埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第五十一回)
第十二話 地方佛〜その魅力にふれる本〜
《その4》各地の地方佛ガイドあれこれ 【中部編】 【12−5】
【若狭の仏像】
若狭の古佛といえば小浜。
「海のある奈良」 若狭小浜は、このような美称で呼ばれるのに、相応しい。 そして、小浜の古仏たちもまた、粒よりの優品の勢ぞろいで、若狭、北陸を代表する仏たちと呼ぶに相応しい。
小浜の古寺古仏めぐりは、レンタサイクルに乗って、一日ゆっくりかけて訪ねてまわるのをお薦めする。 小浜の主だった古寺古佛を、その佇まいや取り巻く景色などを愉しみながら、一巡りする事ができる。
深い杉木立ちに囲まれ、静けさのなかに佇む羽賀寺の本堂と十一面観音や、松永川上流の老杉に溶け込むように建つ明通寺の国宝・三重塔、本堂と諸仏などを訪
ねたあと、多田寺薬師像などを拝すると、この地が、古き奈良時代の頃より、大陸半島から潮に乗って訪れる文化摂取の窓口となった地方であったことや、奈良
の入り口と云われるほどに、都との交流が深かったことが、肌で実感される。 また、よくその仏教文化の伝統が、今まで守り伝えられてきたものとの感動さえ覚える。
羽賀寺本堂 明通寺本堂 もう少し足を伸ばすと、遠敷(オニュウ)川沿いに、奈良時代創建・若狭一宮の若狭彦神社・若狭姫神社があり、川沿いをさかのぼると、奈良東大寺二月堂お水取り行事につながる、「お水送りの式」を行っている若狭神宮寺がある。 さらに上流へと向かうと、「お水送りの神事」が行われる、鵜の瀬の鳥居が見えてくる。 若狭神宮寺 鵜の瀬 毎年、3月2日の夜、若狭神宮寺では、「お水送り」が行われる。 奈良東大寺二月堂では、修二会(お水取り)の法会が執り行われ、3月12日の真夜中、二月堂下の閼伽井屋の若狭井から、聖なる香水を汲み上げ、本尊に供える。そして、この水源は若狭に通じていると、古来言い伝える。 この二月堂の「お水取り」に先駆けて、3月2日の夜、奈良に向けての「お水送りの神事」が、遠敷川鵜の瀬で、執り行われるのだ。
東大寺二月堂 お水取り 二月堂下の閼伽井屋 遠敷川鵜の瀬・お水送りの神事 こうした、古社寺・古仏たちを自転車でまわって往くと、ちょうど日が暮れてくる。 一風呂浴びて、古佛や修二会・お水送りの神事に思いを致しながら、小浜湾に揚った獲れたての活魚に舌鼓を打ち、美酒を飲れば、 「ああ、若狭小浜は、海のある奈良だなあ」 という思いがするのである。 そして、ほろ酔い加減で、「小浜の古寺古仏めぐりは、何度来てみても、また来てみたい」そんな気持になってしまう。
この小浜の、木彫仏の一番の古仏、天平の遺風を伝える古佛は、多田寺の諸仏、薬師如来像・十一面観音像・菩薩立像だ。 昨年(H17)、奈良博で開催された「古密教展」に、この多田寺・十一面観音像が出展された。制作年代の表示には「奈良時代・8世紀」と記されていた。 本像は、「平安初期とか奈良時代の遺風を残す古様」と解説されていることが多かったが、今回の、奈良博・稲本泰雄の図録解説では
「現本尊(薬師如来像)を天平17年(745)に聖武天皇不予に際して諸国に造立が命じられた薬師像の再興像とする見方がある。本像の伝来は不詳だが、8
世紀中葉という時代は制作期を推定する際の指標となるものであり、今後は東大寺修二会始修(752)の頃の十一面観音信仰や、当時の同寺と若狭国の密接な
関係なども視野に入れた位置付けを行うことが求められよう。」
と記されていた。 まさに、小浜の奈良文化を伝える古佛である。
多田寺・十一面観音立像 薬師如来立像 多田寺の薬師如来像を、はじめて拝したとき、その緊張感ある迫力に、正直びっくりした。 堂々たる、平安初期仏だと思った。 図録などの(下から仰ぐような)写真を見ていると、「田舎の土の匂いのするオジサン」というような感じがしていたので、写真と実物を観るとは大違いと驚いたのを、鮮烈に覚えている。
この薬師像他3躯は、古来絶対秘仏とされ、一代の住職も拝めなかったと云う程の、厳重秘仏であった。 昭和32年に調査をした久野健は、秘仏開扉の思い出を自著「仏像の旅」で綴っており、纏めるとこのように記している。
