏像では、なんと言っても超有名なのは、国宝の3像、葛井寺・千手観音坐像、道明 寺・千手観音像、観心寺・如意輪観音像。
 そのほかの注目される主な古佛としては、四天王寺・阿弥陀三尊像、獅子窟寺・薬師如来像、 孝恩寺諸仏群、勝尾寺・薬師三尊千手観音像、興善寺・大日他三如来像などになるのではないだろうか。

 なかで も、異色なのは孝恩寺の木彫諸仏。
 「大阪の地方仏」といえば、日本古代彫刻史上特異な存在といわれる、この孝恩寺の古佛たちを、語 らずにはいられないだろう。

 大阪駅から南へ小一時間ほどで、南海電車・貝塚駅に着く。
 そこから、水間鉄道とい うミニローカル線にゆられていくと、厄除けで名高い「水間観音」に到着。
 バスに乗り換えて、「釘無堂」で下りると、やっとのことで 木積の孝恩寺にたどり着く。
 釘無堂と呼ばれる観音堂は、鎌倉期の古建築で国宝。お堂の裏の収蔵庫には、19体の古佛が安置されてい る。
 収蔵庫に入って、ぐるりと立ち並ぶ古佛たちを眺めると、何故だか異様な気分におそわれる。
 「アクが強 い」というか「濃いい」というか、何ともいえぬインパクトや土着的呪力のようなものが迫ってくるのだ。
 弥勒菩薩坐像、跋難陀龍王立 像と呼ばれる像の、クセのある顔の表情、抉りこんだ彫り口などは、他では見たことのない強烈な個性を主張している。

  「なんとも不思議な仏像たちだ。腹にこたえるというか、ズシリとくる。発散してくる〈気〉に押されてしまう」
 わたしの、素直な感 想、くっきり焼きついた印象であった。

 
弥勒菩薩坐像             跋難陀龍王立像

 木積観音と呼ばれる孝恩寺は、「和泉名 所図会」に、

  「木積観音、木積村にあり。行基菩薩畿内に四十九院を建てたまふ時、其材木を和泉国木嶋の杣山より出す。 当境は其木を積み置く所の地ゆへに木積といふ。  観音寺に行基みつから作りたまふ観世音を安んず。」

 とあるように、河内の地に生まれ た行基にとって、この木積の地が、造寺造仏などに大量に必要とした木材の集積地、すなわち兵站基地であったに違いない。

  こうした地に伝えられた、これらの仏像群。
 平安期の地方的作風の像とされてきたが、どのように理解したらよいかは、近年、議論のあ るところで、まことに興味深い。

 田中日佐夫は、著作「仏像のある風景」のなかで、孝恩寺仏像群の制作年代につ いて、

「ただこ こで一言、これまたあえて言えば、今までの一般的な彫刻の年代決定にあたっては、木彫仏をすべて平安時代に入れ過ぎているのではないかと、私は思ってい る。年記銘のある古い木彫仏がのちに述べる遠く岩手黒石寺の〈薬師如来像〉(貞観4年=862)だけであることは、十分に考えておく必要があると思う。
い ずれにせよ、行基ゆかりの杣村と伝えられる地域に、以上述べたような多様な仏像が、しかも大量に伝えられている事実は、事実として注目すべきである」

  との問題提起をしている。

 また、井上正は、弥勒菩薩坐像についての論考で、次のように述べ、一般に平安期の制 作といわれてきたこれらの像の、行基時代制作の可能性を論じている。

 「歪みと不整の造形である。やや怪奇に近い面相と量感の誇張を基本と し、斎整美にきっぱりと背を向けた造形の姿勢が感じられる。霊威表現のひとつの相がここにもあるのである。」
「この像はつい先年ま で、東京国立博物館に陳列され、・・・・・・博物館へ美しいものを観に来た人はおそらく、この像の前で首をかしげ、とらえどころのないまま立ち去るか、あ るいは粗さと〈地方〉を結び付ける既成の美術史的理解で納得するかの、いずれかであったにちがいない。しかしながら私には、ここに常識的な美とは別の、異 様な精神の躍動が感じられてならないのである。」(古佛〜s61刊)

 田中恵も、孝恩寺 像の特異性について、

「孝 恩寺の仏像が、必ずしも都とは無縁な、辺境の無意識的な造像であったことを意味しない。・・・・・これを奈良の大寺の造形だけで日本の美術史を考えてきた 美術史の矛盾として提示したいし、8〜9世紀における意識をもう一度考えるための基と考えたいのである」(里の仏〜H9刊〜解説)

 と、 述べている。

 こんな議論を惹起するほど、特異で個性的な孝恩寺の仏像たちであるが、これらの像を見ていると、 平安か?奈良か?という制作期の議論だけでなく、「歪みの造形表現の感性とか、造形の精神性の奥深さ」といったミステリアスな世界に惹きこまれるような気 持ちになってしまう。
 孝恩寺の仏像は、やはり「不可思議な仏像たち」である。


  そろそろ、大阪の仏像についての本の紹介へ入ろう。

 「大阪府の文化財」望月信成 監修・毎日放送文化双書3 (S48)毎日放送刊 【394P】

 毎日放送開局20 周年を記念して発刊された「毎日放送文化双書」全13巻の一巻。
望月信成が「芸術史的検討」と題して、約150頁に亘り大阪の古寺古 佛についての、しっかりした解説を執筆している。

 「大阪の仏像〜飛鳥から平安ま で〜」堺市博物館編集発行 (H3) 【95P】

 H3開催の企画展の図録。
  大阪府に伝わる飛鳥から平安末までの仏像、約60体が展示された。
 これまで述べてきた、孝恩寺の弥勒菩薩坐像のほか、知られざる古 仏の名品が収録されており、充実した図録。

 このほかに、大阪府の仏像についての企画展の図録で、手元にあるの は次のとおり。
 それぞれに、その地の注目される仏像が掲載されており、興味深い。

 「貝塚市内の仏像」貝塚市教育 委員会編集発行 (H13) 【46P】

 貝塚市は、先に採り上げた木積・孝恩寺の ある所。
 本書は、貝塚市内の国・市の指定文化財となっていない仏像の中から、優品・在銘作品を選択して収録した本。
  孝恩寺の仏像群は、重文に指定されているので、掲載されていない。
 それでも、掲載71躯のうち平安時代の仏像が15躯もあり、なか なか興味深い。

 「藤井寺市文化財 第12号  仏像」藤井寺市市史編纂室編集 (H3) 藤井寺市教育委員会刊 【32P】

 藤井 寺市文化財シリーズの一巻として発行された小冊子。
 藤井寺市といえば、二体の国宝、葛井寺・千手観音像、道明寺十一面観音像があま りにも有名。
 本書は、両寺の諸仏像の解説のほか、近時見出された薬師堂(常楽寺)の平安後期の阿弥陀・釈迦・薬師三如来坐像の解説 など藤井寺市域の仏像が紹介されている。


 「大阪の名宝〜信仰と美術の 精華〜」大阪市立博物館編集発行 (H3) 【80P】  
 「和泉地方の仏像」堺市博物 館編集発行 (S63) 【127P】
 「泉佐野の仏教美術」歴史館 いずみさの編集発行 (H9) 【31P】
 「北摂の仏教美術〜聖と民衆 の祈り〜」吹田市立博物館編集発行 (H4) 【48P】

 ま た、「大阪府文化財図説ー彫刻篇ー 全3巻」大阪府教育委員会刊(S38)という本が出版されている。しっかりした解説書のような感じがするが、どのよう な内容かは、未見。

 

 


       

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