埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第五十回)

  第十二話 地方佛〜その魅力にふれる本〜

《その4》各地の地方佛ガイドあれこれ  【中部編】
 【12-4】

 北陸地方の仏像

 北陸地方の仏像全般を採り上げた本は、

 「仏像を旅する〜北陸線」松島健編 (H1) 至文堂刊 【276P】

 「立山に光背を持つ仏たち(野入潤)」「加賀地区の仏像(本谷文雄)」「能登地区の仏像(北春千代)」「越前の仏像(長坂一郎)」「若狭の仏像(芝田寿郎)」などのテーマで、北陸の仏像の解説と写真図版が収録されている。

 各テーマ冒頭カラー図版に採り上げられた、各県の代表的仏像仏像を観てみると、
富山では、平安前期の彫り口を残す安居寺・聖観音像、常楽寺の聖観音・十一面観音像、圧倒的迫力の日石寺・摩崖仏、立山男神像など。
石川では、薬師寺・金銅如来三尊、豊財院・馬頭観音像、伏見寺・金銅阿弥陀仏など。
 福井では、白山信仰がらみの大谷寺諸仏、八坂神社・女神像、二上観音堂・十一面観音像、若狭の多田寺・薬師他諸仏、長慶院観音像、羽賀寺・十一面観音像、中山寺・馬頭観音像など。
 これに、新潟の佐渡国分寺・薬師像、貞観園・薬師像を加えたあたりが、北陸地方の代表的仏像たちということになろうか。

 そうは云っても、北陸地方の仏像を総覧して見ると、新潟・富山・金沢に比べて、福井に就中、若狭小浜あたりに、優品が圧倒的に集中して残っている。
 なんと言っても、この地方が「海のある奈良」などと形容されるだけのことはある。
  

 【新潟県の仏像】

 新潟の仏像といえば、まずもって眼に浮かぶのが、佐渡国分寺の薬師如来像。

 この仏像に出会ったのは、昭和47年、東京国立博物館で開催された「平安彫刻展」であった。
 もう35年も前に開催された展覧会だが、これだけの全国各地の平安彫刻の優品が、一堂に会して展観されたことは、その後も無い。
 本館第一室を入ると、まず入り口あたりに、香川正花寺の菩薩立像、愛媛庄部落の菩薩立像、元興寺・薬師立像。同じ部屋には、三重慈恩寺・阿弥陀立像、橘寺・日羅像、会津勝常寺・薬師三尊像、室生寺・釈迦坐像が並んで展示されていた。
 貞観彫刻の優品が、これでもかと立ち並び、なんとも壮観であった。

 そして奥のコーナーには、東寺・梵天坐像の対面に、「佐渡国分寺・薬師如来坐像」が展観されていたのであった。
 佐渡国分寺・薬師像は、中央作(風)の像のなかで異彩を放ち、大きくゴツイ掌と野太い指、太づくりの腕や、ずんぐりといった方が似合うようなぶ厚い造りの体躯が、なんとも印象的であった。
 重厚というよりも、「重たいんだろうなあという感じ」で、まさに重量感をズシーンと感じた。
 緊張感あるモデリングやシャープで切れ味ある衣文表現といった、貞観佛の典型からは、かなり異質な仏像だが、なかなかの存在感がある。
 「これぞ、地方佛というのだな」「新潟・佐渡という風土の中で生きてきた仏像なのだ」と、地方佛の持つ独特の魅力に、ある衝撃を受けた記憶が、今も鮮明に残っている。
 
   平安時代の彫刻         佐渡国分寺・薬師如来坐像

 それにしても「平安彫刻展」は、すごい展覧会だった。
  図録を開いてみると、ほかにも、延暦寺・千手観音、山梨大善寺・薬師三尊、大阪勝尾寺・薬師三尊、山形宝積院・十一面観音、兵庫普門寺・千手観音、三重普 賢寺・普賢菩薩、福井長慶院・観音菩薩、福井賀茂神社・千手観音、神奈川宝城坊・薬師三尊、神奈川弘明寺・十一面観音、滋賀善勝寺・千手観音、鳥取三仏 寺・蔵王権現、京都大覚寺・五大明王など、普段はなかなか拝しにくい数々の優作仏像が、勢ぞろいしていた。
 大阪から、仲間達と一泊二日でこの展覧会だけのために東京まで出かけ、丸二日、東博に通ったことが、今では懐かしい。

 思い出話は、これくらいにして、新潟県の仏像を総覧できるのは、この本。

 「新潟仏像巡礼」玉木哲著 (H5) 新潟日報事業社刊 【195P】

 県内の仏像55躯の写真図版と解説が収録されており、新潟の県指定以上の仏像が網羅されている。
 新潟の仏像総覧の本は、この一冊しかないのではないかと思う。
 平安古佛では、縷々述べた佐渡国分寺・薬師像のほか、瑞光寺菩薩像、糸魚川宝伝寺・鉈彫十一面観音、佐渡長谷寺・十一面観音あたりが眼を惹く。
 解説は充実かつ平明で、仏像にまつわる話も豊富。
 著者は、新潟市文化財保護審議委員会委員などを務め、新潟の仏教美術に関する論文や著作も多数。


 
  瑞光寺・菩薩立像   宝伝寺・鉈彫十一面観音立像

 「越後佐渡文化財散歩」宮栄二著 (S48) 学生社刊 【239P】

 新潟の仏像の本が、なかなか無いので、つけたりながら、この本を紹介しておきたい。
 学生社・各地の文化財散歩シリーズの一本。
 県内文化財全般の解説紹介紀行文だが、仏像についても折々触れられている。