昭和30年、本像を「福井県文化財報告書」に、「真言宗多田寺の仏像群について」と題する調査報告と写真を掲載したのは、野村栄一。 先に「地方作仏教尊像の研究 若狭越前の秘仏」の著者として紹介した、野村栄一である。 野村は、昭和26年、諸処尽力しやっと開扉に漕ぎ付けたそうだが、そのときもついに厨子の正面の扉は開けてもらえず、背後から調査したようだ。 この報告書を読んで、この諸像に強い興味を覚えた久野は、多田寺側の開扉承諾が得られぬまま、他の古佛調査と共に、小浜へ赴いた。 多田寺で開扉拝観を願うも、「野村栄一さんに頼まれ、扉を開けました時も、それに立ち会った信徒総代5人が5人とも、なくなられたり、病気をされたりしまして・・・・・・」と、老僧が渋るなか、話し合い2時間。 あきらめかけた頃、読経が始まり1時間の後、厨子の扉が開かれ、待望の秘仏を間近に見ることが出来た。 まさに、奈良から平安初期にいたる古様を残す、古佛であった。
多田寺・薬師三尊像
「仏像の旅〈多田寺の秘仏〉」久野健著 (S50) 芸艸堂刊 【288P】
その後、本像が重要文化財に指定されたのは、昭和42年。解体修理が行われたのは昭和43年の事であった。 この秘仏薬師如来像も、今では、いつでも拝観する事が出来るようになった。
若狭の仏像総覧写真集の決定版はこの本。
「若狭の古寺美術」(S58) 若狭の古寺美術刊行会編集発行 【221P】
若狭一円の重要文化財、県市町村文化財などの仏教美術作品を収録した、大型写真図録。 彫刻62体、絵画38点、書跡9点が収録されている。 総論と彫刻作品解説は、当時奈良博の倉田文作と松浦正昭。 図版のなかでも眼を惹くのは、中山寺・馬頭観音像、馬居寺・馬頭観音像、長慶院・観音坐像、羽賀寺・十一面観音像、多田寺・薬師他諸仏、加茂神社・十一面観音像あたり。 流石に、若狭の古佛は優品ぞろいだ。
中山寺・馬頭観音座像 長慶院・観音坐像 加茂神社・十一面観音立像 この他に、若狭・小浜の仏像についての本は、次の通り。
「若狭・丹後の仏像」鷲塚泰光編 (S59) 至文堂刊 【94P】
内容の濃さでは定評ある、「至文堂・日本の美術の地方別彫刻シリーズ」の一冊。 堀池春峰の「お水取り行法と若狭の仏像」とい論考も載せられている。 若狭遠敷の堅塩が清浄な塩として上司に収められるなど、若狭国から献上される塩が、東大寺に限らず宮廷とも諸大寺には欠くべからざるものであったことなどから、 二月堂修二会・十一面悔過などとの関連について論じており、興味深い。
「若狭の秘仏」(S62) 福井県立若狭歴史民族資料館編集発行 【61P】
昭和62年開催の「若狭の秘仏展」解説図録。 正林庵・弥勒半迦像、加茂神社・十一面観音像、馬居寺並びに中山寺馬頭観音像などが出品された。
「若狭文化財散歩」 武藤正典著 (S47) 学生社刊 【221P】
学生社の文化財散歩シリーズの一冊。 コース別の文化財探訪案内になっているが、仏像については、比較的詳しく触れられている。
「わかさ小浜の文化財〜図録〜」(H7)小浜市教育委員会編集発行 【387P】
小浜市の、国・県・市指定文化財の全てを所載、一件1ページで、カラー写真1Pと解説1P見開きで構成。彫刻は45点収録されている。 本書は、昭和43年初版で、以来ハンディーな解説図録本として親しまれ、小浜を訪れた多くに人の手にされていると思う。 必携、お薦め本。 私も、昭和46年頃、はじめて小浜を訪れた時、「これは重宝」と入手した。当時はモノクロ写真であったが、その後改訂・増訂を重ね、手元の平成7年版はオールカラーで第10版となっている。
「羽賀寺」 (H12) 福井県立若狭歴史民族資料館編集発行 【53P】
特別展「羽賀寺〜日本海交流と若狭〜」の解説図録。
羽賀寺は、美しい彩色の平安前期・本尊十一面観音像で著名だが、同像の解説のほか、羽賀寺の創建からの歴史と文化について紹介・解説されている。
若狭には優れた仏像が多いが、この十一面観音像は、どの点からみても若狭を代表する仏像だと云えよう。 その姿は、刀法的にも造型感覚的にも洗練されたもので、現代感覚に通ずるようなデフォルメもあり、平安前期仏の魅力を如何なく表現している。 近年まで、秘仏として久しく守られてきた像だけに、色あざやかな彩色が見事に残り、官能的な美しさと、森厳さを同時に感じさせる魅力的仏像。
丸山尚一は、
「内
陣の厨子には、あの魔力的な姿で立つ、色鮮やかな十一面観音・・・・・凄みさえ宿すこの指先に、一瞬、魔女のそれを感じたこともあるが、天女のようにも、
時には魔女のようにも見えるこの妖なる彫像に、ぼくはいつも惹かれ続けてきた。若狭文化のなかで飛び抜けて特異な存在であり、さらに日本の風土全体からも
強く浮かび上がってくるほどの魅力をもっているのである」(地方仏を歩く〜2〜)
と、本像の魅力を語っている。
この、羽賀寺十一面観音の「妖しき魅力」を、中部の仏像たちの最後に、しっかり私の瞼に焼き付けて、この稿を終えることとしたい。
羽賀寺・十一面観音立像 ー 了 ー 参 考 第
十二話 地方佛〜その魅 力にふれる本〜 〈その4〉各地の地方佛ガイドあれこれ
【中部編】〜関連本リスト〜 書名 | 著者名 | 出版社 | 発行年 | 定価(円) |
地方の仏たち | 丸山尚一 | 中日新聞社 | H7 | 2300 | 仏像めぐりの旅6 |
信越・北陸毎日新聞社編 | 毎日新聞社 | H5 | 1262 | 仏像を旅する〜中央線〜 |
田中義恭編 | 至文堂 | H2 | 2480 | 甲斐みほとけの国 |
矢野建彦 写真 清雲俊元・辰繁存文 | 佼成出版社 | S63 | 1600 | 信濃の仏像 |
龍野咲人 | 信濃毎日新聞社編集発行 | S53 | 5300 | 郷土の文化財 仏像 |
| 上田市立博物館 | S58 | 800 | 牛伏寺 |
牛伏寺誌編纂委員会編 | 牛伏寺 |
S58 | 2500 | 仏像を旅する 東海道線 | 清水真澄編 | 至文堂 | H2 | 2480 | 静岡県の仏像めぐり 仏道里あるき |
大塚幹也・松浦澄江・山本直 | 静岡新聞社 | H17 | 1800 | 伊豆の仏像 南部編 〜伊豆地方仏像調査報告書(1) |
| 上原仏教美術館 | H4 | 2000 | 願成就院 |
久野健 | 中央公論美術出版社 美術文化シリーズ | S47 | 250 | 仏像 |
久野健 | 学生社 | S36 | 480 | 東海の仏像 北部編・南部編 |
佐々木隆美 | 名古屋鉄道・東海叢書 | S33・36 | 230 | 岐阜県の仏像 |
| 岐阜県博物館編集発行 | H2 | 1500 | ふるさとの仏たち〜東三河〜 続ふるさとの仏たち | | 東三文化会編集発行 | S41・42 | 910 | ふるさとの仏教美術 |
後藤利光 | 商志会 |
S38 | 非売品 | 豊橋の寺宝・普門寺・赤岩時展 図録 | |
豊橋市美術博物館編集発行 |
H14 | 1000 | 仏像を旅する〜北陸線 | 松島健編 |
至文堂 |
H1 | 2260 | 新潟仏像巡礼 | 玉木哲 |
新潟日報事業社 |
H5 | 4500 | 越後佐渡文化財散歩 |
宮栄二 | 学生社 | S48 | 780 |
越中の彫刻 | 長島勝正 | 巧玄出版 | S50 | 3800 |
富山の美術と文化 | 長島勝正 | 文献出版 | S58 | 2800 |
とやまの古美術 | 長島勝正 | 文献出版 | H3 | 2500 |
能登 仏像紀行 | | 石川県立歴史博物館編集発行 | H15 | 1000 |
福井県史 資料編14 〜建築・絵画・彫刻等〜 | | 福井県編集発行 | H1 | 非売品 |
地方作仏教尊像の研究 若狭越前の秘仏 |
野村栄一 | | H14 | 私家版 |
若越のみほとけたち | 武藤正典 | 福井放送積善会 | S51 | 非売品 |
地方の仏たち〜近江・若狭・越前編〜 | 丸山尚一 | 中日新聞社 |
H8 | 2300 |
仏像の旅〈多田寺の秘仏〉 | 久野健 | 芸艸堂 | S50 | 1500 |
若狭の古寺美術 | |
若狭の古寺美術刊行会編集発行 | S58 | 15000 |
若狭・丹後の仏像 | 鷲塚泰光編 | 至文堂 | S59 | 1300 |
若狭の秘仏 | | 福井県立若狭歴史民族資料館編集発行 | S62 | |
若狭文化財散歩 | 武藤正典 | 学生社 | S47 | 780 |
わかさ小浜の文化財〜図録〜 | |
小浜市教育委員会編集発行 | H7 | |
羽賀寺 | | 福井県立若狭歴史民族資料館編集発行 | H12 | |
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