 【富山県の仏像】

 2年程前、平成16年夏に、富山の仏像を探訪した。
 数々、古佛を拝したが、古代修験道の気迫が伝わってくる、「顔面勝負のど迫力」の日石寺・不動明王磨崖仏。
 立山信仰の擬死転生儀礼「布橋大潅頂」の遺跡が残る芦峅寺と、御神体・立山男神像。
 荒ぶる神威表現でパワー十分な、二上射水神社・鉈彫男神坐像。
などが、なかでも私の心に強く残った仏像であった。
 
  日石寺・不動明王磨崖仏     二上射水神社・鉈彫男神坐像

 このときの仏像探訪紀行を、「富山・岐阜仏像旅行道中記」と題して、本サイトに拙文を掲載させて戴いているので、ご覧いただければ幸い。

 「富山・岐阜仏像旅行道中記」  

 「越中の彫刻」長島勝正著 (S50) 巧玄出版刊 【305P】
 「富山の美術と文化」長島勝正著 (S58) 文献出版刊 【189P】
 「とやまの古美術」長島勝正著 (H3)  文献出版刊 【160P】

 富山の仏像について、まとめて解説したり論じた本は、この3冊ぐらいではないだろうか。
 いずれも、長島勝正の著作。
 長島は、富山の豪農の家に生まれ、大正12年、農学校を卒業後、彫刻を志し東京美術学校に入学、大学院では美術史を専攻。帰郷後村長や農協組合長などをしながら、古仏の調査に取り組み、戦後は富山県文化財保護審議委員を長らく務めた。
 明治の廃仏毀釈で県外に流出していた、立山・峰の本社の御神体「銅像立山神像」を発見し、その買戻しに尽力したのは、長島の功績。まもなく重要文化財に指定された。

 「越中の彫刻」は、富山の古彫刻を網羅した、充実の書。
 解説論考も、数々のエピソードを交えながら平易で奥深く、この1冊で全てがわかるお勧めの本。
 「立山神像」の発見と買戻しのエピソードも、詳しく語られている。
 「富山の美術と文化」「とやまの古美術」には、富山の古寺古仏についての解説・論考が多数収録されている。

                        銅像立山神像

 【石川県の仏像】

 「能登 仏像紀行」(H15) 石川県立歴史博物館編集発行 【179P】

 平成15年に、石川県立歴史博物館で開催された、特別展「能登 仏像紀行」に際して発刊された。
 図録兼能登の仏像ガイドブックとして、展示されなかった仏像も収録された本。


 【福井県の仏像】

 福井は、敦賀湾を境に、その北東部の「越前」と南西部の「若狭」とで成る。
 若狭は、小浜あたりを中心に、よく知られた名品の古仏たちの勢ぞろいだが、越前の古佛は、さほど知られていない。
 越前の注目される仏像を関連図書からピックアップすると、平安前期仏では今立町大滝神宮堂・虚空蔵菩薩像、福井市二上観音堂・十一面観音像、平安後期仏では、丹生郡・八坂神社女神像、大谷寺阿弥陀三尊像あたりになるのだろう。
 残念ながら、私もこれらの仏像を拝した事が無い。
 
二上観音堂・十一面観音立像   八坂神社・女神像 
     

 越前、若狭全域の仏像についての本は、つぎの2冊。

 「福井県史 資料編14〜建築・絵画・彫刻等〜」(H1) 福井県編集発行 【956P】

 「福井県史全23巻」の大冊のうちの1巻。本書も、1000ページ近いボリューム。
 彫刻編には、190ページが割かれ、「若狭の仏像、越前の仏像、福井県の神像」などの項立てで、110体の仏像・神像の写真と解説が載せられている。
解説は、丁寧かつ研究書レベルの充実した内容。執筆は県文化財保護審議委員、野村栄一。
 西川新次・長坂一郎による「越前における古代の造像とその背景」と題する42ページに及ぶ論考も付載されている。

 福井県全般の仏像の写真・解説書としては、この1冊に尽きると云える程の、まことに充実した内容の本。

 「地方作仏教尊像の研究 若狭越前の秘仏」野村栄一著 (H14) 私家版 【245P】

 「福井県史 彫刻編」を執筆した野村栄一が、長年の仏像調査研究の成果の集大成として、その研究論考などをまとめた労作。
  「調査報告、各尊像別調査詳細と視点」という項では、多田寺・十一面観音菩薩立像、 馬居寺・馬頭観音坐像、羽賀寺・十一面観音菩薩立像、正楽寺・兜跋毘沙門天像、八坂神社・十一面女神坐像など、42体の重要仏像が採り上げられ、自ら実地調 査し実見した人ならではの、詳細な調査報告と論考が記されている、大変貴重な本。
 野村栄一は、教職・学校長や福井市郷土歴史博物館長を務めるかたわら、50余年わたり福井県文化財保護審議委員の任にあり、各地の寺社の尊像・美術品の調査を行ってきた仁。
 郷土史に関する著作も多くある。

 この本は、著者の御子息が、父の遺志を受けて編集、私家版として出版したもの。
 今も入手は可能で、入手方法は、本サイト【トピックス→ネット会員便り】に案内されている。(5000円)
 是非とも、入手をお薦め。

 「若越のみほとけたち」武藤正典著 (S51) 福井放送積善会刊 【251P】 非売品

 中日新聞連載「若越のみほとけたち」の単行本化。
 100余体の仏像が採り上げられ、無指定の仏像も多く収録されている。
 著者は、県教育庁の文化財担当官・県文化財専門審議委員で、各像短編の解説ながら、自ら調査し研究した結果を踏まえての記述で、中身は濃い。

 「地方の仏たち〜近江・若狭・越前編〜」丸山尚一著 (H8) 中日新聞社刊 【249P】

 若狭・越前の地方佛、51体が紹介されている。

 

 


       

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